第9話 シガルの街の代官
どこの街でもだいたいそうだと思うが、この街の中央区には行政関係の建物が多く集まっている。
行政関係とは別に富裕層の邸宅も点在しているのだが、その中にひと際大きい敷地の館がある。
見事な庭園は鉄柵で囲まれ、定期的に衛兵が巡回している。
俺がやり手の怪盗だとしても、難度が高そうなので標的には選ばないね。
そんな雰囲気なので、何も知らない人でも初見で重要な建物であろう事は簡単に想像できるだろう。
正門の衛兵に名乗り、取り次ぎを依頼する。
衛兵達とは何回もやり取りしている顔見知りなのでスムーズなもんだ。
しばらくすると館から使用人の方が出てきて案内してくれた。
アポ無しで来訪してたと思われる商人には『なんだこいつ』って顔された。
たぶん長く待たされてるんだろう。
加えて俺は手ぶらで普段着だし、不審に思われるのは仕方がないかもしれない。
案内されたのは応接室ではなく執務室。
ドアを軽くノックする。
「アンディ様、ヒカルです」
「どうぞ~」
館の雰囲気や廊下の内装に似つかわしくない軽妙な返事。
「失礼します」
中に入る。
部屋の主の男は書類の山と格闘中のようだ。
「毎回ですけど応接室でなくていいんですか」
「身内と話すのにわざわざ応接室を使うまでもないだろうさ」
男は書類を処理する手を止め、椅子から立ち上がる。
その姿は長身に負けない長い金色の髪を靡かせ、美青年と形容するしかない。
見るたびに思うけど、少女漫画の相手役に出てきそう。
「身内扱い……」
「うむ。さぁ遠慮せず私のことは兄さんと呼んでくれたまえ。
お兄ちゃん、お兄ちゃま、あにぃ、お兄様、
おにいたま、兄上様、にいさま、アニキ、兄くん、
兄君さま、兄チャマ、にいや、あんちゃん――好きな呼び方でいいんだよ」
心の底から気持ち悪いことを言うこの人はアンディ=エルクグローブ。
シガルの街を治める代官であり、このエルクグローブ辺境領領主の跡取り息子だ。
外見と中身のギャップが激し過ぎて風邪を引きそう。
「絶対に呼ばねぇ」
「つれないなぁ、ヒカルくぅ~ん」
「猫なで声を出すな」
「知り合いの男爵家の嫡男なんだが、彼には十二人の妹がいてそれぞれ違う呼び方をするらしい」
「この世界で得た不要な知識ランキングでダントツの1位に踊り出たわ」
「さて、今回の定期報告では良い返事を聞かせてくれるのかな? かな?」
「かなかな言うな」
セミか。
「正式に私の『右腕』になってくれる決心が付いたのかな~、って」
もちろん右腕というのは比喩である。
俺はアンディ様から腹心として補佐の立場に就いて欲しいと何度も勧誘されている。
「なんでそんなに俺の事を買ってくれているんですか」
「そんなの語るには私とキミの運命的な出会いまで遡らなければいけないじゃないか。忘れもしないあれは半年前にオフで訪れたミシガリル湖で――ほわんほわんほわん……」
「勝手に回想に入ろうとしないでください」
「ダメ?」
「テンポが崩れるからダメです」
「まぁ、この世界に転移してきたばかりのヒカルくんが、私の命を救ってくれたのは確かだからね。感謝の気持ちも合わせてね」
俺がこの世界に放り出された直後、護衛から離れて行動していたこの人が魔物に襲われていた所に遭遇した。
何もわからないまま無我夢中で協力し、護衛が駆けつけるまでの時間を稼いだのだ。
これがきっかけでアンディ様には命の恩人ということで深く感謝されることになり、俺がこの街で生活する上での後ろ盾にもなってくれている。
それ以来、定期的に報告をしており、本日もその件で尋ねてきたという訳だ。
なお、俺が異世界人なのを知っているのは、この人と同居人の二人だけ。
「前にも言いましたが、政治や行政の知識は無いし、辞退させてください」
「えー……ヒカルくんならすぐ覚えるよ」
「買い被り過ぎです」
「じゃあ『右腕』でダメなら『左腕』で」
「マケドニア王かよ」
改めて執務机の上の書類の山を眺める。
日本なら電子化されてるし、パソコンがあればこんなに風にはならないだろう。
この世界の偉い人の事務処理は大変そうだ。
「忙しそうですね」
「正直忙しいさ。特に今は落命の森の野営地周辺の魔物の大量発生の件もあるからね。知ってる?」
ええ、とっても良く知っています。
背中に冷汗が出るわ。
「……こんな時にすみません」
「なぁにヒカルくんのことなら最優先♪」
親指を立ててくる。いわゆるサムズアップ。
「それに大量発生は定期的にある事だし、今回はギルドに任せられる規模だからね。まぁ大丈夫さ」
駐屯軍を動かすにも人、時間、食料、お金とあらゆるコストがかかる。
軍を使うまでもないレベルならば、ギルドに依頼してしまった方が費用を抑えられる。
「エルフの娘はどうしたんだね?」
驚いた。
元々報告するつもりだったけれど、さらっとぶっ込んでくるな、この人。
「なんでそれを……」
「街中を案内していたんだろ? そりゃあエルフがいたら目立つし、私の元にも報告が来るよ。連れている男もヒカルくんってすぐ特定されてたし」
まじか。
俺はちょっと甘く考えていたことを反省し、気持ちを引き締めました。
「私は心配してたんだよ」
「心配?」
俺からの報告もなしに、素性もわからないエルフを保護してたからだろうか。
結果的には危険はなかったが、確かにファナでなければ何らかの危害が加えられていた可能性はあったかもな。
「エルフの美少女と一つ屋根の下で過ごしたんだ。ヒカルくんが爛れた生活――いや性活に溺れてしまわないか心配で、それはもう心配で」
まったく違う方向の心配だった。
「帰ります」
「うそうそ冗談だよぉ。帰らないで」
「まったく。軽く事情を聞いた感じではですね――」
ファナのことを報告する。
母親が亡くなったのを契機に森の中にあるエルフの里から出てきたこと。
父親が人間の冒険者で、お墓を探していること。
人間の街というか社会には疎いこと、など。
「やはり森から出てきてたんだね」
「それ以外にもエルフの里ってあるんですか?」
「数は少ないが、有る。彼らは世界各地の魔素が濃くて人が簡単に立ち入れない場所に里を構えているんだ」
魔素が濃い場所。
つまりは魔物が多い、強力な魔物が棲息しているってことを意味するもんな。
人間ではおいそれとは入れない。
「そのわりには珍しいんですね」
「滅多に里の外に出てこないからね。我々人間の街で見かけるのは本当に稀なのさ。父上の所でも数人しかいない」
『父上の所』というのはアンディ様の父親が治めている領都のことを指している。
ここよりも大きい都市でかなりの規模らしいが、そこでもそれくらいしかいないのならば、本当に少ないんだな。
「ところでその彼女は今日はどこにいるんだい? てっきり一緒に連れてくるのかと思っていたのだが」
「冒険者ギルドまで案内して別れました。今日からギルドから案内された宿に泊まるはずです」
「ふむ……」
アンディ様は考え込む。
何か対応をまずったか?
「さっきも言ったけれどエルフは本当に珍しいんだ」
「周囲の反応から良く分かりました」
「まず、数が少ないという事だけで稀少性がある」
何が言いたい事なんだろうか。
人種に対して稀少だから価値がある、という話は人権的によろしくないとは思う。
でもそれはこの世界の価値観ではないだろうし、アンディの話の本題では無さそうなので流して続きを聞くことにする。
「それに種族的に二つの特筆できる点がある。さっき魔素が濃い場所で住んでるって話をしただろう?」
「はい」
「そういう所は魔石を始めとした資源が豊富でね。我々からすると魔物も多いし経験を積んだ冒険者が採取しに行くような危険な場所なんだけど、彼らからしたら生まれ育った場所なんだよ」
「簡単に採取する事ができる?」
「そうさ。まさに天性のレンジャーだね」
実際、ファナだって何日も歩いて森を抜けてきている。
俺だったら遭難するか、魔物に襲われてすぐ終わりになりそうだ。
「もう一つは?」
「魔法。例えば攻撃魔法を例にしても人間のが小石を投げる程度だとしたら、エルフのは巨大な投石器だ。比較にもならない」
ゴロツキ達に放ったファナの魔法を思い出す。
手加減してあんなクレーターを作れる威力なんて、たしかに生身の人間が素手で出していいものではない。
「存在そのものが稀少性が高く、貴重な資源の採取、兵器として活躍できるレベルの魔法……価値がよく理解できるだろう?」
「十分に」
俺の回答に満足気な表情になるアンディ様。
「なのでヒカルくん、この後にそのファナくんとやらの所に行って、家で一緒に住むように言ってきなさい」
「ええ?」
「カゼルドの家だってまだまだ余裕がある広さだろう?」
「それはそうですけど」
「キミが私の補佐に直ぐにでもなってくれると言うならばいいんだけど、そうでないならせめてファナくんを街に繋ぎ止めておきたいんだよね」
「断りにくい言い方を……」
「愛着まで持ってもらえたら言う事ないなぁ」
ただの冒険者ならば流れて違う地に行ってしまう可能性がある。
でも生活拠点をこの街に作ってしまえば、そう簡単には出ていかないだろう。
「ちなみにさ、ヒカルくん」
「なんですか?」
「昨日、キミの家の近くで爆発――あ、もういいや。キミの顔見てわかった」
この街の施政者、アンディ=エルクグローブは有能な男なのだ。




