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コギトの雨  作者: 海老
第二章 地底の都フィロソフィアとシュレーディンガーの猫
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十七、調査隊の編成

 先遣隊の皆さんがフィロソフィアに入ってから、暫くの時が経ちました。

 既に日は陰り出し、風は涼しさを連れています。

 こうして外で帰りを待つだけというのは、本当に気が気でないもので、なんだかみんなそわそわとして落ち着かないというふうなのでした。

 アマンダさんは誰よりゆったりとしていて、テントでお茶なぞ飲んでおりましたが、本当は誰よりそわそわとした気持ちでいる事は、僕もみんなもすっかり承知でいたのでした。

「先遣隊の皆が帰って来たら今度は私達研究班の出番なのだから、皆しっかり休んでちょうだいね。」

 アマンダさんはそう言っては浮き足立つみんなを気遣い、なんとか場を落ち着けようとしておりました。

 僕はアマンダさんのおっしゃりようがよく分かりましたので、ソヨとプネーマさんと三人で、ジャンバニさんがこしらえて下さった差し入れのサンドウィッチを食べておりました。

「先遣隊の人達、まだ帰って来ないねえ。きっと中でとってもすごいものを見つけたのよ。そうだ、もしかしたならあの猫さんとお友達になったのかも。」

 ソヨは、思いついたようにカラカラと楽しそうに話しました。

「そうねえ。そうかもしれないわねえ。それじゃあ早く戻って来てもらって、私達も紹介していただかないといけませんね。」

 ソヨはプネーマさんに嬉しそうに返事をすると、またサンドウィッチをむしゃむしゃ食べました。

「ねえ、プネーマさん。先程パダヤさんに、思拾(しびろ)いの話をお聞きました。黒い髪に黒い目の言霊師は特別だって。ソヨも黒い髪に黒い目ですが、ソヨにも思拾(しびろ)いが出来るのですか。」

 僕はもしもそうなら僕の気持ちがソヨに筒抜けになってやしないかとなんだかたいへん心配になっておりました。

「いいえ、どうやらソヨには今のところは出来ないみたいね。黒い髪に黒い目であれば誰にでも出来るというのじゃないそうなの。それなりに訓練が必要ですし、思拾(しびろ)いは気力や集中力がいるから。普段の生活の中で誰かの感情を拾ってしまうなんてことはないから、安心してちょうだいね。」

 僕はなんだかプネーマさんに心を見透かされたみたいな感じがして少し恥ずかしくなり、やっぱり思拾(しびろ)いで心を読まれてやしないかと思ったのでした。

「私も大きくなったら絶対思拾い出来るようになって、お母さんみたいな立派な言霊師になるんだ。」

 得意気にそう言ったソヨの横顔は、なんだか可愛らしくてぽかんとします。

「あら、ラボのお仕事はどうするの。お父さんを助けてあげなきゃ。」

「お仕事は言霊師をしながらでも出来るもの。お母さんだって家の事をしながら言霊師をしているでしょう。お父さんが、私達が生活し易いように家の事をしっかりやる事は、お仕事をするよりたいへんな事だって言ってた。だからお母さんはすごいんだって。母さんがたいへんな家事をしながら出来るのだから、仕事しながらだって出来るはずだもの。」

 僕は澄ましてそう答えるソヨの顔を、やはりぽかんと見ておりました。

「あらあら、それでは家事はどうするのかしら。ソヨの旦那様はきっとたいへんねえ。ねえ、スム。」

 プネーマさんは、ぽかんとしている僕を見てなんだかニヤニヤ聞きました。

 僕ははっとしてすぐにそうですねとはきはき返事をしましたが、やはりプネーマさんは僕の心を思拾いで見透かしているんだと思ったのでした。

 そうしてどうしたものかと考えていると、俄かにテントの外がざわざわとし始めました。

「帰って来たかしら。行きましょう、二人とも。」

 プネーマさんに連れられて外へ出ると、先遣隊の方々が正門の前でどっかりと座って、水を飲んだり研究班の人達にあれこれ話したりしておりました。

 僕達はパダヤさんとグルゲンさんと話しているアマンダさんのところへ駆け寄りました。

 研究班の中には調査班という発掘班と研究班の橋渡し的役割の組織があります。グルゲンさんは調査班のリーダーです。

「ああ、プネーマさん。ソヨにスムも。先遣隊の皆さんはみんな無事よ。どうやら怪我もなさそう。ああ、本当に良かったわ。」

 先程まであんなに落ち着き払っていたアマンダさんが、どうやら感情の(せき)が切れたのか今にも泣き出しそうです。

 そこへカダカさんもずんずかやって来ました。

「おう、しっかり全員連れて帰って来たな。で、どうだ。」

 パダヤさんはライトの付いた帽子をガッサリ取って、二カッと笑って言いました。

「行けそうだ、親父。しかし入ったらたまげるぜ。神話の都だかなんだか知らねえが、あんなもん人間に創れるもんかね。俺たちゃあとんでもないもんを掘り起こしちまったみてえだ。」

 パダヤさんは興奮を隠し切れない様子です。

 僕はなんだか俄かに緊張し始めて、心臓をドキドキとやっていました。

「そうか、そいつは何よりだ。しかし、例の気配の奴はどうだ。」

 カダカさんは落ち着いた低い声で聞きました。

「あの気配は入ってすぐに消えてしまいましたよ。もしかしたらロメノフくんの言うように、セキュリティのようなものなのかもしれません。気軽に入って来られないように最初だけ脅かすって寸法で。」

 カダカさんはグルゲンさんの話を難しい顔をして聞くと、暫く何か考えているようでしたが、僕はソヨと猫とお友達にはなってなかったねとクスクスコソコソ笑って話しました。

「どう見る、嬢ちゃん。」

 カダカさんは杖代わりにしていた大きな鉄砲を一度地面にどすっとやると、アマンダさんに尋ねました。

「楽観は出来ないです。だけれども、やはり行くしかないでしょう。開いた理由も分からないし、あの猫の声も、異様な気配も、全くはっきりとしない。確かにとっても危険です。それでも先遣隊が無事に帰って来た以上、黙って動かずにいられる研究者はこのラボにはいませんから。」

 カダカさんはカカカッと笑って何度か深く頷きました。

「難儀な話だな。まあ、ベネットでもそうしたろう。全く血は争えんな。ああ、嬢ちゃんとはわしが行こう。お前達はゆっくり休んでな。ご苦労だったな。」

 カダカさんはそう言うと、先遣隊の方々を労って回りました。

 アマンダさんは息をふぅっと一息やって、気合いを入れ直したというふうにすると、解読班、調査班、解析班、所謂(いわゆる)研究三班のリーダーを集めました。

 どうやら調査隊の編成が始まったようです。

 いよいよ本格的な調査が始まり、あの神話の都がそれはもうたいへんに長い眠りから、目を覚ます時がやって来たのです。

 僕はなんだかじっとしていられなくなり、テントへ戻ってあれこれ準備を始めました。

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