第55話 最後の村で
街道沿いの風景は、どこか寂しげで、自然の厳しさを感じさせる独特の趣を帯びていた。
辛うじて形を留めた街道は、泥と石が混ざる細い道で、馬車の轍や旅人の足跡が深く刻まれている。木々の葉はほとんど落ち、赤や黄金色に染まったわずかな残り葉が冷たい風に震え、地面に舞い落ちていた。湿った土と、腐った落ち葉の匂いが鼻をかすめる。
オークやブナの森は枝だけが残り、灰色の空を背景に骨組みのような姿をさらしている。時折、カラスや小鳥の鳴き声が静けさを切り裂くだけだった。
そんな風景の中を、一台の荷馬車がきしむ音を立てながら進んでいた。その後ろには一騎の馬がついてくる。
サトリ、リーナ、ローレン、ミセル、そしてアモン――。旅の仲間たちは、闇の王が棲むというノーマンズランドを目指し、西方域を進んでいた。
途中、小さなトラブルはあったが、大きな災いには見舞われず、彼らの旅路は今のところ順調だった。
「おーい、最後の村が見えてきたぞ」
御者台からローレンが声を張り上げる。
「これが……最後の村なのねぇ」
リーナが感慨深げに呟いた。サトリとアモンも荷台から体を乗り出して前を見やる。
「最後の村だよ」
サトリは後ろを振り返り、ミセルに声をかけた。
「ああ……」
ミセルはうなずいたが、その声には微かな緊張が混じっていた。
村に入ると、事情を聞いた村人たちが次々に家から出てきて、一行を取り囲んだ。ざわめく中を、群衆をかき分けて一人の初老の男が姿を現す。
簡素な服装ながら威厳を感じさせるその男が、村の長だった。
「ようこそ、勇者様御一行。どうぞ何なりとお申し付けくださいまし」
村長はよく通る声でそう言った。
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その夜、一行は村長の家に招かれ、手厚いもてなしを受けた。炉にくべられた薪がはぜる音が、心をほぐす。
「この村に勇者様が立ち寄られるのは……記録によれば、三百年ぶりになります」
村長は感慨深げに語った。
「どうか今度こそ、闇の王を討ち果たしてくださいますように……」
静かな一礼のあと、しばし沈黙が落ちた。
その静寂を破ったのは、アモンだった。
「……おいらたちが闇の王討伐、だなんて……まるでおとぎ話みたいだねぇ」
吹き出すように笑いながら言ったその言葉には、どこか他人事のような響きがあった。
ローレンとリーナが、目だけで彼をたしなめる。サトリも静かに視線を送ると、アモンはそっぽを向いた。
その言葉に、ミセルの胸がひそかにざわめいていた。
本当は彼女こそが、最もその不安を抱えていたのだ――忠義を誓う者として、自らの剣が仲間を守れるのか。己の命が、この旅の大義に捧げられる覚悟を持っているのか。
ミセルが何かを言いかけた、そのとき。
「私たちならできるわ、アモン」
リーナがまっすぐな声で言った。
「これまでもいろんな試練を乗り越えてきたじゃない。闇の王にも、勝てるはずよ」
その言葉に、ローレンとミセルが顔を見合わせた。お互い、心に浮かんでいた同じ思いを読み取る。
ローレンがリーナに応えようと口を開きかけたとき――
「やってみなくちゃ分からない」
サトリの声が、その場の空気を変えた。
「ここまで来て、引き返すなんて……ありえないよ」
静かだが、確かな意志に満ちたその声は、炉のはぜる音すら遠ざけた。
ミセルがそっと目を閉じる。
そしてローレンが、彼女の方へ顔を向けて小さく言った。
「命を捨てる覚悟が、できていなかったのは……俺たちの方だったみたいだな」
それにミセルは、静かにうなずいた。
その夜の宴は、決戦を前にした者たちの、静かで熱い覚悟に満ちていた。
みんなの笑い声の奥に、誰もが確かに、自分の命の価値を見つめていた。




