第4話 ハーフエルフと朝ごはん
街に共同浴場はあるけれど、一般的には各家庭には風呂はない。
普段は桶に移した沸かしたお湯を使って麻布とかで身体を拭く。
風呂への情熱が高い日本人がそれだけで耐えられる訳はない。
せめてシャワーは浴びたいということで、はい、造りました。
構造は単純。
上に設けた貯水槽へ水を入れ、栓を回すだけ。
水は配管を伝い、細かな穴が無数に開いたじょうろの先みたいな散水口から雨のように落ちてくる。
水圧こそ弱いが、汗を流すには十分。
重力式の簡易シャワーだな。
散水口はカゼルドにイメージを伝えて作ってもらうように頼んだ。
小さい穴を無数にバランス良く空けるのが大変だったようだ。
「お湯がいいなら貯水槽の魔石を使ってくれ。発熱する」
「これがシャワー……」
湯浴み場に案内してファナにシャワーの使い方を教える。
続いて着替えも渡す。
「着替えは俺ので悪いがとりあえずこれで」
「すみません。お借りします」
「着てる服はシャワーを浴びてる時に洗濯しといてやろうか?」
「じ、自分で後でやります」
さすがに出会ったばっかの男に洗濯までさせるのは恥ずかしいか。
俺も下着は洗うのはさすがに気まずいから、助かる。
「じゃあ、ごゆっくり」
湯浴み場の扉を閉めて、食堂に戻る。
さっぱりしたら、直ぐに朝食を食べられるように準備を終わらせておこう。
十分ほど待ってから食堂のテーブルの上に料理を並べていく。
最後にスプーンとフォークを用意したタイミングで、シャワーを浴び終わったファナが戻ってきた。
「おお……?」
その姿を見て、思わず声が出てしまった。
薄汚れた姿からはお湯を浴びただけとは思えないほど印象が変わっていた。
砂埃でくすんでいた金色の髪は艶を取り戻し、白い肌も本来の色を取り戻している。
元々素材の良さそうな雰囲気は感じていたが、整った顔立ちなのがはっきりとわかった。
そして極めつけは着ているサイズの合っていない服。
服の裾が膝の近くまで届いている。
――彼シャツ(別に彼ではない)、ってやつか。
「へへっ……」
「急に目を伏せながら鼻の下を指で擦ってどうしたんですか?」
「何でもない。シャワーはさっぱりしたか?」
「はい! あんな感じで水を浴びるだけなのにとっても気持ちいいですね」
「本当は湯舟に浸からせてやりたいんだが、手間がかかるので諦めてる」
この街は魔石を利用した道具――魔道具で俺が異世界に抱いていたイメージよりは生活インフラは整っていた。
だが、さすがに上水道は各家庭までは引き込まれてはいない。
各家庭は井戸がある共同水場まで水を汲みに行かないといけない。
うちは敷地内に井戸があるのでかなり恵まれた環境ではあるのだが、それでも小さい湯舟に水を張るのに何往復も必要。
妥協でシャワーだけ用意したという流れだ。
「湯舟?」
貴族や裕福な家しか風呂がないから、湯船も知らないか。
「人が座って入れるくらいの大きさで、お湯を入れてそこに浸かるんだ」
「気持ち良さそうです。人間の湯浴みって進んでますね」
「ヒューマン?」
ヒューマンの意味はわかる。
人間。
この単語をこの会話の流れで使う所に違和感を覚える。
「ヒカルさんは違うんですか?」
「紛れもなく人間ではあるが」
改めてシャワーを浴びて小綺麗になったファナの顔を眺める。
半分乾いた金髪、薄い緑色の目、透き通るような白い肌。
そして左右に伸びる長い耳。
何より目が引くのは耳である。
初めて見た時からもしかしてとは思ってはいたが……。
「もしかしてファナってエルフ?」
「はい。ハーフですけれど」
あっさり認めた。
異世界の亜人種といったらやはりエルフが一番に思い浮かぶ。
亜人種――ドワーフ、獣人、鬼人族は話した事はあるけれど、エルフは何気に初めてだ。
そもそも数が極めて少ない上にあまり人間の街には出てこないらしいし。
キング・オブ・異世界亜人に会えて光栄なので、ちょっとテンションが上がる。
「ハーフとか全然わからん」
そもそも百パーセントのエルフも見たことが無いから、ってのもあるけれど。
「一番違いがわかりやすいのは、耳ですね」
ファナは自分の耳を指差す。
ぴょこぴょこと上下に動いた。
動かせるんだな。
左耳に付いてる耳飾りも一緒に揺れる。
「純血のはもっと長いです」
「十メートルくらいとか?」
「化け物じゃないですか。そんなのいたら別の種族ですね」
「ファナのも十分に長いと思うけど」
「これでも純血に比べて半分ほどなんですよ。『短耳』って言われたりします」
「それで短耳なら俺なんて無いも同然だな」
「あはは……面白いですね、ヒカルさん」
穏やかに会話しているが、俺はさっきから気付いている。
このエルフさんがチラチラとテーブルに用意した食事に視線を向けていることを。
シャワー浴びる前にお腹の音を鳴らしたくらいだ。
漂う匂いも鼻腔をくすぐり、胃酸を分泌させていることだろう。
自分からは図々しいから言い出せないのかもしれない。
話を切って、テーブルに着くように誘導してやるべきだろうか。
「……じゅるり」
あっ。
よだれが垂れそうになった。
慌ててこっち見た。
バレてないか心配してそうな顔している。
「…………」
「…………」
顔赤くなって来てるよ!
真っ赤だよ!
白い肌だからわかりやすいな。
可哀想になった。
ファナの近くの椅子を指し示して、促す。
「飯も冷めちゃうからさ、食べながら話そうか。座りなよ」
刹那、気付いたら座っていた。
恐ろしく速い着席。
俺でなくても見逃しちゃうね。
「わぁぁ……」
「苦手な食べ物あるか?」
「大丈夫です! お肉なんて久々です」
目玉焼きと並んでいるベーコンに目を輝かせている。
「頂きます」
「まずは野菜スープからにしとけよ」
疲労が残っていて空腹なら、いきなり重いものを入れたら胃がびっくりするかもしれない。
消化に良い物からゆっくり食べた方がいいだろう。
俺の指示に素直に従い、ファナはスープからスプーンで小さな口に運び出した。
「温かい……美味しい……」
すっかりほっとした顔。
最初の警戒心はだいぶ薄れたようだな。
お人好しなのか、世間知らずなのか。
俺も一緒に食べることにしよう。
ファナは食べ物に意識がすっかり向いてしまっているので、食べながら邪魔をしないように静かに見守る。
野菜スープの次はベーコンに手をつけるようだ。
少し厚めにカットしてある。
フォークをぷすっと刺すと、口に入れた。
「ん~~~~~!」
目を大きく見開くと、感極まったような声を上げる。
さっき肉は久々って言ってたもんな。
相当美味しかったようだ。
リアクションが大きい。
「お肉美味しい……」
「顔が蕩けてるぞ」
「本当に久々なんですよ」
「普段何を食べてんだよ」
「育てた野菜や、樹々から採れる果物や木の実です」
「菜食主義?」
「私はそれに拘ってはいないんですが、住んでた里の人達がそうだったので」
里というのは住んでいたエルフの集落のことらしい。
地球の先進国ならともかく、菜食主義者が存在するのに驚く。
食べ物をえり好みできるというのは、食料事情に余裕があるということだ。
流通も保冷も、大量生産もまだまだなこの世界では、菜食主義は難しいだろうに。
エルフは種族的に低燃費なのだろうか。
「そうか、お母さんが亡くなったばかりなのか。それはご愁傷様だな」
「はい……」
ファナは食事を続けながら、この街に来た理由を話してくれた。
お母さんが亡くなったのをきっかけに里を出て、この街にたどり着いたと。
「エルフの里ってさ、森の中に有るって聞いたことがあるんだけど」
「森ってルーヴェル大森林のことですか?」
「そう、それ」
「合ってますよ。そこの里から出てきました」
「あの通称『落命の森』って人が住めるんだな」
「え、人間からはあの森ってそんな風に言われているんですか」
この街の西、三十キロメートルくらいから始まる果てしなく広大な森。
ルーヴェル大森林。
人間では太刀打ちできないレベルの魔物が数多く棲息しており、迂闊に入った人間はいとも容易く命を落とすことから『落命の森』と言われている。
「で、なんで墓を荒らしていたんだ?」
「あ、あれは誤解なんです。お父さんのお墓を探していただけで」
「お父さんのお墓?」
今度は冒険者だったお父さんの話をしてくれた。
「せめて明るい時に探せば良かったのに」
「そうですね。そうすればリビングデッドと間違われることもなかったですよね」
「豆食べる?」
「いりません」
「即答。お父さんの墓はあそこにあったのか?」
「なかったです。そもそもどこの街にあるのかも知らなくて……」
暗中模索の状態で旅を始めたのか。
凄い行動力だな。
酒場の客でそういう放浪している旅人もたまにいるし、案外珍しくないのかもしれないが。
「これからどうする気なんだ?」
「お父さんやお母さんと同じ冒険者になろうと思ってます」
「今後のことではなくて、当面の行くあては?」
「……ないです」
「お金は? どんぐりとかではなく人間の通貨な」
「なんでどんぐりなんですか」
「森の人だし、どんぐりがお金の代わりかなって」
「なんですかそのイメージ……お金はないですけど」
「そうかぁ」
「どんぐりなら有るんですが」
「どんぐりは持ってるのかよ」
はい。
これは完全に無計画に飛び出してきた家出娘ですね。
「冒険者ギルドなら案内してやる」
「わぁ。助かります」
ギルドの建物は俺が働いてる酒場の隣なのだ。
それに実は俺も冒険者登録だけは済ませてある。
身分保証になるというので、運転免許証を取得するノリで登録をしておいた。
お試しの低難度依頼を一回受けたのみで、今ではすっかりペーパー冒険者さ。
「とりあえずは午後までゆっくり休め。服も洗濯するんだろ?」
俺は内心でため息をつきながら、しょぼんと下を向いているファナに告げた。




