第10話 歓楽街の占い師
アンディ様への定期報告が済んだ後、真っすぐに冒険者ギルドに戻ってきた。
こういう一日に何度も同じ場所に行くって、不思議と疲れるよな。
なんか実際に移動した距離以上に徒労感があるというか。
適当なカフェにでも入ってアイスコーヒーでも飲みながら一息つきたい気分だよ。
ギルドのロビーの混雑は先ほどと大差ない。
ここには死角になるような物陰はない。
軽く見回すだけでファナがいないと判断できる。
あいつが見知らぬ人を恐れて物陰でこそこそしているようなタイプなら別だけど。
うん、そういうタイプではないね。決して。
もしかしたら訓練所か資料室にいるかもしれないけれど、見に行く前にギルド職員に聞いてしまった方が早いだろうな。
見覚えのある角付き受付嬢はどこだろか。
「……居た」
接客中ではない。よかった。
いや、少し残念かも。
俺以外にもどういう接客をするのかちょっと見てみたかった。
今度機会があったらさり気なく様子を伺ってやるぞ。
「ヒカルさん、どうされたのです?」
「ファナは?」
『後はよろしく』とか言ってギルドを後にしたのに、数時間後に戻ってきてしまうのってカッコ悪くない?
内心でバツの悪さを感じつつ、ソシエにファナの所在を確認する。
「もう宿に向かわれたようです」
残念。
一足遅かったようだ。
「ファナさん大人気でしたよ。手続きが終わった後、すぐに何組かのパーティから勧誘されていました」
アンディ様との話でエルフの価値をちゃんと理解させられた。
ただでさえ数が少ない魔法師であり、しかもエルフ。
そりゃ引く手あまただろうな。
「誘いを受けてたのか?」
「お断りしておりました。どれも高い等級のパーティだったのですが」
上位等級のパーティに憧れる駆け出し冒険者は多い。
高難度の依頼は受けられるし、危険と引き換えではあるが収入も見合って多くなる。
そして名声も有る程度は得られる。
ちやほやされて承認欲求が満たされるからね。
そんな上位等級のパーティに入りたい奴なんていっぱいいるのに、あっさり断るファナも面白い。
いや、価値がまだわかってないだけかも。
「そこそこ有名なパーティからのお誘いを『宿でゆっくりしたい』とお断りしていたのは笑いそうになりました。寝酒中に思い出して暗い部屋の中でフフフ……となりそうです」
「仕事の疲労で限界な女性みたいなことを」
「はい。その自覚はございます」
「……そうか。身体、いやメンタルに気を付けてな」
「ご心配ありがとうございます」
「その話は少し面白そうだから詳しく聞きたい所なんだけどさ――」
「ナンパですか?」
「なんでだよ」
「そうですね。勤務が終わった後なら美味しいお酒を出すお店ならば」
なんだろう。
まったく意図してなかったデートの約束が決まってしまいそうなんだが。
俺も男なので悪い気はしないけどさぁ。
「ちなみに私は『鬼ぶち殺し』という銘柄のお酒が好きなのですが『鬼人族がそれ好きなのかよ』って鉄板ネタがございまして」
「めちゃくちゃ酒の席で聞きたい話」
「でしょう?」
自らの額の角の先端を指でいじっているソシエは、微かに口元が笑っていた。
これは俺の反応に満足してるな。
「ただちょっと、な……」
「あら」
微妙に残念そうな顔。
「何かご都合に悪い事でも?」
「トラブルとかではないんだが、ファナに用事ができてしまってさ」
「差支えなければですが、ヒカルさんとファナさんのご関係は?」
……関係。
おお、何と答えよう。
こっちだって出会ったばかりで、これと言った関係性なんてないんだが。
「うーん、身元引受人かな」
まだ同居が確定したわけではないので、『予定』だがな。
「あと一応、アンディ様……代官の案件なんだ」
深く考えずにアンディ様の名前を出してしまったけれど、信用してくれるかな。
適当に街の偉い人の名前を出して便宜を図ってもらおうとする奴なんてゴロゴロいそうだし。
「そういえばヒカルさんも登録時にアンディ代官にご案内されてきましたね。腑に落ちました」
確かに登録時はあの人に連れられて来てるわ。
本当によく覚えているな。
今はその記憶力のおかげで助かったが。
「宿を教えてくれるか」
「北区の宿屋『ヤパ』です。お判りになりますか?」
「どの辺だ?」
ソシエから宿のだいたいの位置を教えてもらう。
北区の歓楽街にあるみたいだけど、正直印象はあまりない。
行けばなんとなくわかるだろう。
「綺麗でいい宿ですよ。客部屋に女亭主が執筆した謎の本が備えられており、一部の冒険者がクセになるとファンになったりしております」
「謎の本というのは多少気になるが、教えてくれてありがとう」
ソシエに礼を言って歓楽街に足早に向かった。
***
街の北区にある歓楽街。
宿屋、酒場、賭場、そして娼館や奴隷商。
酒場も俺が働いている酒場が居酒屋だとしたら、ここに並ぶ酒場の多くはキャバクラやスナックって感じだな。
陽当たりはさほど重要視されない店が集まっている。
通りの雰囲気からして治安が良い印象はない。
今は夕暮れ前の時間帯的に客ではなく、店で働く側の人間の方が多いように思える。
道を歩く人や店の前に立つ人も、そういう雰囲気を帯びている。
少なくとも服装から固いお仕事をしてる人や、上流階級の人じゃないね。
そこの上半身裸で酒瓶を持ってるようなおっさんが上流階級であってたまるか。
もう少しして夜になれば、仕事終わりの人、冒険者、女遊びが好きな貴族など、様々な客側の人間も増えるだろう。
ソシエの教えてもらった宿はすぐ見つかった。
行けばわかるもんだよ。
早速、宿屋の主人にファナの事を尋ねたが、『ご飯を食べて来る』と出て行ってしまったらしい。
あの食いしん坊エルフ、夕飯にはちょっと早いんじゃないですかね。
さてどうしよう。
ここには酒場や屋台も含めると飲食店なんて無数にある。
どこの店にいるかなんてわからないし、闇雲に探しても見つからないだろうな。
RPGの主人公みたいに全ての建物に入って視界に入る人全てに話かけるでもしないと、発見は難しそう。
そんなことをしてたら不審者扱いで衛兵を呼ばれちゃう。
軽く見回ってみて見つけられないようならば、宿の主人に伝言を頼んで帰ってもいいか。
どうしても今日中に話さないといけない、ってな訳でもないだろうし。
「おや、ヒカルじゃないか」
そんなことを宿の前で考えていると、声を掛けられる。
道端に机を出し、黒いローブを纏った中年女性が座っていた。
絵に描いたような占い師の格好をしている。
正直胡散臭い。
こんなのに道を歩いている時に声をかけられたら無視するね。
ショッピングモールでウォーターサーバーを売り込もうとしてくる人達くらい無視しちゃうね。
でも無視はしない。
なぜなら知り合いだから。
「タボンさん」
この人は、酒場の常連客。
ナスビル店長とも付き合いが長い。
「今日は遊びにきたのかい?」
「右手を上下に振るな」
「あんたがこの時間にここらにいるの珍しいねぇ」
実際、それはそう。
基本的に酒場で働いてる時間帯だし、休みの日も別にここには来ない。
「人を探しているんだ」
「まぁ、そんなところだろうさね」
彼女の占いはまぁまぁ当たるらしく、歓楽街で働く女性達から絶大な人気があると前に聞いたことがある。
俺からしたら適当なことしか言わないおばさんなんだが。
客として酒飲んでる時と、占いをしている時の姿は違うのかねぇ。
「ちょうどいいや。エルフの女の子を見なかったか?」
「ほぅ、エルフかい? それじゃたまには趣向を変えて人探しの占いでもしてやろうかね。耳に厳しい事を言われるのが嫌で、間違った考えでも共感して背中を押して欲しいだけの女達を視るのに飽きてしまってねぇ」
「そういうことは黙っておけ」
とんでもない事をぶち撒けてきた。
「正直、俺は占いを信じてはいないんだが」
でもこの世界は魔素に満ちていて魔法なんてものがある世界だ。
トークテクニックではない『本当』の占いもあるのかもしれない。
それに何のあてもなくファナを探すくらいなら、ゲン担ぎに占いの結果に従うにも悪くないだろう。
どうせダメ元だしな。
「そう言わないで。暇潰しだし、タダでいいから待ってな――」
タボンはそういうと目を瞑り、顔の前で指を二本立てて何か念じるようなポーズを取る。
『領域展開』とか言いそう。
「うん……倉庫が見えるね。これは……西区の方の倉庫街の廃倉庫かな……」
「!?」
これにはびっくり。
そんな具体的な情報が出てくるとは思わなかった。
てっきりどうとでも取れる曖昧なアドバイスが来るとばかり。
でも――
「なんで倉庫?」
ここら辺で飯を食べに行ってるだけのはずだが。
「うーむ、男達に連れられているようだ。足元がおぼつかないみたいだねぇ」
「……何?」
何者かに拉致されたってことか?
急に心臓の動機が激しくなったのを感じる。
「適当な事を言われても困るぞ」
「私の占いは当たると評判らしいからねぇ」
「らしいな」
「だからこれは的中するさ――」
タボンさんはニヤリと笑う。
「だって一時間くらい前に連れてかれる所を見てたからね」
「早く言えよ!」
俺がエルフの女の子を探しているって知った時点で小芝居いらないだろ。
「そこの立ち飲み屋あるだろ」
タボンさんが指し示した方を見ると、確かに立ち飲み屋がある。
屋台に毛が生えた程度の規模だが、まだ本格的に夜になる前なのに繁盛している。
樽をテーブル代わりにし、酔っぱらいたちが串焼きを頬張りながらエールを流し込んでいた。
「そこでエルフの嬢ちゃんが一人で食事をしている時に男二人組に話かけられててねぇ。しばらくしたら連れてかれたようだよ」
ファナがほいほいナンパに付いていくとは思え……ない?
なんで疑問形かというと、見知らぬ男であった俺の家に二泊してるしなぁ。
有りえるか有りえないかというと、有りえちゃうという結論になっちゃうんだよな、これが。
いや、あいつの事だからそもそもナンパだと認識してないだろう。
別のなんかの理由で付いてっちゃったという方が自然な気がする。
「それでなんで西区の廃倉庫なんだよ」
「そりゃここらを縄張りにしている有名なゴロツキ兄弟だからねぇ。根城にしてる場所も知ってるさ」
『ゴロツキ』という言葉に嫌な予感がする。
残念なことに心に浮かんできちゃう二人組がいるよ。
「そいつらの格好ってさ、モヒカンで革の肩パッドとか付けてる?」
「おお、良く知ってるねぇ」
「最悪だよ!!」
俺は西区の倉庫街に向けて全力で駆け出した。




