第8話 冒険者ギルド
朝食を食べた後、動きやすい服装で庭に出る。
離れのカゼルドの工房の隣には端材や不要な丸太が転がっているので、薪にするためだ。
長さ一メートル半くらいの丸太。
このままでも吸血鬼特効のある武器になると言われている。
でも今は薪にしたい。
この場では作業しにくいので運ばないと。
持とうとするが、ずしりと重い。
「はっ!」
身体強化を発動する。
この状態なら重くは感じるけれど、動かせないほどではない。
スペースがあるところに引き摺って運ぶ。
そして、身体強化を維持したまま斧を手に取り薪割りを始める。
「ていっ!」
バカッ!
振り落とした斧でいとも簡単に薪が割れる。
最初の方は身体強化も使えなかったし、斧もまともに扱えなかったのだ。
我ながら上達したもんだ。
「強化は解かないんですか?」
いつのまにかファナが傍で眺めていた。
「薪割りが終わるまで、このままだ」
「そのままの方が疲れません?」
筋力の消耗ではなく、体内の魔素の消耗を指しているんだろう。
「強化を維持したまま身体を動かす練習なんだよ」
これを怠っていなかったから、昨日のゴロツキにもスムーズに対応できた訳よ。
ここは異世界。
何があるかわからんから、身体強化の存在を知った時から練習を始めていた。
備えあれば憂いなしってね。
「今日こそギルド行きますよね?」
「これが終わったらな。冒険者登録すれば提携してる宿も紹介してくれるだろうし」
「宿?」
「気楽な自分の拠点が欲しいだろ?」
「あ、そうかぁ……」
このままではずっとうちにいることになる。
気を抜くことができる自分の家は必要だよな。
そもそも女の子が出会ったばかりの男とずっと同居するって、色々と不安なこともあるだろう。
もしも俺がファナの亡くなったお父さんなら許さないね。
心配になって同居する男の枕元に化けて出て来ちゃうかもね。
「…………」
「どうした?」
「ううん、何でもないです」
あれ? 少しだけ陰りが見えたような。
笑顔は浮かべている。
浮かべているけど、どこかぎこちない。
「どれくらい薪にするんですか?」
「あそこに積んでる分かな」
「手伝いましょうか。魔法でこう――」
「待て待てぇ! 街中で攻撃魔法を使うの禁止だって言っただろうが!」
「あ、そうでした」
「薪じゃなくてウッドチップにするつもりか」
ウッドチップ程度ならマシかもしれない。
クレーター作られたら目も当てられない。
***
青空市場でファナに揚げ芋を買い与える。
機嫌良く付いてくる。
ギルドには昨日の混雑は建物の外からは少なくとも見られない。
「今日は大丈夫そうだな」
入ってすぐのロビーには、依頼票を貼りつけるボードと各種手続きを行うカウンターがある。
ギルドの建物で人が一番集まる場所だが、人の姿はまばらだった。
人が少ない故に、入ってきた俺達にほとんどの人がすぐに気付き、じろじろと見られる。
そんなに見られるとちょっと緊張しちゃうから止めてほしい。
理由は明白で、俺ではなくファナを見ている。
意識せずに中に入ってくる俺達を見る ⇒ ファナの容姿に目を惹かれる ⇒ 良く見たらエルフ。
こんな流れ。
そのエルフは脱力した顔で揚げた芋をつまんでいる。
フライドポテトは美味しいから脱力するのも無理もないけどね。
買う時に塩を多めに振ってもらっているし。
「あそこ空いてるな」
空いているカウンターまでファナを連れていく。
近づく俺達に気付いたのか受付嬢さんが顔を上げて目が合う。
無表情なジト目で、頭に角が生えている。
この目は印象的で記憶に強く残っているな。
俺の登録時に対応してくれた人だ。
たしか鬼人族って言ってたな。
名前の方は……憶えてない。
「あなたは……ヒカルさんでしたね」
「よく覚えているな」
数えきれないほどの冒険者の相手をしているだろうに。
「一度、応対した方は全て覚えておりますが?」
「お、おう」
この人、自分が有能なのに無自覚なタイプだと思う。
「ヒカルさんは確か……お試しの野草の採集依頼を一回受けただけですね」
「あっ、はい」
顔だけでなく俺の冒険者としての活動状態もちゃんと把握されている。
気まずい。
「チュートリアルの『低難度依頼二回完了』を達成しに来たのでしょうか」
「チュートリアル言うな」
「失礼。『低難度依頼二回完了』の実績解除しにきたのでしょうか」
「実績解除言うな」
「ちなみに今は街周辺での採集依頼などの依頼が多く、オススメですよ」
「どうしてまた?」
「ルーヴェル大森林の野営地周辺で大量発生した魔物の討伐案件で、多くの冒険者がそこに駆り出されてしまっているのです。
その為、それ以外の依頼を受けてくださる方が不足している状態です」
依頼票ボードは依頼内容別に分けられている。
討伐関係のボードだけ票が少なく、それ以外のボードにはちらほら残っている。
「人手不足ってことか」
受付嬢さんの言葉の内容だとお困りのように思えるが、表情があまり変わってないからそれが正解かどうかわからん。
「このままだとノルマが」
「ノルマあんのかよ」
「このままだと半期ごとの給与査定に影響が」
「世知辛い話になってきた」
受付嬢さんは溜息をついた。
「野営地の結界用魔石が壊されちゃったから魔物が寄ってきてるんだっけか?」
「そうです。そもそもの原因となった魔物だけでも討伐して欲しいものです。こんなことがまたあったら困りますので」
昨日、ナスビル店長から伝え聞いた話だ。
なぜか隣で呑気に揚げ芋を口に運んでいたファナの手が止まる。
「特定ってされたのか?」
「あれを破壊できるのなら脅威度が高い魔物のはずですが、依然として不明です。森の浅い部分の魔物では考えられないので、目立つとは思うのですが」
ファナの芋を摘まんだ指がぷるぷる震え出した。
足元を虚ろに見ている。
ふむ。
昨日の夜から少し思っていた。
現場は落命の森の外縁の野営地――森から出てきたばかりの奴がいるな。
恐らく破壊されたのは数日前――この街に来たのと同じタイミングの奴がいるな。
結界は人では破壊しにくい――人間では出せない火力の魔法を使ったやつがいるな。
ファナの目をおもむろに覗き込む。
あっ、逸らされた。
「……ファナさん?」
「ヒカルさん、聞いてください。キャタピラーっていう魔物を知っていますか?」
「知らん」
「大きな芋虫型で群れで襲ってくるんですよ。気持ち悪いですよね」
「鳥肌もんだな」
「近寄りたくないし、見たくもないですよね」
「気持ちはわかる」
「そんなのに大群で追いかけられたらどうします」
「逃げるか、駆除するかな」
「でしょう!?」
「うわ、同意を求める口調が力強い」
わかったわかった。
これ以上、何も言うまい。
俺は何も気付かなかった。
これでいい。
「それで、本日はどのようなご用件で」
「ああ、すまん。今回はこの娘の登録をしたくて」
隣に立つファナを手で示した。
お、受付嬢がわずかに目を見開いた。
少しは驚いたようだ。
「先ほどから気になっておりましたが、エルフの方ですよね?」
「ハーフですけれど」
「つかぬ事をお伺いいたしますが、魔法は?」
「魔法ならばある程度研鑽を積んできた自信があるので、お役に立てると思います」
就職活動かな?
「ハーフだとしても魔法に長けているエルフの方はギルドは大歓迎いたします。魔法師は本当に貴重ですので」
そう言って受付嬢さんはファナに椅子に座るように案内する。
魔法師――魔法を行使できる者はこう呼ばれるが、数が少ないから嬉しいよな。
「改めましてソシエと申します。よろしくお願いします」
「ファナです。よろしくお願いします」
受付嬢さんはソシエって名前だったか。
そういえばそんな名前だった気がする。
相手の名前を忘れているのは失礼なので、反省。
「まずは、この登録申請用紙に記入をお願いできますか。よくわからない所は空白でも問題ありません」
「はい」
ソシエが机の上に出した用紙にファナが記入を始める。
項目は登録者に対する簡単な質問事項がいくつか並べられている。
日本の役所で見かけるような、似たような質問や記入欄が何度も続く申請用紙ではない。
「登録って結構かかるよな?」
「そうですね。早くても一時間は見て頂けますと」
この用紙に記入した後、ちょっとしたヒアリングを受け、場合によっては訓練場で実力を試される。
ソシエが見積もった時間くらいはかかるだろう。
頃合いだな。
「こいつに仮宿を紹介してもらえるか? この街に来たばかりで住む所がないんだ」
ファナが用紙に記入する手を止めた。
こっちには振り向かない。
「一泊から週単位、月単位で借りられる提携の宿がございます」
「支払いは?」
「先払いから後払いまで柔軟に対応可能です。ただし実績がない場合はいくらか先にお支払いをして頂く必要がございますが」
いくつか硬貨を出し、机に並べる。
「一時払いはこれで足りるか?」
「足りると思います」
ファナは黙って俺とソシエのやり取りを見つめていた。
街に出てきたばかりのファナは宿暮らしも当然初めてだ。
初めての連続なので不安なのかもしれない。
「……名残惜しいですが、これ以上はご迷惑をおかけできないですものね」
「家の場所は覚えているな?」
目を伏せながらゆっくりと頷くファナ。
「冒険者として落ち着いたら返しに来てくれればいい」
「はい」
「俺の酒場はここの隣だ。気軽に顔を出せよ」
「はい」
「隣の酒場でヒカルさんは働いていたんですね。姿をお見掛けした覚えがありませんが」
話を聞いてたソシエが割り込んできた。
客としてきたことあるのかよ。
隣の建物なのだから、そういうこともあるか。
「厨房メインなんだよ」
「道理で……接客は向いてなさそうですし」
「コミュ障って言いたいのかぁ?」
「言葉以外の意味はございません」
なんか俺に当たり厳しくない?
まともに依頼を受けないから心証を害しているの?
「じゃ、頑張れよ。この後に用事があるんだ」
「短い間ですがありがとうございました。本当に助かりました」
ファナが立ち上がって深々と頭を下げる。
頭がちょうどよい位置にあったので、軽くぽんぽんとする。
「…………」
ちょっと馴れ馴れしかったかな。
嫌がってないみたいだからセーフとしておこう。
「ギルドはコンプライアンスを大切にしております」
「遠回しにセクハラって言いたいのかな?」
「冗談です」
「まったく……では、後はよろしく」
「かしこまりました」
とりあえずこれで一安心だな。
宿も見つかるだろうし、冒険者登録も済めばファナが暮らしていく足掛かりになる。
俺はファナとソシエに手をあげてギルドを後にした。




