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第十一錠 ナポリタンとボロネーゼ

「それにしてもさ、アオイって結構服とかお化粧詳しいんだね」

「まあ…ね。毎月Cute読んでるから」

 図書館内併設のカフェでコーヒーとカフェラテを片手に、二人はファッション誌を眺めていた。

 最初は由香が持ってきたActiveを。

 一通り見たら今度は葵がよく読むCuteへと移った。

 Activeはその名の通り、活発な女の子をイメージした中学生〜高校生を対象としたファッション誌で、ボーイッシュな女の子が多い印象がある。

 一方のCuteは高校生を対象とした、可愛い系の雑誌。ファッションだけではなく、美容やメイクについての誌面も多く割かれている。

 由香はまだメイクにはそれほど興味がなかったのか、知らないことばかりで感心していた。

 Cuteを読み終え、小腹も空いてきたので2人は図書館を後にし、駅ビルへと足を運んだ。

 エスカレーターで飲食店が多く軒を連ねるフロアを訪れ、あれやこれやと見て回る。定食、ファミレス、寿司、うどん、イタリアン、バイキング…バリエーション豊富な中選んだのはイタリアンだった。席について注文し、料理を待ちながら、食べながら色々と話をする。

「ここのパスタ、おいしいね」

「そうだね、俺も初めて入ったけど、結構おいしい」

 葵はナポリタンを、由香は茄子のボロネーゼを食べている。若干、葵の好みよりも塩気が強いが、話を合わせる。図書館からそうだが、由香との会話が途切れることはなく、打ち解けるのに時間はかからなかった。これほど誰かと長く話すのは、愛の頃以来だった。共にいる時間が増え、話せば話すほど葵の警戒心は薄れると共に、次第に愛の感覚が戻ってきていた。女の子同士の話はやっぱり楽しい、と。

「もしかしてさ、アオイはデザイナーになりたいとか思ってる?」

「え、なんで?」

「だって、男の人でこういう雑誌読むとしたらデザイナーとかメイクアップアーティストになりたいのかなって思って」

「将来の仕事については…あんまり考えてないなぁ」

「そうなの?じゃあお父さんの仕事継ぐっていうのは?」

「あー、みんなから聞いてる?」

「うん、ちょっとだけね」

 葵の父は地元では有名な会社の社長だから、将来に向けて修行してるとか、二代目社長は安泰だとか色々言われているのは知ってはいるが、すでに由香の耳にまで入っているとは思わなかった。

「まあ、みんながどう言ってるかは知らないけど、俺は継ぐ気はあんまりない」

「そっか、まだ将来決めるのには早いもんね。じゃあ、なんで女の子向けの雑誌読むとか…あ、わかった!」

 由香が閃いたかのように両手を叩く。

「可愛い女の子とか、好きなモデルさんがいるとか」

「それも違う」

 軽く笑いながら葵は返答する。

「じゃあさ、本命言っちゃっていい?」

「どうぞ」

 一瞬、どきりとする。あの日、校内案内をしたときに問われたあのセリフを思い出す。そのことを由香に悟られないように、平静を装う。

「アオイってさ、本当は女の子なんじゃない?体は男だけど、心は女の子っていう」

 ズシン、と胸に重い痛みが走る。

 葵は押し黙るしかなかった。1番、聞きたくない答えが出てきてしまったのだから。否定しようにも否定する言葉が見つからない。「ないない、そんなことない」そう答えた所で、由香には通用しないだろう。確信めいたものを持って葵を見つめている。

「ごめんね、何度も。答えづらいよね、こんなこと聞かれても。でもね、私、東京に住んでるとき同じ学年にいたんだ。トランスジェンダーの子」

「え…?」

 予想だにしない石井の言葉に、葵は身を乗り出し思わず目を丸くする。

「その子も体は男の子だったんだけど、ずーっと違和感を抱えて生きてたみたいで。小学生の時に病院で診断してもらって、今は性別変更に向けてお薬飲んでるんだって。学校側もそれに配慮して女の子の制服着ていいってことにして、名前も本名とは違うけど女の子の名前で呼ばれてた。ただ、トイレだけはみんなとは違う場所使ってたみたいだけど…。違うクラスだったし、話したこともないけど、そういう子もいるんだよって、集会があったからさ。大変なんだなーって思ったし、私はそういうのを変な目で見ないし。だから、アオイがもしそうなら、受け入れようって思ってる」

 葵は言葉が出なかった。目の前に自分のことを、心と体の性別が異なることを受け入れてくれる人がいる。そのことに喜びとは違う何か…戸惑いとでも言える感情を感じていた。

 打ち明けてしまおうか。

 この子なら、理解してくれるかもしれない。初めて、味方になってくれる人ができるかもしれない。そう、感じていた。

「私ね、その子もアオイも、きっと辛かったんだろうなぁって思うの。だって、自分は女の子ーって思ってるのに男として生きなきゃいけないんでしょ?体のこともそうだし、可愛い服着たくても着られないし、お前はおかしいって言われたりしそうで怖いし、自分が出せなくなりそう。私にも、自分が出せなくて辛い思いをした経験あるからさ。だから、そういう子がいたら、受け止めてあげたいって思ってて。…なんか、1人でベラベラ喋っちゃってごめんね」

「いや…」

 言葉を返そうとするが、うまく言葉にならない。愛の存在…転生したことは伏せるにしても、本当は女の子なんだと言ってしまいたい。楽になりたい。その思いと打ち明ける恐怖がせめぎ合っていた。この関係も、葵を取り巻く全ての世界が壊れてしまうと怯えていた。

「こういうことってさ、すごくプライバシーに関することだから、本人が話していないのに外からあーだこーだ言っちゃいけないってのも聞いてるから。無理強いはしないけど、私はそうなのかなって思ってる。だから、違うなら違うでいいし、そうだったら…アオイが話したいと思った時に話してくれればいいから。私は、男でもないし、女でもない、アオイとして見てるから」

 彼女の言葉が、葵の、愛の心に突き刺さる。

 この子は全てを見通している。

 葵の体に宿る愛の、女の子としての心を。

 そして、過去の経験によりそれがセンシティブで他人が土足で踏み込んではいけないことも心得ている。

 こんなことって、ある?と葵の心は揺れていた。先ほどよりも、激しく。自分を男女関係なく、1人の人として見てくれる初めての存在。鼓動はますます早くなり、気持ちは激しく揺さぶられていた。

「…パスタ、冷めちゃうね。早く食べよ。そのあと、ケーキ屋さん連れてってね」

「あ、ああ。そうだね」

 由香の言葉に相槌を打ち、パスタを喉の奥へと流し込む。

 ナポリタンの味なんて、一つもしなかった。あれほど、塩気が強いと感じていたのに。

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