第3話 城壁近くの広めの家
「ただいま~。カゼルドいるかー?」
家の扉を開けて同居人の名前を呼ぶ。
明かりが点いていないので、不在かもしれない。
家の中も周囲と同じく真夜中の静けさを漂わせている。
この家は西側の城壁に近く、中心街から離れており立地が悪い。
その代わりに、俺とカゼルドの二人だけが住むには十分に広い。
カゼルドが先に一人で住んでいた所に、俺が転がり込んだ形である。
なおカゼルドはドワーフの中年おっさんである。
美少女とのドキドキ同居生活を送っていたわけではない。
残念ながら。
「……すぅすぅ」
美少女といえばまさに今、背中に背負ってる女の子がいるな。
身元も名前も何もかもわからないが。
人の背中でぐっすりと熟睡――というか墓場から気絶したままだ。
軽いからここまで運ぶのに苦労はしなかった。
さっきから肩の後ろ、コイツの口が当たっていそうな辺りが妙に冷たい。
よだれ垂らしてないよな。
……なんか思ったより濡れてるっ!?
「カゼルドー? おーい酒カス親父~」
もう一度呼んで、少し待ってみたが相変わらず反応はない。
このまま玄関口でおんぶしたまま突っ立っているのも時間の無駄だな。
いろいろ手伝って欲しかったが仕方がない。
玄関口近くにある壁掛けの魔石使用タイプのランプを起動する。
控えめな光量で放たれた淡い光が廊下をぼんやりと照らしていった。
とりあえずこの娘を下ろしたい。
どこに寝かそうかな。
ベッドは俺とカゼルドの二つしかなく、客用のものは用意していいない。
気を失う前に『空腹と疲労』って言ってたから、疲労困憊なのだろう。
ベッドの方がいいだろうか。
でもコイツ全体的に汚いんだよな。
この状態で俺のベッドに寝かすのはちょっと遠慮したい。
俺は紳士なので、気を失っている女の子の着替えを勝手にすることはできないし。
悩んだ結果、二階の空き部屋に予備の寝具を用意することにした。
用意している間、一時的に俺の部屋のベッドに寝かせる。
それから寝具の用意が終わってそちらに運んで横にしたが、まったく目が覚める気配はなかった。
呼吸は穏やかだから体調はたぶん大丈夫だろう。
無防備なもんだな。
扉を閉めて下に降りる。
食堂に入るとテーブルの上にメモが置かれているのを見つけた。
『しばらく大事な用ゆえに留守にする。ワシがいないからといって女の子を連れ込んではダメだぞ』
予言者?
わざとだろうけど、筆跡が可愛いのでイラっとする。
ギャル文字か。
メモをくしゃくしゃにして食堂の隅にあるゴミ箱に投げる。
丸まったメモは有名バスケマンガの3ポイントシューターにも劣らない綺麗な軌跡を描き、ゴミ箱に吸い込まれた。
カゼルドはしばらく帰ってこないようだ。
今までも時折有ったことなので、別に珍しいことではない。
「さて……」
俺も寝るかどうか一瞬悩む。
普段ならば既に寝ている時間帯だが、得体の知れない女の子との件もあり、眠気を感じない。
こういう時はお気に入りの場所でまったりするに限るな。
寝る準備を済ませ、いつでもベッドにダイブできる状態にする。
向かうは二階の廊下から出れるバルコニー。
バルコニーと言っても簡易なもので、貴族の館のような豪華なものではない。
広めのベランダといったところ。
ポツンとひとつ置かれている椅子に座る。
置いたのは俺。
耳を澄ますと聞こえてくるのは虫の音と、ときおり吹き抜ける風の音だけ。
スマホもテレビもゲームもない世界。
ここで一日の終わりに夜風に吹かれながら一人でゆっくりするのが娯楽代わりなのだ。
この世界に転移した事自体は特に不満はない。
児童養護施設で育ったから身寄りもいないしな。
しいていうと、奨学金で情報処理系の専門学校に通い、IT企業に就職したばかりなのに、それが無駄になったことくらいか。
正確には学んだ情報処理系の知識は、ここでも応用して役立ててはいるんだが、まぁ今はその話はいいだろう。
とにかく、自立するための準備でまぁまぁ頑張ってたんだけどなぁ。
異世界でゼロスタートになるとは。
「ふぅ……」
あの子が目を覚ましたらどうしよう。
得体も知れないし、衛兵に引き渡した方がいいのだろうか。
いや待てよ……外見年齢的に日本ならアウトな子を家に泊めてしまったのではないだろうか。
未成年者略取。
衛兵に知らせたら拘束されるのは俺かもしれない。
じゃあナスビル店長に相談するべきか。
でも、奥さんと険悪みたいだし、確か娘さんもいたよな。
あちらの家庭の面倒事になるだけならば、悪いよな。
と、なると最適なのは一人しかいない。
酒場の働き口の紹介も、この家に住める事になったのも、その人のおかげである。
ちょうど明後日は定期報告の予定だし、あの人ならば何とかしてくれるだろう。
***
翌朝、女の子の様子を確認するとまだ眠っていた。
よほど疲れていたのだろう。
「う~ん、塩茹で豆を投げないでください~」
うなされていた。
どうやら豆をぶつけられる夢を見ているようだ。
節分の鬼でもあるまいし、中々希少な経験が有るんだな。
いったいどんな奴にそんなことをされたのやら。
気の毒なことだ。
彼女が起きた時のために朝飯でも作っておくかな。
食堂の隣にある調理場に入る。
料理を行うにはかまどに火を点けねばならない。
火を点けるには何種類か方法がある。
火打ち石。
火種を残しておく。
そして、火の魔法を行使する。
だが、この世界で一番に一般的なのはそのどれもでもない。
魔石を使うのだ。
かまどには黒い小石みたいなものが埋め込まれている。
これが魔石。
パチンコ玉からバスケットボールの大きさまで、サイズは様々。
もっと大きいのも有るのかもしれない。
では実演しよう。
スーパーの中で実演販売している人みたいに食品を売りつけないので安心して欲しい。
まずはかまどの中に焚き付けの木くずを放り込む。
焚き付けというのは、炭や薪に火を点きやすくするための燃えやすい物な。
次に魔石に触れて魔素を流し込む。
小さな火が作り出され、かまどの中の焚き付けに火がともる。
やがてその火は薪に燃え移っていく。
ね、簡単でしょう?
魔石はこの火付けに使ったものだけでなく、他にも用途別に様々なものが有るのだ。
室内の明かりで使っているランプもその一つである。
当然のように地球出身である俺が魔石を使えた理由だが、この世界は魔素というもので満たされている。
岩とか金属とかの無機物より、特に有機物に備わっているようだ。
呼吸や飲食で魔素を取り込むことによって全ての生物にも大小の差はあれど、自然と宿る。
だから、俺も一ヵ月くらい経った頃には魔素が宿るようになっていた。
詳しい理由なんて俺も知らない。
そういうもんなんだろうよ。
主食はパン。
フライパンで目玉焼きとベーコン。
鍋で野菜スープ。
ジブリに出てくるような朝食メニュー。
もしかしたらあの子にはおかゆとかの方がいいかも知れない。
でも今はお米を切らしているんだよな。
市場で買っておかないと。
気軽に二十四時間コンビニで買えたのが懐かしいぜ。
「あ、あの……」
背後から声をかけられる。
昨日運んだ女の子が調理場の入口に立っていた。
警戒半分困惑半分のような表情。
目覚めたら知らない男の家で寝ていたんだ。
無理もない。
「おはよう」
「お、おはよう……ございます」
戸惑いながらも挨拶を返してくれた。
まずは経緯を確認するか。
「昨日の夜のことは覚えてる?」
「はい。豆を投げつけられたことまで」
「日常でそんなことって有るんだ」
「私も初めての経験でした」
なんだろう。
不思議と警戒色が強まったような気がする。
「ちょうどここに豆があるんだが、食べる?」
「なんだかしばらくの間は食べたくない気分なんです」
即答で拒否された。
エールのつまみにぴったりなのに。
さすがにカゼルドと違って朝からは飲まないけれど。
「ここは俺の家。墓場で気を失ったお前を運んだ」
「あっ! 遅れてすみません。私、ファナと申します。助けてくれてありがとうございます」
ぺこり。
慌てて頭を下げた。
「お名前を聞いても?」
「俺はヒカル」
名字までは言わない。
こちらの人達は基本的に貴族とかでないと名字はもっていない。
俺が名字まで名乗るとややこしくなる。
「ヒカルさんですね――」
ぐぅぅ。
挨拶もそこそこにファナは言葉を唐突な音で中断させられる。
犯人は彼女自身のお腹の音。
この調理場に満たされている朝飯の匂いがトリガーになったんだろう。
ベーコンの焼けた匂いに抗うのは難しいからな。
改めて彼女を見る。
全体的に服は薄汚れており、金色の髪の毛はボサボサ。
肌も本来は白いのだろうけど、砂埃で茶色くなっている。
それでも顔だけは紅潮しているのがわかる。
恥ずかしかったか。
「メシはこの通り用意しているんだが、まずはシャワーでも浴びてくるか」
「シャワー?」
ファナにとって聞き慣れない言葉なんだろう。
彼女は首を傾げる。
俺はファナをまずは湯浴み場に案内することにした。




