第53話 ノーマンズランドへ
その後、契約書の締結や諸々の事務手続きを三人でこなし、ローレンとハロルドがエルべの高級宿を後にしたのは、夜もすっかり更けた頃だった。月明かりの差す石畳の道を歩きながら、ハロルドがぽつりと呟いた。
「ローレン、本当にありがとう。お前のおかげで店も、娘も、守ることができた。どれだけ礼を言っても足りないくらいだ。」
「礼を言うならミセルにしてくれ。あいつ、家を飛び出して好き勝手してるって負い目があるんだ。紹介状なんて、本当は書きたくなかったはずだ。でも俺とのよしみで、渋々出してくれたんだろうな。」
「……そうか。」
ハロルドはしばし無言となったが、やがて表情を引き締めて問いかけた。
「なあ、お前、本当に取り分は要らないのか?」
ローレンは苦笑いを浮かべながら、夜空を仰いだ。
「ああ、何度も言っただろ。分不相応な財産を持つのは性に合わない。それに――ノーマンズランドで何が起きるかわからないからな。帰ってこられるかもわからないのに、その先のことを考えるのは、どうも縁起が悪くてな。」
ハロルドは、うなずくしかなかった。
ローレンが宿に戻ると、時刻はすでに深夜だったが、子供たちはまだ眠っていなかった。彼の姿を認めた瞬間、リーナが駆け寄り、食い気味に問いかけた。
「ねぇ、どうだったの?」
サトリも目を輝かせて続ける。
「エルべは何て?」
アモンは相変わらず興味なさげにソファにもたれ、ミセルは横を向いたまま、黙って杯を傾けていた。
ローレンはわざと難しい顔を作り、腕を組んで「うーん」と唸るように下を向いた。リーナとサトリが不安げに顔を見合わせたその瞬間――
「取り引きは成立だ!ハロルドは救われた。みんな、ありがとう!」
ローレンの笑顔と共に歓喜が爆発した。子供たちは歓声を上げ、部屋には一気に活気が満ちる。その様子を、ミセルは何も言わず、グイッと杯を空にした。
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それから数日後、一行はついにノーマンズランドへの再出発の日を迎えた。西の門まで見送りに来たのは、ハロルドただ一人だった。
一騎の騎士と一台の荷馬車に乗った四人が、門を越えて遠ざかっていく。ハロルドはその背中に向かって、何度も何度も手を振りながら、心の中で叫んだ。
(ありがとう、ローレン。ありがとう、ミセル。ありがとう、子供たち。――無事に帰って来いよ!)
【後日譚】
ラウドルップ家を訪れたエルべは、ミセルの紹介状と、綿密に作り込まれた開発計画書を携えて何度も門前に立ち、繰り返し拒絶されながらも粘り強く交渉を続けた。
やがて当主の心を動かし、ついに採掘権の承認を取りつけるに至った。だが、そこから先は決して平坦な道ではなかった。開発は幾度となく困難に直面し、多くの犠牲と資金が投じられた。
それでもエルべは屈することなく、ついに金剛石の採掘に成功する。
彼は自らと、そしてラウドルップ家にも、莫大な富をもたらしたのだった。
ここまで読んでいただき誠にありがとうございます。”旅の道中編”の終わりです。いくつもの冒険を経て、サトリ、リーナ、ローレン、ミセル、アモンの五人の結束は高まりました。いよいよノーマンズランドに乗り込みます。これからの物語もご期待ください!




