第6話 帰り道の尾行者
「俺の家は一般住宅や職人街の西区にある」
「はい」
「さっきの冒険者ギルドの場所は一応西区に区分けされるが、中央区や北区と隣接している境目の部分」
「はい」
「中央区は主に行政機関、北区は歓楽街」
「はい」
「東区は商業関係が多い。一番大きい市場もそこにある――って聞いてる?」
「はい」
生返事しか返さないファナは、両手の指の間に挟んだ串焼きたちを見比べ、どれから食べようか真剣に悩んでいる。
左右合わせて六本。
シザーハンズかよ。
本当なら東区の大市場に連れてってやりたかった。
でも既に夕方だし、着いた頃には片付け中だろう。
代わりに規模は小さいが西区の青空市場に連れてきた。
一般住宅街の台所を支える市場だけあって野菜や肉、魚に香辛料まで一通り揃っている。
夕飯の買い物をする住民でまだ十分な賑わいがある。
「ここに座るか」
「はい」
噴水の縁へ腰を下ろす。
ファナはまだ悩んでいる。
いくらなんでも悩み過ぎだろ。
どれをどの手順で食べようかは、人によっては大事なことかもしれないけどさぁ。
段取りを間違えると取り返しの付かないことになるかの勢いで怒る人もいるみたいだしな。
「さっきから『はい』しか言ってないが」
「はい」
「もしかしてお父さんのお墓を探すより今は大事だったりする?」
「はい」
だめだな、これは。
気が済むまで放っておこう。
背面にある噴水の水を触る。
ひんやりして気持ちいい。
水を出す仕組みも魔石を利用しているようだ。
たまにしか水は出ないのは、街中の薄い魔素では常時稼働させるには不足しているからだろうな。
街中で常時稼働が可能なのは、魔道具ランプくらいのものである。
魔道具だろうがなんだろうが『継続させる』というのは簡単なことではないのだ。
人の付き合いだって同じだ。
やっとひとつの串に口を付けだしたファナの面倒を見てるのも、今は成り行きだし一時的な対応だから問題ない。
でも、これをずっととなると様々な問題が出てくるだろう。
簡単には行かないのだ。
逆に言うと何事でも継続している人は好ましいと思う。
『継続は力なり』は嫌いな言葉ではない。
「あれエルフだよね」
「エルフだ……」
「珍しい」
通り過ぎる人達の呟く声が微かに聞こえる。
昼過ぎに家を出てからずっとこんな感じなんだよな。
ハーフといえどほとんどエルフそのものの姿をしているファナは周囲の目を引く。
人間の街にいるエルフは珍しい、というのが良く分かった。
屋台で串とかを買う度にも店番のおじさんに『エルフか?』って驚かれていたもんな。
最初はファナも聞かれる度にちゃんと応対していたが、四回を超えた辺りから苦笑するだけになってたし。
うんざりした態度を出さないだけでも偉いけどね。
今も通行人に見世物の様に遠巻きに見られて嫌な気分になっていないだろうか。
「もぐもぐ」
無心になって串焼きを頬張っていた。
これは集中してて気になってはいないな。
頬が膨らんでハムスターみたいになってる。
周りの皆さん、これはエルフではなくハムスターです。
「ソースが付いてる」
ファナの頬に付いてるソースを拭いてやろうと思ったが、ハンカチなんて高尚な物は持ってない。
指で拭ってそのまま口に運んだ。
塩気を含んだ肉汁と混じっており、美味しい。
「!!?!?」
ファナが首がもげるんではないかと思うような勢いでこっちを見た。
怖っ!
顔が真っ赤だから余計怖い。
「な、なにを……?」
あ、しまった。
ちょっとデリカシーの無い行動過ぎたか。
ノンデリ(ノン・デリカシー)と言われても仕方がない。
「小さい子達の面倒を見ていた時期があってな。ついそのノリでやってしまった」
児童養護施設に居た時の事を思い出す。
正直、あまり良い思い出はないが、一緒に暮らした子達の顔は懐かしい。
「小さい子達?」
「えっと、俺は両親がいなくてな。児童養ご――孤児院育ちなんだ。その時のな」
児童養護施設ではなく、孤児院じゃないと通じないよな。
「そうだったんですか」
「悪かったな」
「いえ、ちょっとびっくりしただけなので」
食べる手が止まるくらいの驚きのようだったか、『ちょっと』ということにしておこう。
「ヒカルさんも一緒だったんですね」
「何が?」
「お父さんとお母さんがいないの……一緒ですね」
そう言うとファナは優しく微笑んだ。
そしてそのまま串焼きを食べるのを再開した。
口の周りにソースが再び付いていった。
わざとやってるの?
さすがにもう指では取らないけどね。
***
「すっかり暗くなってしまったな」
ファナが両手いっぱいの串を食べ終わった後、適当に西区をぶらついた。
そして日が暮れたので帰る事にした。
途中で北区の歓楽街が見える所を歩いてしまったのは失敗した。
歓楽街は夜が本番。
日中の住宅地区にある市場に比べたら雰囲気が全く違う。
ファナが興味津々になって面倒臭かったのだ。
「さっきの所、行きましょうよ」
「もう今日は暗いからダメだって言ってるだろ」
「え~! 行ーきーたーい! 行ーきーたーいーでーす!」
「駄々っ子か」
すっかり人気が無くなった街はずれの家の近くに来ても。まだファナは食い下がってきた。
ええい、しつこい。
キラキラして派手な雰囲気があった『今の時間帯』に行きたいのはわかるよ。
でもね、ただでさえ女の子を連れて行くのは避けた方がいい場所。
それなのに目立つエルフと来たらトラブルが起きそうな予感しかしない。
「ヒカルさん」
急に真面目な声のトーン。
駄々っ子だった姿が何処に行ったのか。
温度差で風邪を引いちゃいそうだぜ。
「なんだ?」
「振り向かないでくださいね。後を尾けられています」
「……まじか」
反射的に後ろを向いて確認したくなるが、我慢した。
不自然にならないように、そのまま歩き続ける。
「何人?」
「男の人が二人です」
「全然気付かなかった。よく気付いたな」
「狙った獲物の後をずっと尾けてくるモス・ベアという熊の魔物が森にいるんです」
「うん」
「全身の毛が苔みたいになっていて、樹々の風景と同化して見えにくい上に魔法も効きづらく」
「なるほど。危険そうだな」
「そして、女性ばかり標的にされます」
「男より襲いやすいからか」
「女性が好きなのか、隙を見て近寄ってきて匂いを嗅ぎまくったりしてきます」
「ストーカーだそれ」
「里の女性はみんな嫌がっていました」
「だろうな」
「なので尾行には慣れています」
「良いのか悪いのか判断が難しい」
落命の森の魔物は『危険』というけれど、そういう意味?
それはさておき今はどうするか。
振り切る――のは難しいだろうな。
建物が多い街の中心部ならともかく、ここら辺は空き地も多い。
遮蔽物も少ないから、かくれんぼしてもすぐ見つかってしまうだろう。
かといってこのまま家まで着いて来られるのも避けたい。
「あそこの広い所で迎えうつか」
「わかりました」
ファナからは別に緊張とかは感じらず、どうもこうもないといった表情。
森の魔物に比べたら大した脅威ではないのかも。
道から外れて開けた場所に入る。
やや奥まで歩いた所で立ち止まって振り向いた。
後を尾けてきていた男の二人組の姿を視認した。




