210 放っておくとすぐギャグや下ネタに走るんだからw
「むー。では致し方あるまい。皇帝の特別の慈悲をもって、この場でのダンスは免除してやる。ほれっ! オキムネッ! ひざまずけっ!」
今に始まったことじゃないけど、本当に偉そうね。エリス。ダンスをこの場では免除と言うのも気になるけど。この場はひざまずくとしましょう。
「よし」
僕がひざまずくと、とりあえずエリスは満足そうな表情。
「オキムネッ! 次はあたしのここにキスするのだっ!」
おもむろに右手の甲を差し出すエリス。
「キャーッ!」
なっ、何なんですか? 母さん。 その巨大な黄色い悲鳴は?
◇◇◇
「だって素敵じゃない。騎士のお姫さまへの忠誠のキスよ。女たるものこのシチュに憧れなくてどうするよ」
「お母上~」
不満ありありのエリス。
「あたしは『お姫さま』じゃなくて『皇帝』だぞ!」
「いいのいいの。騎士のお姫さまへの忠誠のキスってね。『異世界恋愛』だけど女の子の憧れなんだから。絵栗鼠ちゃんがこういうことを言い出したのはいい傾向だわ。放っておくとすぐギャグや下ネタに走るんだから。二人とも少し『恋愛』ってものに真正面から向き合いなさい」
「お母上」
あ、エリスが珍しくまじめな顔だ。
「『恋愛』ってものに真正面から向き合うとオキムネの『金塊』が手に入るのか?」
母さん、またも右手のひらを額にあてる。さぞや頭痛が痛いでしょう。
「絵栗鼠ちゃん。せっかくいい傾向が出てきたんだから、ここはいったん『金塊』の話は置いときましょう。オキムネッ! ぼさっと見てないで、絵栗鼠ちゃんの手の甲にキスしなさいっ!」
へーい。とは言ってもこっぱずかしいよ。こっちもただでさえ恋愛経験ゼロなのに、何でこんな異世界恋愛ものの登場人物みたいなまねを。
「グズグズ言わずにとっととやる」
へいへい。グズグズ言わずにとっととやるってロマンスもムードもあったもんじゃないですな。はいはい。やります。やりますとも。
僕はひざまずいたままエリスの右手を自分の手で取った。
「オキムネ。ちょっと痛いぞ。強く引きすぎだ」
あ、ごめん。こっちだって本当にこんなこと初めてなんだから。いったん手を放して、もう一度、今度はゆっくりと柔らかく、エリスの右手を取る。
そっ、そっ、それでだ。キスだ。エリスの右手の甲の上に僕の唇を落とす。うん。たかだかそれだけのことだ。えいやっ! いくぞっ!
「オキムネ」
なっ、なっ、なんだ? エリス?
「何だか目が怖いぞ」
だっ、だだだ、だからだな。つまりだ。今回は唇同士ではないにしろ、とにかく初めてなんだから緊張しているのだ。
「オキムネ。目が怖い。皇帝命令だ。笑え。穏やかな笑顔を見せろー」
何? 穏やかな笑顔? こっ、こうかな?
「オキムネ」
何だ?
「笑顔が引きつっているぞ」
あー、もう。ごめん。そうとしか言えないわ。
◇◇◇
いろいろ紆余曲折はありましたが、ついに僕はエリスの右手の甲に唇を落としました。ほんのちょっと触れたくらいです。とてもじゃないけどブチューなんてやる度胸はありません。
「オキムネ」
何かな? エリス。しましたよ。僕はエリスの右手の甲にキスしましたよ。
「……」
絶句したまま真っ赤な顔で硬直するエリス。あのなあ、そんな状態なら何で自分で右手の甲にキスしてくれとか言うんだよ。
後ろで苦笑している母さん。
「まあ高校生なんだし、これくらい初々しいのでいいのかもね」
◇◇◇
「それじゃあ。今回は特別に私が車で駅南のショッピングモールまで送るよ。帰りはバスで帰ってこられるよね?」
母さん、そうしてくれると助かります。このままエリスと二人で外に出ますとね。何故かサダヨシと遭遇し、訳の分からない騒動が起こるのです。かと言って父さんに頼むとまた痛車トラクターで送ると言い出すから、初手から悪目立ちするしね。




