第二十三錠 家と父の記憶
「そっか〜、お母さんと会えたんだね。よかったじゃん」
「うん、もう予想してなかったから頭の中真っ白でさ、何話したかよく覚えてない」
「なにそれ、ダメじゃん。久々の再会なんだから」
「そうなんだけどさ、不意打ちみたいなものだから…話したいこと、みんな飛んじゃったよ」
薬局の帰り道、散歩しながら先ほどの病院での一件を石井に電話していた。興奮は冷めやまず、誰かに伝えたかった。過去に愛が抱える両親への思いを石井に伝えた所、逆に石井の思いとぶつかり喧嘩に発展したことがあった。それはそれで和解できたから、今は素直な気持ちを伝えることができている。
「で、実際会ってみてどうだった?」
「うーん、歳とったなって感じたのはあるけど…私の友達と話してる時の感じだったかなぁ。いつものママだけどやっぱり、この姿じゃ本当の娘じゃないからさ」
「そっかぁ。まぁそこは仕方ないよね。でもさ、アオイとしては初対面なのにそこまで話せるってすごくない?」
「元々ママは話好きだからね。私の友達とも普通に話してたし」
「へ〜、そうなんだ。うちとか行くの?」
「いや、行けないよ。家、教えてもらってないし」
「なんでさ、知ってるじゃん」
受話器の向こうから石井の冗談じみた笑い声まじりの声が聞こえる。
「そりゃ知ってるし、何度も家の前までは行くけど…やっぱり入れないよ。まだ他人なわけだし、一回会って話しただけだし。次会っても話せるかわかんないし」
「まあそうだけどさぁ。待ってるだけじゃダメだと思うよ?…やっぱり、女の子にならないとダメなの?」
「ううん。そこは平気。女の子みたいって言われてるし」
「ならいいじゃん。会いに行っちゃえば?今日土曜日だしさ、パパさんも家にいるんじゃない?」
「うーん、でもなぁ。家教えてないのにいきなり来たら怖くない?ストーカーみたいで」
「あー、確かに怖い。じゃあ家の前でも散歩してたら?見かけて出てきてくれるかもよ?」
「うん、実はそれ期待して今歩いてる」
「なんだ、確信犯か」
「そうだよ。悪い?」
「別に?いいんじゃない?会えればラッキー、くらいに思ってれば」
「うん、そうするよ」
「てかさ、目眩起こしてるのに散歩してて平気なの?」
「うん、なんとか。でも今日は家の前通ったらすぐ帰るよ。明日の準備もしたいし」
「そうだね。楽しみにしてるよ」
「うん。そろそろ家に着く」
「あ、じゃあ切ろうか。電話してたら声かけてもらえないよ」
「え、でも…」
「いいよ、声聞けて嬉しかったし、明日会えるんだし」
「ごめんね、由香」
「大丈夫、気にしないで。会えるといいね」
「うん、ありがとう」
「それじゃ、また明日ね」
「うん、また」
通話を切り、視界に入る家を見据える。あの頃と変わらない水原家がそこに建っている。車は軽自動車に変わったけれどスポーツタイプなのはあの頃と変わらない。父の趣味だった。
雪が降る地域なのに、スポーツカーに乗ることを父は譲らなかった。
「これは世界で唯一のエンジンを積んだ車なんだ、絶やしちゃいけないんだ!」とエンジンについて熱く語っていたことを思い出す。マニュアル車は父しか乗れないので、母は文句を言っていたけれど…助手席で楽しそうに話しながらドライブに出かけることが好きだった。狭くてブンブンうるさくて、段差では衝撃が来て、お店に入る時や踏切ではゆっくりと気を遣って…。もっと普通の車にすればいいのにと思っていた日々が懐かしい。そういったスポーティなものが好きなのは葵の父とそう変わらないのかもしれないと感じていた。車とバイクの違いはあるけれど。
不審者に思われないよう、あまり家を眺めるようなことはせず、少し歩くペースを落とすにとどめる。
(少し庭は荒れたかも。外壁も少し色褪せたかな…)
やはり近づくとあの頃との違いを感じざるを得ない。鳥山高校は町の中心から少し離れており、そこからさらに離れた水原家は隣の家との間隔も広く、フェンスのようなものもないため庭も家もよく見えた。そして風変わりなことに、家の敷地の一角にお墓がある。先祖代々この地に住んでいたし、お寺にお墓を建立して納骨、という風習がなかったのだろう。近隣の旧家にもお墓を抱えた家が数軒ある。夏はそのお墓までご先祖を迎えに行って焚き火で背を温めるという風習も代々受け継がれている。三途の川を渡って濡れた先祖を焚き火で温めてあげるのだそうだ。愛も幼い頃から両親とこの行事を行ってきた。
そうこうするうち、家の前を通り過ぎ、近所のポケットパークへとたどり着いた。ここからまた三十分ほど歩けば鳥山高校に着く。上り坂もあるし、貧血様の症状がある。道沿いのあずまやへ入り呼吸を整える。
(今日は姿見えなかったな)
すでに水原家は見えないため、仮に父が家の外に出てきても出会うことはない。車でこちら側に外出してくることを期待しているが、可能性は低いだろう。
次に母に会える日はいつなのか。父に会える日は来るのか。
考えても答えは出ないものの、未だみぬ父の姿に思いを馳せていた。




