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第十錠 カフェラテとともに

 約束の土曜日は、すぐにやってきた。

 元々始業式が水曜日で、石井と出会ったのは翌木曜日。金曜を一日過ごしたらもう約束の日だった。

 金曜は特に何もない、ごくありふれた一日だったが、石井の周りには相変わらず人だかりができていた。例によって、葵は席を外すことが多かったため、「おはよう」と「また明日ね」くらいしかやり取りをしていない。明日、一緒に図書館へ行くというのに。

「明日の図書館、楽しみにしてるよ」と気の利いた一言を言えればいいのだが、言う機会がなかった。

 その日の夜、友達と一緒とは伝えず、葵は両親に明日図書館へ行くとだけ伝えておいた。それを言えばまた面倒なことになる。普段、友達の「と」の字も出ないから、色々質問攻めに合うのが嫌、そう思っていた。


 翌朝。普段通り朝食を済ませ、鞄から勉強道具を取り出す。図書館に行く=勉強しに行くという意味に両親は受け取っていたが、今日はそうもいかないだろうと葵は思っていた。

 いくら真新しい図書館とはいえ、本好きか勉強目的でもなければ一日は過ごせない。館内一周に二十分から三十分もあれば十分だろうと踏んでいた。

 それが終わったら「それじゃ、また学校で」とはならず、どこかに遊びに行くことになる。幸い、図書館は駅に近く、駅ビルもある。そこなら雑貨屋も飲食店も入っているため、この地域に慣れていない石井となら一日は過ごせそうだ。なんとなく、あのパターン、このパターンと予定を考えつつ、家を出る。履き慣れた、歩きやすいスニーカーをチョイスして。

 葵の家は駅から少し離れているものの、運動も兼ねていつも歩いて行っている。その道中、あれこれ考えている自分が、ふと今日の図書館案内を楽しみにしていることに気づく。

(知らない人が見たら、デートに見えるのかな)

 葵と石井なら、男女としてそのように見えるだろう。だが、内面…愛としては女の子の友達、強いて言えばその妹と遊ぶような感覚だった。実際、高校生の頃の友達には中学生や小学生の弟、妹がいる子もいた。その子達と感覚はあまり変わらなかった。

 そうこうするうち駅に着くが、まだ石井の姿はない。

「今駅に着いたよ。東口にいるね」

 と、メッセージを入力し送信する。お互いスマホを持っているため、連絡先を交換していた。

 画面には「由香だよ(*^^*)メッセージありがとう♪登録するね!私のも登録よろしく(*´∇`*)」と顔文字に溢れた連絡先交換時のメッセージが映っている。

(昔も、こんな風にやりとりしてたな)

 愛の頃はスマホなど存在せず、今でいうガラケーだった。古い機種では送れる文字数にも制限があり、絵文字も至ってシンプル。それでも画面を綺麗に彩ったり、GIFアニメによるデコレーションを施してメールを送り合っていた。

「アオイ、お待たせ!」

 回顧する愛の意識を現実に引き戻すかのように声がかけられる。

 石井がパタパタと駆け寄ってくる。

 ショートパンツに半袖のパーカー。ショルダーバッグとスニーカーという、活発な女の子の印象だ。

「おはよう、由香」

「おはよう、待った?」

「いや、全然。さっき着いたばっかり」

 そう言ってスマホのメッセージ画面を見せる。送信から5分と経っていない。

「あ、ごめん、スマホカバンの中だから気づかなかった」

 鞄を肩にかけたままゴソゴソと漁り、スマホを探す。斜めにかけられた肩紐が幼い胸の谷間を強調する。葵は不意にその緩やかな膨みに目を奪われてしまう。

(ああ、このくらいからもう成長してるんだ…)

 学校の制服では気づきにくい、自分の中にないものを見て、少し感傷的になってしまった。

「あ、ほんとだ!ごめんねー」

「いいよ、それじゃあ図書館行こうか」

「うん、お願いね。すっごく楽しみにしてたんだから」

 悪びれる様子もなく謝った石井と並んで歩き出す。目的地は見えているため、歩いて間も無く到着する。

「すっごい近いね」

「まあ、都市計画に基づいて作られたみたいだからね。この辺も前は古い感じだったけど、住みやすい街づくりとかで色々開発されてるみたいだよ」

「へー、アオイって詳しいんだね」

「広報誌や新聞の地域欄に載ってたんだよ」

「新聞、読むんだ」

「まあ…たまにね」

 たまに、とは答えたが、ほぼ毎日目を通していた。時事を知ることはもちろんだが、他の目的もあった。自分が亡くなってからの世の中の出来事を追ったり、自分以外の大切な人がお悔やみに載っていないか気が気ではなかった。今の所、見知った名前は出ておらず、目を通し終える度に安堵する。今回の情報はその副産物だった。

 そんなやり取りをしつつ、館内を巡る。外観は全てガラス張り。外からの自然光が四方から、そして吹き抜けとなった天井からも降り注ぐ。

 3階建ての図書館は緩やかな螺旋階段で各階がつながり、木材を各所に使用した温かみのある建物だった。

 ジャンル毎に整然と並べられ、学習スペース、キッズスペース、読書スペースと分けられ、誰もが利用しやすいよう配慮されていた。

 健常者も、障害を抱えるものも、年齢も性別も…今の時代に即した、全ての人を受け入れることを具現化した施設として存在していた。二人はその施設を西側入り口から入って三階へ。上から順に見て回った。

「すごく広いね、ここ」

「そうだね。本が好きな人だったら天国だろうね」

「アオイは本読むの?」

「たまにね。新刊コーナーはよく見てるよ」

「あとは雑誌コーナーでしょ。どこにあるの?」

「雑誌はこっち、一階だよ」

 少し先を歩き、階段を降りながら案内する。

 階段を降りて少し行くとカフェコーナーが、その横に雑誌コーナーがある。他の図書館とは異なり、ここでは飲み物や軽食を摂りながら本や雑誌を見ることができる。

「え、ここカフェ入ってるの?ヤバ」

「何か飲む?雑誌、見たいんじゃないの?」

「え、なんでわかるの」

「だって、今日は色々な雑誌の発売日じゃん」

「すごい、さすがわかってるねぇ」

 石井はこの前のやりとりを思い出して、少し意地悪っぽく言ってみる。

「あれは…」

「いいよ、気にしないで」

 なぜかニコニコする石井を前に、先日の女性誌の件を思い出して葵はたじろぐ。

「メニューあるから、ほら。先に決めて雑誌探してきたらいいんじゃない?」

「うーん、カフェラテのホットにしようかな」

「薄着してるからだ」

「違うし、エアコンがちょっと強いだけだから。外行けばちょうどいいし」

 半袖にショーパン…しかも生足で空調の効いた図書館に長時間いるのは堪えるだろう。ホットが正解だと葵は思う。

「頼んどいてあげるから、探しに行っといで」

「あ、うん。じゃあお金…」鞄を再び漁ろうとする石井から視線を逸らす。斜めにかけられた鞄が胸を強調することを本人は意識してはいないのだろうが、視界に入ると葵は意識してしまう。男の反応としてではなく、同じ女として。

「いいよ、あとで。値段、わかってるし」

「いい?じゃあ、あとでね。アオイは何がいい?Cute?」

「俺はいいって、ほらほら」

 苦笑いしながら、早く行けと石井を追いやる。石井もニヤニヤし手を振りながら雑誌コーナーに向かっていく。

 注文して程なく、カフェラテと本日のコーヒーを受け取り、石井の目につきやすい席につく。

 石井は手を振りながらお目当ての雑誌を抱えて葵の方へと歩み寄る。

「お待たせ〜!あ、カフェラテありがとう」

「いいえ。見たいのあった?」

「うん、私ね、Activeが好きなんだ」

「あー、わかる。由香って元気な女の子な感じの服装してるもんね」

「そう、動きやすいし楽だし、可愛いし。って、アオイActive読んだことあるの?」

「表紙、似てるじゃん」

 指差す雑誌の表紙には、今日の石井の服装と似た女の子が写っていた。半袖にショーパン、帽子にハイカットシューズ。もう少し季節が進んだら石井に似合いそうだと思った。

「なんか、誤魔かしてない?」

「さあね〜?」

 何かを探るようにニヤつきながら葵の表情を窺う。それには乗らないよと、葵はコーヒーを口にする。

「それ、何飲んでるの?」

「本日のコーヒー、ブラック」

「え、ブラック飲めるの?大人〜」

「砂糖入れたりするのが面倒だし、苦い方が好きだから」

「もしかして甘いものは好きじゃないの?」

「甘いものは…好きかな。苦いコーヒーに合うし」

 質問が入る度に自分の設定を思い返す。だが、段々とそれが面倒に感じる。

(この子は答えたこと覚えてて、今後も色々聞いてくるんだろうな)

 普段なら、その場限りの受け答えで次に会ったときにはもう忘れられていることが多いから、それっぽい回答を用意しておけばそれで収まるが、石井との会話だけはそうならなそうだった。

 目の前の葵の中に存在する、愛と話をしようとしている。そう、感じる時があった。

「甘いものってケーキとか?この辺っておいしいお菓子屋さんある?」

「この辺だと…駅ビルに入ってるケーキ屋は美味しいかも。フルーツタルトもガトーショコラも美味しいし」

「うわー、いいなぁ、食べたい!」

 じゃあ、お昼の後、三時のおやつにでも行く?」

「行く行く!ってか、アオイ、そんなに一緒にいて平気なの?」

「何が?」

「だって、学校だとあんまり話しかけてくれないし、席にいないし。あ、それはおじいちゃんだから仕方ないとして…」

「誰がおじいちゃんだよ、だからそれは」

「わかってる、ちょっといじってみた」

 葵の反応を見て、石井は嬉しそうにする。普段、女子たちに向けられてる笑顔が葵だけに向けられている。かわいいな、と思ってしまう。

(私は最近、こんなふうに笑ってないな)

 女の子らしく、年相応に。無邪気な石井の存在は眩しかった。

「なんだよ、それ。学校だと、由香の周りには女の子がいつもいるから話しかけづらいんだよ」

「そうなの?やっぱり年頃の男子は女子の輪に入りにくいのかな。じゃあ私から話しかけちゃおうかな」

「いやいいよ、女子は女子で楽しく話してて」

「えー、私はアオイともお話ししたいんだけどなあ」

「今日は一日空いてるから、たくさん話そう。もうすぐお昼だし、カフェラテだけじゃお腹空くでしょ」

「確かに、なんかアオイって同級生とは思えないくらいしっかりしてるよね。大人びてるというか」

「色々あったからね。親も厳しいし」

「そうなんだ」

「作法とか、厳しいからね。昔はたくさん直されたよ」

 厳しく指導された幼少期を思い出す。ある程度できるようになって、小学校中学年あたりからあまり言われなくなったような気がする。東大宣言が効いたのだと思っていた。

「俺はみんなのこと嫌ってるわけじゃないけど、なんかいづらくてね。由香が良ければ昼とデザートくらいなら付き合うよ。あんまり遅いとおうちの人、心配するでしょ」

「うちは友達と遊びに行くって言ってあるから大丈夫だと思うよ。それじゃあお昼何がいいか考えておく!何食べようかな〜」

 そこまで話すと、カフェラテに口をつけながら雑誌を捲る。

 その紙面を葵も見て石井と二人あれこれ話す。歳の離れた女の子とはいえ、会話が成立して可愛いときている。

 葵は少し、期待していた。

 この子となら自分を、心の奥底にしまい込んだ愛の存在を出しても大丈夫なのではないかと。

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