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第三十四錠 親の思い、子の思い

 一也の死後、葵は時折好子の元へ会いに行った。大学進学後は頻繁に会いに行くつもりはなかったのだが、石井とも話して落ち着くまではそばにいてあげた方がいいと判断してのことだった。会いに行けば「また来たの?親離れできない子なんだから」と強気なことを言うが、ふとした瞬間に寂しそうな表情をしているのを葵は見逃さなかった。勉強、石井、アルバイト、鳥山…これらに加えて、自動車教習所へも通い始めた。普通自動二輪を持っているため、学科免除で技能教習からのスタートとなったのは嬉しい誤算だった。大学はカリキュラムを自分で組めるため、土日だけではなく空き時間も利用して通うようにした。それでも詰め込み過ぎなことに変わりはなく、目まぐるしく毎日が過ぎていった。

 やがて年も明けて春になり、あっという間に月日は流れて成人式も近づいてきた。葵自身は成人式そのものに興味はない。実家にいた十五年間の友達といえば石井、春美、栞くらいしか思い浮かばない。春美と栞にしても、会えば懐かしいだろうがそこまで込み入った話をするつもりもない。それよりも成人式の日にはやるべきことがあった。遠藤家への告白だ。

 石井と付き合い始めた中学時代。石井の父に言われた言葉を思い出していた。

「私から話をするのを待ってる、か…」

 あれから、ずっと心に引っかかっていたこの言葉。時折思い出しては、そうだと思える時もあるし、全くそう思えない時もあった。だが、今となってはどうでもいいこと。あと数時間後には両親へ全てを話すのだから。今日は成人式の前日で、葵は新幹線に揺られていた。数ヶ月前のある日、母親からメッセージが届いていた。

「葵、元気?今日、成人式の出欠確認のハガキ届いたけど参加でいいの?全然帰ってこないし、ろくに連絡もしないんだから、たまには帰ってきたら?」

 このメッセージを見た時は気が重たくなったが、見た時点で心は決まっていた。

「元気にしてるよ、みんな変わりない?成人式は不参加で。でも帰るつもりではいるよ」

 少し時間を置き、返事が届く。

「はーい、返事出しておくね。由香ちゃんも行くだろうし、参加してもいいと思うけど。帰る日が決まったら教えてね。駅までお迎え行くから」

 一瞬、そうは言いつつも勝手に参加へ丸をつけて出されてしまうのでは…との考えもよぎったが、そうなっても行くつもりはなかった。石井の晴れ着姿は見てみたいが、同級生の輪の中に入りたくないという思いが勝っていた。

「あれ誰?」

「もしかして、遠藤?」

「えー、遠藤、女の子になってんじゃん、ヤバ…」

 そんな会話があちこちからされるのはうんざりだった。石井の晴れ着姿は後で写真を送って貰えばいいや…と内心思う。すでに前撮りの写真は見せてもらっていて、普段の石井の面影もありつつも別人のような空気を纏っていた。石井の就職希望先である写真館の実力を見せつけられた気がした。こういう道を石井は目指しているのだと理解できたし、自分も晴れ着を着たかったと思ってしまう。

 あれこれ思案するうち、新幹線は目的地へとたどり着く。大学は冬休み、アルバイトの家庭教師も日程を変更してきた。数日分の荷物を詰め込んだスーツケースを引きずりながら待ち合わせ場所へと向かう。

「ただいま」

「おかえり、長旅お疲れ様。久しぶりね」

「うん、久しぶり。迎え、ありがと」

 母親の車のリアハッチを開けて荷物を放り込むと、助手席に座る。気持ち的には後部座席がいいが、それは状況的に選びづらい。四〜五泊はできそうなくらいの大きめのスーツケースを見た母が不意に話しかける。

「随分大荷物じゃない」

「まあね。成人式は行かないけど、スーツで写真くらいは撮りたいでしょ?」

「あら、私たちのこと考えてくれたの?ありがとう。じゃあ一緒に写真撮ろうね」

 そのために帰ってきたわけではないが、育ててもらって大学に行かせてもらった恩義はある。普通の親子のようには過ごせなかったが、せめてケジメだけはつけたいと思っていた。

「でも葵、だいぶ女の子みたいになったわね〜。中学の時以来、浴衣着て何か変わっちゃった?」

「そんなんじゃないし。ヘアドネするのに伸ばしてるだけだし、この髪ならメイクした方が映えるから」

「そうね〜、服装変えたら可愛い娘だわ。男の娘って言うんだっけ?こういうの」

 髪は伸び、うっすらメイクを施した顔。服装は中性的なジェンダーレスでコーディネートしている。見方によっては男性にも女性にも見える。

「…早く行こう。他の車の邪魔になるよ。運転しないなら私がするから」

「はいはい、今出しますよ〜。それに、この車の保険じゃあなた運転できないからね?」

「マジか。変えておいてって言ったじゃない」

「変えてあるわよ、お父さんの車の方」

「マジ…?あんな高級車、運転したくない。ぶつけても知らないよ?」

「その時はちゃんと修理費出してよね、もうオトナなんだから」

「はーい」

 こんな調子で適当に会話をしながら数年ぶりとなる実家へと向かう。

 高校の寮を出てから大学の寮に入るまでの間滞在したきりの帰省となる。幸い、遠藤家では親族に不幸がなかったためお盆や法事で帰ることもなかった。

「向こうではちゃんと食べてるの?なんかまた痩せたんじゃない?」

「食べてるよ。自炊してるし、たまには由香とご飯してるし」

「そう?食べ足りないんじゃないの?そんなに細くちゃ何かあった時耐えられないわよ。バイクも起こせるの?」

「起こせるよ、たぶん。倒すようなことしてないからわからないけど」

「そっか、由香ちゃんは?最近会ってないけど元気?」

「元気にしてるよ。もうすぐ就職って忙しそうにしてるけど」

「専門学校は二年だもんね。もう就職かぁ、早いなぁ」

 家に着くまでの間、母とは適当でありつつも取調べのような話が続いた。父の車の隣に止まり、ハッチを開けて荷物を取り出す。母は葵の帰宅に少し心が弾んでいるように見えたが、葵の思いとは裏腹だった。この中にあるのは両親の思いをぶち壊すものがたくさん詰まっていた。レディーススーツとワイシャツ、女性物のインナー、メイク用品、ヘアアイロン…と普段から使っているもの一通り詰め込んできた。これを皮切りに今までのことを全て話すつもりで来た。小学校入学前に女性だと自認し、小三からホルモンを始め、今ではジェンダークリニックに通っていること。そして、遠藤葵は水原愛の生まれ変わりであることを…。

「ただいまー」

 およそ二年ぶりの我が家へ帰る。我が家とは言っても、水原家や石井家ほどの思い入れはない。靴を揃えて玄関を上がるが、返事はなかった。

「おかえり。スーツ入ってるんでしょ?かけときなさいね」

「はーい」

 父の姿はないが、また会社の車を乗って帰ってきて、翌朝直接現場にでも向かったのか…と過去のパターンから類推する。どうせ夜には帰ってくる。そう思いながらスーツケースを広げ、事前に買った東京土産と共にスーツを取り出した。

「はい、東京土産」

「あら、ありがとう。マカロン、可愛いわね。綺麗だし美味しそう」

 透明なパッケージ越しにカラフルなマカロンが並んでいるのが見える。有名店のもので味も見た目も良い。母の言葉には返答せず、ハンガーラックへスーツをかける。ややタイトなスカートにダークグレーのジャケットを合わせたもの。マカロンから目線を上げた母はそのことに触れずにはいられなかった。

「葵、スーツってまさかそれ?レディースじゃない?」

「そうだけど、悪い?」

「いや、悪くないけど…」

 母はマカロンを置き、言い淀む。それに気付かぬふりをしてワイシャツもかけ、スーツケースからパンプスの入った箱を取り出す。

「…って、持ってきたのみんな女の子のものじゃない…?」

 その様子を見ていた母は中身を改めるわけではないがチラチラと中身を見ている。ざっと見えているだけでも可愛らしいキャラクターのパジャマやヘアアイロン、メイクポーチ、女性物の下着と言い訳できる要素は何もなかった。

「そうだよ。あのさ…ずっと言ってなかったんだけど、私、心は女なんだ。物心ついた時から、ずっと」

 葵は言い淀むことも、緊張することもなくサラリと言ってのけた。成人の時に言うと心に決めてきた上、この生き方に迷いはなかった。たとえ批判されても生き方を変えるつもりはないし、説得に応じるつもりもない。これで絶縁状態になったとしても構わないという思いで臨んでいる。

「後で父さんにも話すけどさ、小学校入学前から私は自分を女だと思ってた。だけどみんな私を男として扱ってきたから、それが嫌だった」

 吐き捨てるでも感情をぶつけるでもなく、ただ淡々と話している。自分自身、やけに落ち着いていると感じていた。

「仕方ないよね、この体で生まれたし、私は長男だから。父さんの仕事の後継って、期待されてたのも知ってる。けど、私はもう自分らしく生きたい。女の子として、好きに生きたいの。…ジェンクリにも通ってるし」

 葵の思いを聞き、少し間をおいてから言葉を選んで母は応えた。

「…やっと、話してくれたのね」

 予想を裏切る答えに、葵は怪訝そうな顔をする。まるで、心の中は女の子だということがわかっていたと言わんばかりの答えだった。

「正直ね、驚くと言うより『やっぱりね』っていう感じでね」

「どういう、こと?」

「なんかね、小学校の三〜四年生あたりからかな。あんまり大きくならないし、いつまでも子供っぽい見た目だし。中学に入っても声変わりしないし、周りの子よりやっぱり幼い。由香ちゃんと浴衣着た時もやけに似合うしさ。もしかして、何かあるのかなって思ってた」

 葵には返す言葉が浮かんでこなかった。葵の応答を待たず話は続く。

「男の子っていうよりも女の子っぽいねって。あんまり話してくれなくなったのも、もしかしたら心と体の違いに戸惑ってて、それで話しづらいのかなって、父さんとも話した。もし、葵がそうなら受け入れてあげようって」

「…そう、なの?」

「うん。でも、こういうことってわからないじゃない?成長が緩やかなだけなのか、ホルモンの病気なのか。それこそホルモン治療をしてるのかもって思って色々調べたの。でも、すごくセンシティブなことだから、聞くに聞けなくて。葵から話してくれるのを待とうって、二人で決めたの」

「そんな…」

「もしかしたらね、全寮制の高校に行きたいとか、東大に行きたいっていうのは息苦しくて家を出たいのかなっても思ってた。父さんも私も、幼い頃から葵に厳しくしたり期待してた部分があったから…。けど、どう接したらいいか、私たちにもよくわからなくて。ただ、見守ることしかできなかった。ううん、見守るなんて言い訳よね。ごめんね、気づいてあげられなくて」

(やめてよ、そんなこと、言わないでよ…)

 今まで自分がしてきたことはなんだったのか。理解してもらえないと決めつけていたのは自分自身で、話せば心と体の性の不一致を受け入れてくれたというのか。これではただ、ずっと独り相撲を取ってきただけなのだろうかと様々な思いが頭の中をぐるぐると回っていた。

「とはいえ、小学校三年生くらいの頃に『私は女の子なの』と言われても信じられなかったと思うよ。調べて勉強して、知識がついて時間が経った今だからこそ受け入れられるのかなっても思ってる」

「じゃあ…」

「うん、私は認めるよ。葵が望んだ生き方をね。高校卒業の時にちゃんと話せばよかったね。ずっと一人で辛かったよね」

「…一人じゃないよ。由香がいてくれた」

「そうね、由香ちゃんと出会ってからはちょっと明るくなったし、女の子を連れてくるからやっぱり男の子なのかなって、よくわからなくなっちゃって」

「…まあ、ね」

「でもね、高校で家を離れてわかったこともあるのよね」

「何が?」

「んー、やっぱり葵は男の子でも女の子でも私たちの大切な子供だってこと」

「どういうこと?」

「離れて寂しかったし心配もした。話したことないけど、私たちは子供がなかなかできなくて。不妊治療もして、顕微受精でようやく授かった子なの。ずっとできなかったから父さんも私も嬉しくて。あなたを授かって、産声を聞いた時から全力で育てようって思ってたの」

 あの日の分娩室でのことを思い出していた。産んで間もないため出血や痛みもある中、初めての子供を抱かせてもらった。あの時に誓った大切に育てるという思いに嘘偽りはない。ただ、葵との親子関係の解決がうまくいかなかっただけだった。

「名前もね、男の子でも女の子でも通じるように『葵』っていう字にしようって生まれる前から決めててね。検診の途中で男の子ってわかったから、男の子っぽく『マモル』って読み方にしたの。大切なものを守れるようにね」

 葵はただ黙って聞いていた。自身の出生と名前に関する思いを聞くのは初めてだった。

「だから、高校卒業した時はもう女の子っぽかったけど、聞けなくて。今思えばあの時ちゃんと話していればよかったんだけど…心のどこかでは違うって思いたかったのかもしれないわね」

「やっぱり、受け入れてはくれないのね」

 ポソっと葵は胸の内を吐露する。大切な子供、性の不一致を受け入れると言ってもやっぱりそうじゃないか…と憤る。

「そうじゃないけど…やっぱり難しいことだから」

「難しくないよ。私を女の子として認めてくれればそれでいいんだし」

「うん…。そこはもう受け入れてるし、否定するつもりもないんだけど…」

「けど、なに?」

「その、あなたが水原愛だってことだけは、どうしてもわからなくて」

「…なんで、それを?」

 このことを話したことはない。水原家の葬儀に遠藤家は一切絡んではいないし、芳名帳にも名前はなかった。そもそも新聞のお悔やみ欄ですら葵の名は出ていないため、接点を…過去の名前を知られるとしたらアレしかなかった。

「落書き帳、見たの?」

 コクン、母は小さく頷く。

「あなたの部屋を掃除してたら、本棚の本がズレてるのが見えて。直そうとしたけど入らなくておかしいなと思ってみたら…昔の落書き帳が出てきてね。なんでこんなの隠すようにとってあるんだろうって思って見ちゃったの」

「そっか…。いつ頃?」

「高校に入るちょっと前かな。一度見たきりだけど、水原愛の記憶について色々書いてあったし、住所の所にも行ったら本当に水原家があって驚いたわ」

「じゃあ…」

「にわかには信じられないけど、こういうこともあるのかなって。半信半疑だけど…前世が女の子だから、女の子になりたいのかなって」

「私も、なんで自分が生まれ変わったのかはわからないけど、この心は確かに水原愛、そのものだよ。だけどね…」

「だけど?」

「私は水原愛として生きるわけじゃない。愛に縛られることも、遠藤葵に縛られることもなく生きていくって決めたから」

「…そう。まあ、その格好でマモルって呼ばれてちゃ嫌よね」

「嫌というよりかはマモルはやっぱり男のままだから。申し訳ないけど、アオイには改名したい。私らしくいたい」

「そうよね。由香ちゃんにもずっとアオイって呼ばれてるし。字も同じだからすんなり通ると思うけど。父さんはちょっと残念がるかもしれないわね」

 やはり父か…と葵は内心思う。この家はやはり父が中心なんだなとと思うとやるせなくなる。

「そういえば、父さんは?また仕事?」

「父さんは…ちょっとね」

 それまで普段通り話していた母の顔が曇る。そんな表情をされたら決別することを視野に話にきた気持ちが揺らいでしまう。

「何、どうかしたの?」

 嫌な気がした。この重苦しい空気感に、水原家の姿を重ねてしまう。遠藤家の、敬遠していた父のことなのに。

「実はね、父さん、入院しちゃって…少し帰って来られないの」

「なんで?そんなの聞いてないけど」

「心配かけるから言うなって」

「なにそれ、みんな私に大事なこと言わないし」

「ごめんね、何度も話したらっては言ったんだけど、聞かなくて」

「俺はこんなことじゃな死なない、とかそんなこと言ってるんでしょ?」

「そうだけど…よくわかるわね」

「わかるよ、なんで男はみんなそうやって…。てかなんで入院なんかしてるの?今から行ってくる」

「今からじゃ無理よ、県の中央病院だし、着く頃には面会時間過ぎちゃうし」

「な…。じゃあ明日は行けるでしょ?そもそもなんで入院してるの?面会謝絶じゃないでしょ?」

 この時、葵は気づいていなかった。避けてきて苦手意識のある父親のことを心配して憤っている自分自身がいることに。表面では絶縁されてもいいと思いつつ、もう、誰も失いたくはないと無意識に思っていた。

「面会は大丈夫、午後からなら入れるわ」

 そこで母は口籠る。言うべきか言うまいか迷っている様子だ。

「…癌なの。前立腺癌」

「な、癌って…」

「健康診断で疑いの判定が出てたんだけど…仕事を優先してなかなか病院にいけなくて。それに気のせいだろうって。でも、二年連続で判定が出ちゃったから病院行って。それで入院してるの」

「…そんな。治るの?大丈夫なの?」

「大丈夫、まだ初期の段階だから、ちゃんと治療すれば治る確率は高いって」

「…そっか、ならいいけど…」

 治る可能性が高いが高いことを聞き、葵は安堵する。力が抜けてしまったようで、一気に疲れを感じていた。なぜ、会いたくもなかった父のことでこれほど声を荒げたり心配したりするのか。葵には、わからなかった。

「明日、一緒にお見舞い行こうか」

「うん、そうする」

「ねえ、アオイ。明日のことで相談があるんだけど」

 母は二階を指差し、着いてくるよう促す。葵は母について二階へ上がり、そこで明日の段取りを確認しあった。

 翌日。十三時より面会可能となるため、その時間帯は病院のロビーや各通路ですれ違う人は多い。その多くの人が振り返ったりすれ違い様に葵を見つめる。

 母はコンコンと、ドアをノックする。個室の表示窓には「遠藤」と書かれている。

「はーい、どうぞー」

 久々に耳にする聞き慣れた声。母が先行して父の元へと行く。

「お父さん、調子はどうですか?」

「ああ、まあ変わりなくかな。薬も入れてもらってるからね」

「そう。あんまり辛い時は我慢しないで、ナースコール押してね?」

「わかってるよ、大丈夫」

 ベッド横の椅子に腰掛け仲睦まじそうにやりとりをしている声だけが聞こえてくる。

「あのね、今日葵が来てくれてるの」

「そうなのか?でも姿が見えないようだが」

 葵が来てくれた、それだけで父の表情は明るくなった。彼はまだ、葵の事実を知らない。

「すぐそこにいますよ。アオイ、こっちへ」

 アオイという呼び方に一瞬違和感を覚えたような表情が見えた。だが、視界に映る自身の想像とは違う息子の姿にその表情は驚きへと変わる。

「父さん、ただいま」

「な…葵、なのか?だいぶ綺麗になったじゃないか」

 父の目には想像もしない息子の姿が映っていた。振袖姿で髪をアップに纏めて、その顔には綺麗にメイクも施してあった。どこからどう見ても成人式を迎えた二十歳の娘だった。

「私が成人式で着た振袖よ。ずっと取っておいたんだけど、アオイに着てもらえてよかったわ」

「あのね、父さん」

 一呼吸を置き、葵は言葉を続ける。

「話したいことが、たくさんあるんだ」

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