第一章ー「五月雨」ー(1)
その年の春、君の調子はあまり良くなかった。僕にはその理由はわからないでいた。
癖が出た日は決まって電話をかけてくる。あまりに心臓に悪いので、特にこの春は毎日少しでも電話をした。
5月のある夜、眠りにつくかつかないかという時間に電話が鳴った。
情緒不安定というのだろうか。電話の先で泣いている君。
「ごめんな。もうしやんから…ごめん。」
震える声でそう何度も言うのだった。癖が出た日といっても、いつもは電話をかけてくる時には幾分落ち着いている場合が多かった。しかしこの状態で電話をかけてくると言うことは、よほど切羽詰っていたんだろう…。
「なんかしんどいことあったら何でも聞くから。いつでもなんでも言ってくれていいんやで?」
そう言う事しかできなかった。
「いいの。ゆうくんはこうやって電話に出てくれて、声を聞かせてくれる。それだけであたしの安定剤やから。」
そういいながらも鼻をすする電話口の君に、何もしてあげられない僕の無力感ははかり知れない。
僕はすぐに心配をしてしまうタイプだ。僕が何とかしようとおせっかいを焼いてしまうからなのだろう。君は心配させるようなことをあまり多くは語らない。電話の最初に「ごめん。」から始まるのは、「心配させるようなことをしてごめん。」の意だ。
その年は僕も就活と資格試験の勉強が重なり、おまけにサボっていた単位も危なくなって、君に会えなくなることが増えた。5日の記念日ももう2ヶ月すっぽかしてしまった。そんな時でも、
「気にしやんとってやぁ。」
「ちゃんと卒業して養ってもらわなあかんしな!」
と明るく返してくれる君に安心していたのは事実だった。君だって会いたい気持ちがあるだろうに、会う約束をキャンセルしてしまっても
「もう。次会った時にはいっぱい遊んでもらうからな!」
と拗ねたフリをしながら結局は許してくれるのだった。君は知っていた。こういって少し拗ねているくらいのほうが僕が安心することを。
付き合い始めて間もない頃「ちょっと嫉妬してほしい。」なんていう幸せな欲求不満をぶつけたことがあったからだろう。…今思い出しても恥ずかしい…。しかし君はそれを覚えていて活用してしまうあたりしたたかだ。僕も君のそんな言葉に甘えていた。会えなかったり、キャンセルすることを悪いなと思いながらも、心のどこかで甘えていたかった。きっとそれは心地よかったから。
きっと君が疲れて見えるのは春のせいだろうと、勝手に解釈していたから…。




