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「何も起きていない」が私の仕事でした――解雇された女性文官の話  作者: よみなぎ


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第4話「冬に間に合わせたい村長の娘ミア」

「今年は、ずいぶん少ないな」


薪商人が荷車を見て言った。


ミアも同じものを見る。


荷台に積まれた薪は、去年の半分ほどしかない。


「来月には増えます」


父が答えた。


「収穫が終われば、山道の修繕も始まる予定ですから」


「そうしてくれ。このままだと冬の値段が上がる」


商人はそう言って、荷車とともに村を出ていった。


ミアは父を見る。


「修繕、本当に来月なの?」


「ああ。領都からそう返事が来ている」


「もっと早くできないの?」


父は困ったように笑った。


「申請は二か月前に出してあるんだ」



西部三村は、領内でも薪の出荷が多い地域だった。


三つの村が共同で使う林があり、秋になると大量の薪が切り出される。


問題は、共同林へ続く道だった。


夏の大雨で斜面が崩れ、道の一部が狭くなった。


人なら通れる。


背負える量の薪なら運べる。


だから樵たちは、今も山へ入っている。


薪も切っている。


共同林の集積場には、出荷を待つ薪が日に日に積み上がっていた。


だが、荷車は通れない。


村ではすぐに領都へ修繕を申請した。


返ってきた答えは、


徒歩通行可能。緊急性低。収穫期終了後、順次修繕。


だった。


間違っている、とまでは言えない。


村の生活が止まったわけではない。


今は収穫期で、人手も足りない。


本格的な修繕をするなら、収穫が終わってからの方がいい。


「冬までには間に合う」


父はそう言った。


ミアも、それ以上は言えなかった。


父は村長だ。


自分は、その仕事を手伝っているだけだ。



十日後。


また薪商人が来た。


今度は一人ではなかった。


三人だった。


「村長」


最初の商人が、挨拶もそこそこに言った。


「いつ出せる?」


「来月には修繕が始まる。道が直れば――」


「来月じゃ遅い」


父の言葉が止まった。


「領都の薪が足りなくなってる」


ミアは顔を上げた。


「足りない?」


「去年の今頃なら、西部三村からもっと入ってきた。今年はずっと少ない」


別の商人が言う。


「在庫を持ってる連中も、もう値を上げ始めてる」


「まだ秋だぞ」


父が言った。


「だからだ」


商人の声が低くなった。


「今ならまだ何とかなる。冬になってから薪が足りないと分かっても遅い」


ミアは黙った。


道の修繕申請は出した。


領都からも返事は来た。


だから、自分たちは待っていた。


でも。


領都では、別の問題がもう始まっている。


「どれくらい減ってるんですか?」


ミアが聞いた。


商人が彼女を見る。


「この三村だけで、去年より三割近く少ない」


「他の村は?」


「大きくは変わってない」


ミアは西の山を見る。


薪はある。


樵たちは今も切っている。


山には、出荷を待つ薪が積み上がっている。


ただ。


運べない。


「……道だ」


父がミアを見る。


「道が直るのを待ってたら、薪が必要な時期に間に合わない」


「だが、本格的に直すには人手がいる。今は収穫が――」


「全部直さなくていい」


気づけば、ミアは言っていた。


「荷車が通れればいいんでしょう?」


父が黙った。


「崩れたところだけ、先に通れるようにする」


「簡単に言うな」


「三つの村から少しずつ人を出したら?」


ミアは薪商人を見る。


「皆さんにも手伝ってもらえませんか?」


三人が顔を見合わせた。


「俺たちが?」


「薪を運び出せないと、皆さんも困るんですよね?」


一人が吹き出した。


「そりゃそうだ」


「だったら、一緒に道を開けましょう」



その日の午後。


ミアは隣の二村を回った。


どこでも最初に言われた。


「今は収穫がある」


「分かっています」


だから、収穫を止めてくれとは言わなかった。


一つの村から十人もいらない。


数人ずつでいい。


山仕事に慣れた者。


収穫作業に出ていない若者。


荷車を持っている家。


そして薪商人たち。


本格的な修繕ではない。


まず、荷車一台が通れる道を作る。


それだけに人を集めた。


翌朝。


共同林へ続く道に、三十人近い人間が集まった。


ミア自身が一番驚いた。


「……こんなに来た」


父が隣で笑った。


「お前が呼んだんだろう」


「来てくれるとは思わなかった」


「みんな、自分の薪でもあるからな」


崩れた土を除ける。


邪魔な石を動かす。


狭くなった場所へ丸太を入れる。


荷車の車輪が通る幅を作る。


道そのものを完全に直すわけではない。


冬まで使える。


まず、それでいい。


作業は二日目に入った。


昼前。


山仕事に慣れた男が、道を見て言った。


「今日中には通せるぞ」


ミアは顔を上げた。


「本当に?」


「ああ。このままいけば夕方にはな」


ミアは走った。



「今日、通ります!」


村へ戻るなり、薪商人たちへ伝えた。


「夕方には荷車が入れます!」


「何台だ?」


「できるだけ!」


商人が笑った。


「分かった」


そこからは早かった。


近くにいた仲間へ知らせる。


荷車を集める。


馬を用意する。


共同林にも使いを出した。


今日、道が開く。


積み込みの準備をしてほしい。


知らせを受けた樵たちは、何週間も積み上げてきた薪を束ね始めた。


運び出せずにいた薪。


切っても、切っても、山に残っていた薪。


それがようやく動く。


夕方。


道の手前には、荷車が並んでいた。


一台。


二台。


三台。


まだいる。


ミアはその列を見て、息を呑んだ。


こんなに集まるとは思っていなかった。


「よし!」


最後の丸太が固定された。


男が道を踏みしめる。


「通してみろ!」


最初の荷車が動いた。


全員が見ていた。


車輪が応急処置をした道へ入る。


ゆっくり。


一つ目の車輪。


二つ目。


崩れた場所を越える。


荷車が止まらない。


そのまま共同林へ進んでいく。


歓声が上がった。


「次!」


二台目が続いた。


三台目。


四台目。


山道へ、次々と荷車が吸い込まれていった。



共同林では、樵たちが待っていた。


薪はすでに束ねられている。


荷車が着く。


積む。


いっぱいになれば、すぐに出す。


次の荷車を入れる。


何週間も山に溜まり続けていた薪が、一気に動き始めた。


一刻ほどして。


「来たぞ!」


誰かが叫んだ。


ミアは道を見る。


最初の荷車だった。


荷台には、山ほどの薪が積まれていた。


その後ろから。


もう一台。


さらに一台。


また一台。


薪を満載した荷車が、次々と山から下りてくる。


空になった荷車は、入れ替わるように共同林へ向かう。


止まっていた道が。


動いている。


「明日の朝、第一便を領都へ出す!」


薪商人が叫んだ。


「荷車をもっと集めろ! まだ山にあるぞ!」


「どれくらい?」


「まだまだ山ほどある!」


道の向こうには、まだ薪がある。


何週間分もある。


それが今。


次々と領都へ向かって動き始めている。


ミアは胸の奥に溜まっていたものを、ようやく吐き出した。


「……間に合った」


父が隣に立った。


「ああ……間に合ったんだ」


薪を満載した荷車が、二人の前を通り過ぎていった。



数日後。


村長の家に、領政の役所から一通の書類が届いた。


父が読んで、ミアへ渡す。


以前、この領地で働いていた文官が残した記録だった。


そこには一行だけ書かれていた。


西部三村――薪出荷量減少。市場価格上昇。原因確認推奨。


日付は、ずっと前だった。


「この人、山道のこと知ってたの?」


「いや。数字を見て、おかしいと思っただけらしい」


ミアはその一行を見つめた。


山道の修繕申請もあった。


薪が減った記録もあった。


値段が上がった記録もあった。


全部あったのだ。


ただ、つながっていなかった。


外から、荷車の音が聞こえた。


薪を積んだ荷車が、今日も領都へ向かっていく。


ミアは書類に記された一行を、もう一度見た。


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