十六、言霊師の力
ガンガン、ガンガゴゴンガゴゴン
何処かで大きな金属の音がします。
僕は堪らず目を覚まし、いったい何事だというふうに慌ててキロキロしました。
ここはテントの中。昨日僕達は正門の前にテントを張って、そこでアマンダさんと警備班の方々と眠ったのでした。
テントはすっかりものけのからで、みなさんは既に作業に取り掛かっているようでした。
のっそり外に出てみると、正門前はすっかり大童です。
アマンダさんとカダカさんの指揮の元、ラボ中の人達があちこち走り回っております。
僕は顔をパチンとやって、アマンダさんのところへトタトタ駆けて行きました。
「おはようございます、アマンダさん。僕だけ遅くに起きてすみません。」
アマンダさんは僕に気付くと冊子になった分厚い資料の束をバッタリと重たそうに閉じました。
「おはよう、スム。この騒ぎでは寝てはいられなかったかしら。まぁ皆も皆で、昨日は不安そうに帰っていった割には、今朝は随分早くに集まり出してね。漲るやる気よ。びっくりしちゃう。本当に皆、根っからの研究屋に発掘屋みたい。」
確かに回りを見渡すと、眠たそうにしているのは雇われの警備班の人達ばかりで、所謂ラボメンバーである発掘班と研究班の人達はきびきびあちこち駆けておりました。
「よお、起きたか坊主。おはようさん。まだ寝てたって良かったんだぜ。どうせあの中にお邪魔すんのは昼だからな。」
アマンダさんの隣へのっそりやって来たパダヤさんは、何だか感慨深そうに正門前を見上げてそう言いました。
すると僕の寝ぼけた頭に昨晩の期待や不安が凛々と帰って来たようなのでした。
「おはようございます、パダヤさん。先遣隊はパダヤさんが指揮されるのですか。危ないですし警備班の方々にお願いしたら良いのに。」
パダヤさんはガッガッガッと笑ってまぁ任せとけと言うと、近くの若い発掘員を二、三人呼び止めてそそくさ準備に取り掛かりました。
僕がなんだか心配な心持でおりますと、アマンダさんはそっと教えて下さいました。
「警備班の人達は、元々ラボのメンバーではないでしょう。ですから、やっぱりこの大事な一歩は任せられませんし、それにほら、ご覧なさい。おかしな話だけれど、警備班の人達より発掘班の人達の方がとっても屈強でしょう。ですからきっと大丈夫。それにパダヤさんは、カダカさんと出会うまでは傭兵のようなお仕事をなさってたんですって。これの扱いだって、パダヤさんに習ったのだもの。」
アマンダさんはそう言うと、何処からが大きな鉄砲を取り出し、ガシャリと二つに折って手入れを始めました。
「アマンダさんは本当に何でもするのですね。けれどあの中には何か得体の知れないものがいるのでしょう。ああ、僕はなんだか心配でなりません。いったいどんなものがいるというのでしょう。」
つい数年前まで、正門はおろかラボの下の扉すら大地の深くに埋められていたこのフィロソフィアに、生き物がいる。
それはなんだかとても恐ろしく、またコギトに何か関係があるように思われて、僕の気持ちをずっとそわそわざわざわするのでした。
そうしているとゴゥウンと音を立てて昇降機が下へ着き、中からソヨとプネーマさんが降りて来ました。
二人はあちこち皆さんに挨拶をしながらこちらへやって来て、僕とアマンダさんにも挨拶をすると、親子揃って正門を見上げました。
そうしてプネーマさんは、穏やかに揺れるすすきの穂のような声で、微笑みながら言いました。
「本当に、開いたのですねぇ。アマンダさん、まだ少し早いけれど、本当におめでとう。この時のためにあなたがどれだけ頑張って来たか。まだこんなにも若いのに、皆があなたを信じて着いて行くのは、この街の人なら誰でも、あなたが寝る間も惜しんでラボの方々の生活を守るために働いている事を知っているからよ。本当に本当に、この街に来てくれてありがとう。」
アマンダさんはプネーマさんの話を聞きながら、小さな女の子みたいにはにかみ両の目にうっすら涙を浮かべておりました。
「プネーマさんったらおやめになって下さい。緊張の糸が切れてしまいます。けれど、本当に嬉しい。このラボにはこんなに素敵な皆さんがいて、そして世界中に胸を張れるような結果が出せる。ああ、私の人生はなんて幸福なのでしょう。私は私の幸せのために、このラボとラボの皆さんを守りたい。本当にそれだけです。だって皆が大好きなのですもの。」
アマンダさんのニッコリと笑った顔は、おひさまみたいに温かく、カヤックさんの水のように清廉で美しかったのでした。
「では今度は、私が私の幸せのために、私の役目を果たさなけらばね。」
プネーマさんはそう言うとソヨの頭をそっと撫でて、正門の方へと歩き出しました。アマンダさんもそれに続いて歩いて行きます。
お二人が正門に近づくと、そこではキムさんが待っておりプネーマさんを迎えました。
すると皆が各々作業を中断して、ぞろぞろと正門から離れ出したのです。
全員が二十歩程離れたところで正門を取り囲むようにして止まると、残っていたアマンダさんとキムさんもプネーマさんの元を離れてこちらにやって来ました。
「アマンダさん、いったい何が始まるというのですか。プネーマさんだけ正門の前に残して、危なくないのでしょうか。」
アマンダさんは僕の横へやって来て、僕とソヨの肩をそっと抱きました。
「そう、危ないわ。だから説明は後。今からプネーマさんのおっしゃることをよく聞いてね。」
僕はなんだか訳が分からないというふうでしたが、そのうちにプネーマさんがこちらに向き直り、大きな声で皆へ言いました。
「では皆さんは、そうですね、六日前の朝から順番に、いったい何を食べたのかを思い出してみて下さい。声は出さずにお願いしますね。」
そう言うとプネーマさんはまた正門の方へ向き直り、ゆっくりと近づいていきました。
「アマンダさん、いったいどういう。」
僕は訳が分からず訪ねました。
するとソヨがアマンダさんの向こうからひょいと顔を出して、とにかくプネーマさんの言う通りにと言いました。
アマンダさんもそのようにとおっしゃるので、僕は言われた通り、六日前の朝ご飯から順に思い出そうと目をつむりました。
辺りは静まり返り、風でギシギシとなる掘削機の音が響きます。誰一人口を開く事なく、プネーマさんの言われた通りに黙想しております。
六日も前の食事を思い出そうというのはなかなか難しいもので、僕も暫く真剣に頭を捻らせておりました。
けれども四日前の夕食を思い出そうとしている辺りで、やはりどうしてもプネーマさんが気になって仕方なくなり、僕はつむっていた目を開けました。
するとプネーマさんは扉を半分程開き、ただ黙ってそこに立っておりました。
何か理由があるに違いありませんが、やはりどうにも見当が付きません。
けれども、とにかく今は皆さんの言われるようにするのが良いと思われましたので、さて四日前の夕食は何だったろうと、また目をつむって思い出そうと気持ちをちょっぴり無理やり切り替えようとしました。
するとその時、プネーマさんがくらりとよろめき、その場に倒れ込んでしまいました。
僕はなにか叫ぼうとしましたが、それよりも早くキムさんが駆け寄り、プネーマさんを抱きかかえました。
続いてソヨやアマンダさんや、ここにいる皆が駆け寄りました。
「ごめんなさい、あんまりすごくて立っていられませんでした。でも大丈夫。中からは害意のようなものは感じられませんでした。感じられたのは悲しみや諦めのような、沈んだ気持ちでした。コギトさんに似ているというの、よく分かります。ああ、ええ、もう平気。自分で立てます。」
プネーマさんはそう言うと、キムさんとソヨ、アマンダさんに付き添われてテントへ運ばれました。
僕はプネーマさんのおっしゃることがよく理解出来ず、その場で困惑しているのような心持ちでおりましたら、パダヤさんがすぐ後ろで俄かに叫びました。
「聞いたか、おめえら。これでちったぁ安心してお邪魔出来るってもんだ。恐らくそろそろお嬢の腹も決まる。先遣隊の奴らはいつでも出られる準備をして待機だ。」
僕はあんまりの大きな声に背筋がびぃっとしましたが、すぐに振り返ってパダヤさんに尋ねました。
「先程プネーマさんは、いったい何をなさってたのですか。」
するとパダヤさんは、ヒゲをわしゃりと触ってきょとんと答えました。
「なんでえ坊主。おめえさん何も分からずあれを見てたのかい。ありゃあ思拾いさ。言霊師の中でも黒い髪に黒い目をした、本当の言霊師しか出来ない。普通の言霊師はただ言霊を納めるだけだが、プネーマの奴はそれだけじゃねえ。言霊を納める時も、相手に強い意思があるかどうか思拾いで判断する。あいつは他人の強い感情を漠然とだが感じることが出来るのさ。悲しいとか嬉しいとかそういうなんとなくのもんが分かるだけで、具体的にそれがどんな思いなのかまでは分からねえし、よっぽど強い思いでないと拾うことは出来ない。だが、言霊を納める時には強い思いを持って納めるはずだから、それで充分判断出来るって訳さ。今回みたいな調査では、その力を使って中に潜んでる奴が害意を持っているかを見る。場合によっちゃ傭兵を雇わにゃならんからな。それと俺達に飯のことなんて思い出させたのは、俺達の緊張や興奮の感情を拾っちまわないためだ。六日前に食った飯の事を思い出そうとして、何か強い思いを抱くなんてこたぁそうそうないからな。まあ、とにかく今回は大丈夫ってこった。何がお出迎えしてくれるかは分からんが、猫の化け物って事もあるまいて。」
パダヤさんは僕の頭をちょっぴり乱暴にぐしゃっとして、アマンダさん達のところへ歩いて行きました。
そうしてその日の正午。パダヤさんをリーダーとした15名の先遣隊が、とうとうフィロソフィアに入って行ったのでした。




