第一章ー「五月雨」ー(2)
5月23日。
インターホンの音で目を覚ました僕は、状況を把握するのに少し時間を要した。
結論から言うと、君が突然僕の家に来たのだった。
僕の家に君が来ることは月に多くて2回くらい。ここのところ会えないことが続いていて5月はこの日が初めて会えた日だった。
時計は午前11時を少し過ぎたあたりか。昨夜はサークルの飲み会があり、帰宅してからの記憶がまるでない。床に突っ伏して寝ていたようで腰が痛い。まだ起ききらない身体を動かし玄関までよろよろと歩いた。
扉を開けると膨れ面の君が大きな買い物袋を提げて立っていた。
「何回電話かけたと思ってるんよー!」
僕は慌てて君を家に入れた。
僕は下宿で一人暮らし。忙しさを言い訳にここのところまともに片付けられていなかった部屋はなかなかの散らかり具合だった。
君は家に入り、買い物袋から食料品を冷蔵庫に入れると少し僕の顔を見た。
「ふふーん。」
何を言うわけでもなくそう笑って、てきぱきと散らかった部屋の片付けを始めた。まるで一人暮らしの息子を見に来た母親のようだ。
僕なりに日本語訳すると、「ふふーん。」は「疲れておるな。私が片付けておくから身体を起こしたまえ。」である。それでは遠慮なく…と顔を洗いに行った。
君はというとあらかた部屋が片付くと、今度は突然
「あたしな、新しい料理マスターしてん!」
と先ほど買ってきた食材をキッチンに並べ、料理を始めた。
寝起きにこのめまぐるしい動きは少し堪えたが、おかげで頭も身体も起床し始めた。君が片付けてくれたあとを引き継いで、食卓の周りを整理しながら君を見ていた。
「玄関で待っててもつまんなかったから、食べたい物聞かんとスーパーに材料買いに行っちゃったー。だからゆうくん選択権なしな。」
「え、あんず何時に来てたん?」
「えーっと9時ごろかな?ちょっと早かったから起こしちゃうのも悪いかなと思って。」
僕の携帯には実に9件もの不在着信があった。酒の力は恐ろしい。いや、それより9時に僕の家に着いたということはいったい何時の電車に乗ってきたんだ?学校より早いじゃないか…。
そんなこと君は全然気にしていないようだった。それどころかはしゃいでいるような様子だ。キッチンでせっせと何かを作っている姿は一生懸命で愛らしい。きっと久しぶりに会えたからなんだろうけど、どこか、少し違和感を感じた。
その違和感が言いようのない不安に変わりそうだったこともあり、必死に調理している君には悪いが、後ろから抱きしめさせてもらった。
牛乳パックを開ける手が完全に止まった。(包丁を持っているときをはずしてよかった。)
僕は彼女の頭に顔を押し当てた。ちょうど10cmほどの身長差なのでこの位置が落ち着く。ふわっとシャンプーの香りが僕の中に入ってきて、自然に腕に力が入ってしまう。
君はそれに反応するように静かに僕の腕に手を当てて軽く抱き返す形になった。
それ以外は何もしない。ゆっくりと時間は流れていった。静かな二人の空間に規則正しく秒針が時を刻んで止まっているように思える時間を流していく。




