第72話 一騎打ち
開始の笛が鳴っても、両者は微動だにせず、ただ相手の動きを注視していた。ぴんと張り詰めた空気の中、やがてミセルが鋭く地を蹴る。
一合、ガシーン!
ガシーン!
鋼が激突する音が戦場に響き、燃え盛る大剣が空気を焦がす。
二合、三合。
互いの技量は拮抗していた。火花と炎の応酬は、見る者の息を奪う。
だが、接近戦では決着がつかないと悟ったのか、ミセルは一度間合いを取り、馬を大きく回した。
「行くぞッ!」
掛け声とともに突進。だがすれ違いざまに交わされた剣は、むなしくも空を切った。
二度、三度、同じ突進を繰り返しても、勝負は動かない。
ミセルは意を決した。馬上槍のごとく剣を突き出し、最後の突進をかけた――。鏡の騎士も呼応するように剣を構えて突進してくる。
距離が、たちまちゼロになる。
ドガァン!
鈍い衝撃音と共に、二人は馬から投げ出され、土煙を巻き上げて地に落ちた。
だがすぐに立ち上がり、再び死闘が始まった。
固唾を飲んで見守っていた仲間たちに、異変が走った。
「ミ、ミセルが……どっちだ?」
「わかんない……入れ替わった?」
「ねぇローレン、人魚の涙の力で見分けられないの?」
ローレンは真剣な眼差しで戦場を睨んだ。
「無理だ。予知したって……どちらも、ミセルにしか見えない……」
――
永遠に終わらぬかと思われた戦い。だが、ついに一方のミセルが言葉を発した。
「このままでは埒があかん。どうだ、勝負方法を変えないか?」
もう一人のミセルが応じる。
「よかろう。どんな勝負だ?」
最初に口を開いたミセルは、口元に意味ありげな笑みを浮かべた。
「ちょっとした博打だ。」
二人のミセルが、仲間たちの前に並び立つ。左右に分かれ、適度な距離を取って。
左のミセルが静かに言った。
「サトリ。お前の心が“敵”だと感じたほうに、矢を放て。」
右のミセルが続けた。
「よく考えろ。もし間違えれば、お前たちは私なしで、この軍勢を相手にせねばならなくなる。」
左のミセルは、まっすぐサトリを見つめた。
「余計なことは考えるな。ただ心の命ずるままに射よ。」
右のミセルも目を逸らさずに言う。
「サトリ、これまでのすべてを思い出せ。お前ならわかるはずだ。」
静寂。張り詰めた空気。
ローレンが、ぽつりと囁く。
「サトリ……右を撃て。」
サトリの腕が、迷いなく上がる。矢をつがえ、右のミセルに狙いを定め――
ビシュッ!
乾いた音とともに、矢は右のミセルの額に突き刺さった。
その身体がぐにゃりと揺れ、まるで溶けるように崩れ――中から黒い鎧に包まれた影が現れた。
「見破るとは……やるな。私はこの屍の軍の将、ヴァルザーク!」
低い声が、どこか悔しげに響いた。
「だが――お前たちが何人束になろうと、グラトス様には敵わぬ。はっはっはっ!」
ヴァルザークの体は黒煙となって崩れ去り、風に溶けて消えた。跡には、砕けた灰色のダイヤ型の石が転がっていた。
ミセルが仲間のもとに戻ってくる。
「……どうやって私だとわかった?」
問いかけに、ローレンは胸を張って答えた。
「命乞いのような台詞を言うミセルは、ミセルじゃないからな。」
その顔には、満面の笑み。
それに応じるように、仲間たちの笑顔が広がっていた。




