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第1話 森の外へ

※ヒロイン視点

 心の底からあいつらはクソみたいだと思っている。


 『エルフは人間種の中で一番優れている』なんて誇り高そうにみんなは事あるごとに言っていた。

 私からすればその誇りは部屋の片隅に積もってる埃ではないかと思っている。

 箒で掃いてまとめてゴミ箱に捨てたい。


 お母さんは人間の冒険者のお父さんと結ばれた。

 そして私が産まれた。

 私が赤ちゃんだった頃は人間の街に住んでいたらしい。

 物心がつく前だからあまり覚えていない。

 お父さんが魔物にやられて亡くなってしまったから、お母さんは私を連れて里に戻ってきたって言っていた。


 お母さんは選択を間違ったと思う。

 里に戻らないで人間の街にいれば良かったのだ。

 そうすれば人間の子を産んだということで、あのクソ達から酷い扱いを受けることもなかっただろう。

 里の中心地からポツンと離れた不便な家に住む事もなかった。

 食べ物が少ない時に真っ先に割り当てが少ない家にされることもなかった。

 私が里の子供とケンカをしても、私やお母さんだけが怒られることもなかった。

 お母さんが病気になっても――


「…………」


 ――助けてくれない、なんてなかったはずだ。


 思い出すと自然に歯を食いしばってしまう。

 こんなに強く力を入れると奥歯が割れてしまうかもしれない。

 奥歯が無くなると大変。

 気を付けないと。

 エルフは歯が命。


 お母さんはエルフがかかると重くなる病気にかかった。

 風邪に良く似た症状だったから、最初はあまり心配していなかった。

 何か変だな、と思った時はもう重症化が進んでいた。


 その病気に効く薬草は里にはあったらしい。

 でも感染するのを恐れて誰も家に来てくれなかった。


 私は半分人間だからか、お母さんの看病をしていても感染することはなかった。

 なのに私が薬草を分けて欲しいと取りに行っても、アイツらからは『近寄るな』と追い返されるだけ。

 お母さんは体調が戻ることもなく、だんだんと弱っていった。

 そして、お父さんの所に行ってしまった。


 お墓だって里の外れのポツンとした場所。

 寂しいと思う。

 もうあそこにいるのは限界だと思ったし、お父さんのお墓にお母さんを移してあげたいと思った。

 だから私は里を飛び出した。

 お父さんのお墓がどこにあるかわからないけれど、冒険者でもやりながらゆっくり探せばいい。


 里の外の森は魔物だらけ。

 ここに棲息する魔物は他の地域にいるのに比べて危険度が高いらしい。

 私からすればここの魔物しか知らないから、それが本当かどうかはわからない。

 ただ、実際に見た事があるドラゴンを始めとしたいくつかの種族は、倒せそうにもないのは理解している。

 あれは人族が戦う相手ではない。

 森を出るまで遭遇しないことを祈ろう。


 ドラゴンほどではなくても、危険な魔物と遭遇した時は逃げたり、隠れたりしてやり過ごす。

 そうでも無い場合はさっさと魔法で倒す。

 日が落ちれば葉が茂る大きな樹木の枝の上で、息を潜めるようにして夜が明けるのを待つ。


 そうして十日ほど歩いたころ、森を抜けることができた。

 木が生い茂って薄っすらと暗い森の中と違い、視界が開けて明るい草原が広がる様を見た時は感動した。


 そこからさらに約半日。

 夕日が沈みそうな時、高い城壁が見えた時は感動した。

 人がこんなものを作れるのかと。

 里にある建物は、太い樹木の上に建つ家だけである。

 いわゆるツリーハウス。


 それに比べたら大きくて、長くて、固そうで、重そうな建造物。

 外敵を拒絶するための物がそびえ立っている。

 そのスケールに圧倒されてしまう。


 離れた場所から見る限り、城壁には魔物避けの結界は無さそうだった。

 森と比べて明らかに魔素が薄いこの場所では、里のような結界魔法が刻まれている大魔石を常に稼働させるのは無理そうだ。

 だからここの人達は城壁を建てるという選択を取ったのかもしれない。


 まぁ、これだけ立派な城壁ならば森の魔物に襲われても、そうそう破壊されることはないだろう。

 安全な気はする。

 ……ドラゴンとかに襲われたら別だろうけど。



 ***



 開いた城門の端には衛兵というものだろうか――人間の男が数人立っていた。

 槍と大き目の盾を持っており、身体は動きやすそうな皮の鎧。

 森の魔物の攻撃を受けるには心許なさそうだけど、人間相手ならこれで十分なのだろう。


 彼らは街に入る人々に声を掛けて止め、軽く話した後に門の中に入れている。

 もしかしたら身元を確認されるのだろうか。


「むむむ……」


 面倒臭そうである。

 自分の身分を保証する物なんて何もない。

 さらに今は面倒事を説明する気力も残っていない

 質問され、怪しまれて、捕まる。


 ……嫌だ。

 ここは正直に正面から行くのは止めよう。

 そうしよう。

 決断すると魔法術式を手早く構築し、起動句となる魔法名を詠唱する。


「<お日様とかくれんぼ>」


 魔法実行領域に術式が展開し、効果が発動した。

 この魔法は光を捻じ曲げて私を周囲から隠してくれる。

 詳しい理屈までは知らない。

 エルフで理屈まで理解して魔法を行使する者なんていない。


 隠すといっても姿だけで、私から発する音や匂いまで消す訳ではない。

 視覚以外が鋭い魔物にはバレることもある。

 けれど、ここではこれで十分だろう。


 多少、緊張しながら城門に歩を進める。

 通常ならば間違いなく声をかけられる距離に入ったが、衛兵達は何も反応しない。


「今日は夕飯何を喰おうかな?」

「予定空いてるならあの酒場に行こうぜ? ほら、冒険者ギルドの隣の」

「いいねぇ! あそこのメシは美味いよな」


 衛兵達は楽しそうに食事の話をしている。

 それがきっかけとなり、疲労と緊張で忘れていた喉の渇きと空腹感が湧き上がってきた。

 足が急に重くなる。

 衛兵達も余計な会話を聞かせてくれたものだ。


 城門の中に広がる人間の街並み。

 石畳の道を荷馬車が行き交い、通りの両脇には様々な店が軒を連ねていた。

 様々な人々の声が四方から聞こえる。

 これが喧噪というものか。


「……すごい」


 それ以外に言葉が出て来なかった。

 本来ならばもっと感動するのだろう。

 でも今はそこまで感情を揺さぶる余裕は無い。

 身も心も余裕がある状態でないと、感情は強くは動かないようだ。

 また、他にも心が動かない理由がもう一つ。


「なんか臭い」


 この匂い。

 森の中や先ほどまで歩いていた草原と違い、何とも言えない匂いが私の鼻の中を刺激する。

 我慢できないほどではないので、そのうち慣れるかもしれない。

 でも今が不快なのである。


 足を引きずるように歩きながら、道行く人達を避ける。

 周囲からは見えないとはいえ、存在が無くなったわけではない。

 ぶつかればさすがに違和感を抱かれる。


 そもそも魔法を継続して実行させ続けるのも疲れる。

 まだまだ魔力は残ってはいるけれど、里を出てからちゃんと休めていない。

 回復することもなく、減っていく一方なのも精神的疲労があるのだ。

 この大通りだと人や馬車にぶつからないように気を払う必要が有る。

 せめて裏道に回れば多少は気を緩めることができるかもしれない。


 裏道に入って適当に進む。

 里を出てからは、とりあえずはこの街に着くのが目的だった。

 この街に着いてからのあてはない。

 せめて今は夜を安全に過ごせる場所を探さないと。


 裏道に並ぶ建物の隙間から見えるが、城壁はかなり近い。

 街の中心に向かっていたのではなく、城門と繋がる城壁に沿って歩いていたのかもしれない。

 建物が少なくなり、空き地が目立ってきた。


 空き地で休んでしまうのは有りだろうか。

 危険な魔物がうろうろする森よりも、ここは安全なはず。

 あのような城壁に守られているし、少なくとも魔物に寝込みを襲われることはないだろう。

 人も周囲に全然いない。


 ふらふらと空き地に入ろうとした時、墓地があることに気付いた。

 更に奥に教会みたいな建物がある。

 ここは教会の裏手のようだ。


「……お父さんのお墓があるかも」


 直ぐにでも横になって泥の様に眠りたい気持ちだったが、気力が沸いてくる。

 夜が明けるまで休み、明るくなってから探す方がいい気もする。

 でも確認したいという気持ちに逆らえない。


 墓地の敷地の中は暗く静かで、虫の鳴き声が聞こえてくるだけだった。

 魔素が薄いので、人の遺体が埋まっているのにウィル・オー・ウィスプもリビングデッドもいない。

 これならゆっくり探すことができる。


「<お月様の瞬き>」


 かくれんぼの魔法を解除し、続けて小さいけれど穏やかな光球を出して浮かべる。

 光球はやんわりと周囲を照らしてくれる。

 これで木や石の墓標の名前を確認していくことができる。


 違う。

 ……違う。

 …………これも違う。

 あちらの三つほど墓標が集まってる一角はどうだろうか。


『リ■ク ここにねむる』

『ユウシャ ロ■ ココニネムル』


 名前の部分が掠れて読めない。

 最後の一つは何故かボロ布が巻かれていた。

 かなり傷んでいたからわかりにくかったが、どうやら拳法着のようだ。

 埋葬されてる人が着ていたものだろうか。

 少しずらして名前を確認させてもらう。


『フリ■ニール ここにねむる』


 いきなりお父さんのお墓が見つかるとは思ってはなかったが、少しだけ期待していたのでがっかりする。

 地面に両手と両ひざをつき、深くうなだれてしまった。


「ゾ、ゾンビ……?」


 不意に少し離れたところから声が聞こえた。

 反射的に振り向くと、道に若い男の人が立ってこちらを見ていた。

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