第67話 明転
「ギャアアアアアーーーッ!」
シレーヌは両目を押さえて絶叫し、地面をのたうち回った。
――
そのときだった。
サトリ、リーナ、ローレン、ミセルの頭の中に、あの声が再び響いた。
優しく、だが、確かな力をもって。
「そう、それでもあなたたちはここまで来たのです。
歩みを止めないで。前に進むのです――」
その言葉が心の奥底に届いた瞬間、四人の悪夢は静かにほどけていった。
村の仲間たち、父と母、アリス、そして団長たちの微笑みが柔らかな光に包まれ、その姿はやがて、静かに溶けていった――。
――
最初に意識を取り戻したのはミセルだった。
まばゆく照らされた洞穴の中、仲間たちの様子を素早く確認し、もがき苦しむシレーヌに視線を定める。
迷いはなかった。ミセルは逆手に持った長剣を掲げ、瞬く間にその額へ深々と突き立てた。
刹那、何かが砕ける音が響いた。
「ギャアアアアアーーーッ!」
シレーヌの断末魔が洞穴に木霊し、その身体は黒い霧となって崩れ始めた。
だが――その顔には、まだ不気味な笑みが浮かんでいた。
「ククク……この私が、あのグレイムの愚か者と同じにしくじるとはね。
でも、忠告しておいてあげるわ。引き返せるのは、今だけよ。アーハッハッハッハ!」
耳を裂くような笑い声と共に、黒い霧は洞穴の外へと飛び散っていった。
「ミセル!」
御者台から駆け寄ってきたアモンが、彼女に抱きついた。
「アモン、その胸の光……なんだ?」
ミセルは用心深くシレーヌの残滓を見つめつつ、アモンの胸元を指差した。
そこには、先ほどのような鋭くまばゆい光ではなく、やわらかな温もりを湛えた光が灯っていた。
「わからない。あの声に言われた通りにしたら、突然、光り出したんだ。」
「……不思議な声、ね」
ミセルは訝し気につぶやくと、意識を失っていた三人の方へ向かって歩き出した。
間もなく、サトリ、リーナ、ローレンが次々に目を覚ました。
「一体……何が……」
「お父さん……お母さん……」
「クレアは……どこに?」
三人は混乱した様子でそれぞれ呟いた。
だが、リーナがふとアモンの胸の光に目を留めたとき、その表情が変わった。
「サトリ、見て! あの光……ロトに見せてもらった“徳の宝珠”と同じじゃない?」
「うん……確かに。たぶん、同じものだ」
サトリとリーナは目を輝かせ、アモンに次々と質問を浴びせかけた。
そのそばで、ミセルとローレンは足元に転がる、砕けた灰色のダイヤ型の石を見つめていた。
「……どうやら、みんな夢を見ていたようだな」
ローレンは胸に残る恐怖を振り払うように、わざと明るく口を開いた。
「で、お前さんはどんな夢だったんだい?」
「そうだな……“花嫁になる夢”ってところか」
ミセルは視線を遠くへ向けたまま、かすかに笑った。
「なんだそりゃ? それが悪夢なのかよ?」
ローレンは少し驚きつつも、いつもの調子で返した。
そのやりとりに、どこか安堵がにじんだ。
こうして二人は、いつものように軽口を交わしながら、少しずつ自分たちを取り戻していった。
一方で、サトリ、リーナ、アモンの三人は“光”の謎に夢中になっていた。
そして気がつくと、アモンの胸の光は――静かに、音もなく消えていた。




