第4話「冬に間に合わせたい村長の娘ミア」
「今年は、ずいぶん少ないな」
薪商人が荷車を見て言った。
ミアも同じものを見る。
荷台に積まれた薪は、去年の半分ほどしかない。
「来月には増えます」
父が答えた。
「収穫が終われば、山道の修繕も始まる予定ですから」
「そうしてくれ。このままだと冬の値段が上がる」
商人はそう言って、荷車とともに村を出ていった。
ミアは父を見る。
「修繕、本当に来月なの?」
「ああ。領都からそう返事が来ている」
「もっと早くできないの?」
父は困ったように笑った。
「申請は二か月前に出してあるんだ」
◇
西部三村は、領内でも薪の出荷が多い地域だった。
三つの村が共同で使う林があり、秋になると大量の薪が切り出される。
問題は、共同林へ続く道だった。
夏の大雨で斜面が崩れ、道の一部が狭くなった。
人なら通れる。
背負える量の薪なら運べる。
だから樵たちは、今も山へ入っている。
薪も切っている。
共同林の集積場には、出荷を待つ薪が日に日に積み上がっていた。
だが、荷車は通れない。
村ではすぐに領都へ修繕を申請した。
返ってきた答えは、
徒歩通行可能。緊急性低。収穫期終了後、順次修繕。
だった。
間違っている、とまでは言えない。
村の生活が止まったわけではない。
今は収穫期で、人手も足りない。
本格的な修繕をするなら、収穫が終わってからの方がいい。
「冬までには間に合う」
父はそう言った。
ミアも、それ以上は言えなかった。
父は村長だ。
自分は、その仕事を手伝っているだけだ。
◇
十日後。
また薪商人が来た。
今度は一人ではなかった。
三人だった。
「村長」
最初の商人が、挨拶もそこそこに言った。
「いつ出せる?」
「来月には修繕が始まる。道が直れば――」
「来月じゃ遅い」
父の言葉が止まった。
「領都の薪が足りなくなってる」
ミアは顔を上げた。
「足りない?」
「去年の今頃なら、西部三村からもっと入ってきた。今年はずっと少ない」
別の商人が言う。
「在庫を持ってる連中も、もう値を上げ始めてる」
「まだ秋だぞ」
父が言った。
「だからだ」
商人の声が低くなった。
「今ならまだ何とかなる。冬になってから薪が足りないと分かっても遅い」
ミアは黙った。
道の修繕申請は出した。
領都からも返事は来た。
だから、自分たちは待っていた。
でも。
領都では、別の問題がもう始まっている。
「どれくらい減ってるんですか?」
ミアが聞いた。
商人が彼女を見る。
「この三村だけで、去年より三割近く少ない」
「他の村は?」
「大きくは変わってない」
ミアは西の山を見る。
薪はある。
樵たちは今も切っている。
山には、出荷を待つ薪が積み上がっている。
ただ。
運べない。
「……道だ」
父がミアを見る。
「道が直るのを待ってたら、薪が必要な時期に間に合わない」
「だが、本格的に直すには人手がいる。今は収穫が――」
「全部直さなくていい」
気づけば、ミアは言っていた。
「荷車が通れればいいんでしょう?」
父が黙った。
「崩れたところだけ、先に通れるようにする」
「簡単に言うな」
「三つの村から少しずつ人を出したら?」
ミアは薪商人を見る。
「皆さんにも手伝ってもらえませんか?」
三人が顔を見合わせた。
「俺たちが?」
「薪を運び出せないと、皆さんも困るんですよね?」
一人が吹き出した。
「そりゃそうだ」
「だったら、一緒に道を開けましょう」
◇
その日の午後。
ミアは隣の二村を回った。
どこでも最初に言われた。
「今は収穫がある」
「分かっています」
だから、収穫を止めてくれとは言わなかった。
一つの村から十人もいらない。
数人ずつでいい。
山仕事に慣れた者。
収穫作業に出ていない若者。
荷車を持っている家。
そして薪商人たち。
本格的な修繕ではない。
まず、荷車一台が通れる道を作る。
それだけに人を集めた。
翌朝。
共同林へ続く道に、三十人近い人間が集まった。
ミア自身が一番驚いた。
「……こんなに来た」
父が隣で笑った。
「お前が呼んだんだろう」
「来てくれるとは思わなかった」
「みんな、自分の薪でもあるからな」
崩れた土を除ける。
邪魔な石を動かす。
狭くなった場所へ丸太を入れる。
荷車の車輪が通る幅を作る。
道そのものを完全に直すわけではない。
冬まで使える。
まず、それでいい。
作業は二日目に入った。
昼前。
山仕事に慣れた男が、道を見て言った。
「今日中には通せるぞ」
ミアは顔を上げた。
「本当に?」
「ああ。このままいけば夕方にはな」
ミアは走った。
◇
「今日、通ります!」
村へ戻るなり、薪商人たちへ伝えた。
「夕方には荷車が入れます!」
「何台だ?」
「できるだけ!」
商人が笑った。
「分かった」
そこからは早かった。
近くにいた仲間へ知らせる。
荷車を集める。
馬を用意する。
共同林にも使いを出した。
今日、道が開く。
積み込みの準備をしてほしい。
知らせを受けた樵たちは、何週間も積み上げてきた薪を束ね始めた。
運び出せずにいた薪。
切っても、切っても、山に残っていた薪。
それがようやく動く。
夕方。
道の手前には、荷車が並んでいた。
一台。
二台。
三台。
まだいる。
ミアはその列を見て、息を呑んだ。
こんなに集まるとは思っていなかった。
「よし!」
最後の丸太が固定された。
男が道を踏みしめる。
「通してみろ!」
最初の荷車が動いた。
全員が見ていた。
車輪が応急処置をした道へ入る。
ゆっくり。
一つ目の車輪。
二つ目。
崩れた場所を越える。
荷車が止まらない。
そのまま共同林へ進んでいく。
歓声が上がった。
「次!」
二台目が続いた。
三台目。
四台目。
山道へ、次々と荷車が吸い込まれていった。
◇
共同林では、樵たちが待っていた。
薪はすでに束ねられている。
荷車が着く。
積む。
いっぱいになれば、すぐに出す。
次の荷車を入れる。
何週間も山に溜まり続けていた薪が、一気に動き始めた。
一刻ほどして。
「来たぞ!」
誰かが叫んだ。
ミアは道を見る。
最初の荷車だった。
荷台には、山ほどの薪が積まれていた。
その後ろから。
もう一台。
さらに一台。
また一台。
薪を満載した荷車が、次々と山から下りてくる。
空になった荷車は、入れ替わるように共同林へ向かう。
止まっていた道が。
動いている。
「明日の朝、第一便を領都へ出す!」
薪商人が叫んだ。
「荷車をもっと集めろ! まだ山にあるぞ!」
「どれくらい?」
「まだまだ山ほどある!」
道の向こうには、まだ薪がある。
何週間分もある。
それが今。
次々と領都へ向かって動き始めている。
ミアは胸の奥に溜まっていたものを、ようやく吐き出した。
「……間に合った」
父が隣に立った。
「ああ……間に合ったんだ」
薪を満載した荷車が、二人の前を通り過ぎていった。
◇
数日後。
村長の家に、領政の役所から一通の書類が届いた。
父が読んで、ミアへ渡す。
以前、この領地で働いていた文官が残した記録だった。
そこには一行だけ書かれていた。
西部三村――薪出荷量減少。市場価格上昇。原因確認推奨。
日付は、ずっと前だった。
「この人、山道のこと知ってたの?」
「いや。数字を見て、おかしいと思っただけらしい」
ミアはその一行を見つめた。
山道の修繕申請もあった。
薪が減った記録もあった。
値段が上がった記録もあった。
全部あったのだ。
ただ、つながっていなかった。
外から、荷車の音が聞こえた。
薪を積んだ荷車が、今日も領都へ向かっていく。
ミアは書類に記された一行を、もう一度見た。




