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第2話 塩ゆで豆

 酒場の営業は終わり、片付けも完了した。

 石造りの壁は営業中で蓄えた熱気をまだ放っており、調理場の中は暑い。

 っていうか建物内自体が暑い。

 エアコンなんてないからね。

 活気に満ちまくってうるさく騒ぐお客さん達はとっくに帰っている。

 今頃は自宅のベットか道端か、どちらかで寝ていることだろう。


「おつかれさまでーす」


 掃除の仕上げに撒いた水で濡れた床。

 滑らないように気を付けて横切り、俺は裏口の扉を押し開けた。

 途端に外から夜風が吹き込み、火照った身体から熱が抜けていくのを感じる。

 めっちゃ涼しい。


「おうヒカル、ちょっと待てや」


 帰ろうと外に出ようとしたら、後ろから名前を呼ばれて止められた。

 振り返ると一日の仕事の疲れが隠し切れない中年の男――ナスビル店長が奥から歩いてくる。

 手には何かが入った小さな袋。


「何すか、店長」

「次の出勤はいつだっけ?」

「明々後日ですね。二連休すみません」

「本当にそうだよ」


 店長が困ったように笑う。


「お前が調理場に居る日と居ない日では売り上げが違うんだよな」

「給料上げてくれるんなら出ますよ?」

「それは難しいな」

「えー」


 俺が居ることで明らかに売上が違うというのなら、給料くらい上げてくれてもいいのにな。

 そんだけ店に貢献しているってことで。

 あんまりケチだと有能な従業員に逃げられるぞ。

 モームリってな。


「せめて休みだけはしっかり取ってもらうわ」

「そういう店長こそ休んだ方がいいんじゃないすか」


 俺が出勤している時は店長は必ず店にいる。

 労働基準法なんてないし、そもそも店長の店だからどんだけ働いても問題はない。

 だけど、さすがにいつ休んでいるのかわからないくらいだと、いつか倒れるんじゃないだろうか。


「家に帰っても気まずいんだよ」

「あー……奥さんと仲良くないんでしたっけ」


 店長はプライベートを犠牲にしてまで仕事に囚われている、わけではなかった。

 単に家庭の問題だった。


「最後に口を利いたのは……半年前かな。お前がウチで働き出した時と同じ頃かもしれん」

「そ ん な に」

「もう互いに干渉しなさ過ぎて空気みたいだよ。空気の嫁だ」


 そんなエアドールみたいな。

 店長にツッコんでも伝わらないだろうけど。


「引き留めて悪かったな。ほれ」


 袋を投げられたので、受け取る。

 中から小さい粒が沢山入っているような感触がする。


「余った塩茹で豆だ。持ってけ」

「あざっす。じゃ失礼します」

「おつかれさん」


 開けたままの裏口の扉から外に出る。

 すっかり夜は更けている。

 裏道は街灯なんかないので暗いが、全く見えないほどではない。

 本日の夜空は雲も少なく、太陽の光に照らされた月が輝いているからだ。

 そして一面の星空。

 よーし、せっかくだから星座も探しちゃうぞ。


「…………」


 星が良く見えるのにも関わらずに見つからない。

 いや、俺が知らない訳ではないんだよ。

 さすがに北極星とか、オリオン座や夏の大三角形とか有名なのくらいは知ってる。

 でも、それが有るだろう方角の空を探しても、それらが無い。


 何故だって?

 それは……ここが異世界だからですね。


 遅れたが、俺の名前は紀ノ島光。

 年齢は二十一歳になったばかり。

 半年前にこの異世界に転移してきた。


 気付いたら何の説明も無しにこの世界に居た。

 何がきっかけで転移したのかは全くわからない。

 完全にブラックボックス。


 ここは魔法と魔物の存在はあったが、スキルやレベルやステータスとかの概念はなかった。

 転移時に神様とか女神様みたいな存在もいなかったので、チートスキルのような転移者特典は何も貰ってない。

 俺TUEEEライフは送れそうもなかった。

 生殺しだと思う。

 酷いよな。

 この苦情は何処に伝えればいいんだろうか。

 教えてくれる存在はいないし、調べる方法もない。

 サポート窓口が不明でわかりにくいなんて、最近のBtoC系企業じゃないんだからさぁ。


 転移直後に偶然出会った人から住居と職を紹介してもらい、コツコツと地味に生活してきた。

 せっかくの異世界なのに何も起きない平穏な生活。


 その生活の拠点となる家は、城壁の間近に位置している。

 中心街から離れているので少し不便だが、庭も有るし家自体も広いから不満はない。

 しいていうと墓地の前を通る必要があるという立地くらいだろうか。

 まさに今から通るタイミングだよ。


 もう慣れたけど、最初の頃はやっぱり怖かった。

 日本の墓地みたいな不気味さはないけどさ、こっちは土葬だしゾンビとか出てくるかもしれない。

 実際に魔素が濃い所に死体を放置したら、普通にゾンビになることもあるらしくて笑えないよな。

 街中の墓地は薄いから安心していいんだってさ。


 安 心 で き る か。


 帰り道が教会裏手の墓地沿いに差しかかる。

 墓地の敷地内に丸い明かりが浮かんでいるのがふと目に入った。

 なんだあれ。

 比較対象が近くにないのでわかりにくいけど、野球のボールくらいの大きさ。

 硬式か軟式か?

 どっちでもいいだろそんなの。

 そうですねテニスボールくらいです。

 少なくとも蛍の光よりは大きいし、光量も強い。


 あれは人魂……ウィル・オーなんとかってやつかな?

 初めて見た。

 そういえば、動いてる魔物を見るのは久しぶりだな。

 あれを魔物とカテゴライズしていかわからんが。


 人魂っぽいものはふよふよしているだけであまり動かない。

 このまま足を止めずに通り過ぎてしまっても問題無さそうだな。

 ここは異世界、何が起きても不思議じゃない。

 スルー力が大事。


「……ん」


 暗い中に幻想的に浮かぶ光源に気を取られていたが、その下に何かいる。

 墓標の影に隠れてよくわからないが、大き目の犬が地面でも掘っているのだろうか。

 死体を漁る野犬って嫌だなぁ。


 いや……野犬じゃないな、人だな。

 四つん這いになっている。

 墓を……掘り返している?

 もしかしてリビングデッド、いわゆる――


「ゾ、ソンビ……?」


 こ、これはスリラー!

 スリラー・ナイト!!


 無害(?)な人魂ならともかく、ゾンビとならば話は違う。

 あんなのが家の近所に居たら安心して住めないよ。

 衛兵を呼んできて倒してもらって方がいいだろうか。

 しかし、呼びに行ってる間に見失って被害が出たら嫌だな。

 噛まれた人もゾンビになって、どんどん増えていくパターンだったら最悪だ。


「!!」


 少し迷ってる間にゾンビに気付かれたようだ。

 立ち上がってこっちを振り向いた。

 シルエット的に小柄。

 女性のゾンビか?

 まだ距離があるし、近付かれたら厄介なので先制攻撃してやる。


 人間の身体的特徴を生かした攻撃。

 それは投擲攻撃。

 古来より集団による投擲でマンモスなどの大型の獲物だって仕留めてきた歴史ある攻撃よ。


 小さい()を複数握り込んで、全力でぶつける。


「ていっ!」


 散弾の様に俺が投げた()が標的に命中する。


「痛っ! 痛いですっ!」


 ゾンビが喋った。

 次弾を投げる手を止める。

 人魂(?)が少し高度を上げ、周囲を照らす。


「……女の子?」

「いきなり何をするんですかっ!」


 女の子はこちらに歩いてくるやいなや、抗議してきた。

 距離が近くなったので姿が良く見える。


 金色の髪の毛、整った顔、そして特徴的なのは左右に長く伸びた耳。

 左側の耳だけに着けてる耳飾りが小さく揺れている。

 印象としては十代後半の可愛らしい女の子といった感じだな。

 ……なんか全体的に薄汚れているけど。


「何って、塩茹で豆を投げつけただけだが」

「どうしてそんなことを!?」

「なんか四つん這いでごそごそしてたし、墓を掘り返してるリビングデッドかと」

「ま、紛らわしいことをしていてすみません」

「認めるんだ」

「だからって何故豆を? せめて聖水とか」

「塩味だし、塩の代わりにワンチャン効くかもって」


 そもそもゾンビにお清めの塩が効くかどうかわからんが。

 霊とかと同じアンデットのカテゴリで効いたらラッキーだな、くらいの感覚で。


「リビングデッドには塩は効きません……」


 ため息をつかれた。


「でも、今の私には効きます」

「別種のアンデッド?」


 王道だと吸血鬼とか?


「いえ、食べ物の匂いで忘れていた空腹と疲労を思い出しました。う~ん……」


 女の子はそういうと急に身体をがくんとさせて倒れそうになる。


「お、おいっ!」


 慌てて反射的に支える。

 華奢な身体で軽い。


「もしもし?」

「…………」

「返事がない。ただの屍のようだ」

「……かろうじて生きて……ます。でも限界で……す……」

「屍じゃなかった」

「…………」


 女の子の反応はなくなった。

 気を失った。

 それと同じタイミングで明かりとなっていた光球も消えた。


 真っ暗闇の墓地の中。

 足元には塩茹で豆が散らばっている。


「こんなボーイミーツガールって有るんだ」


 俺は途方に暮れた。

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