第27話 初冒険の後で
ギルドで報酬を受け取って出た後、『お腹が空きました』とファナが力の無い声を出した。
こいつ、いつも腹を減らしている気がする。
こんな所で空腹で腹を減らして力が出なくなっても、どこからか飛んできて自分の顔を分け与えてくれる献身的なヒーローは現われない。
仕方ないので適当にお店で食事を済まし、買い物などで街をぶらぶらして家に戻ったら、夕方前になってしまっていた。
「ただいま」
「ただいま戻りました」
食堂の扉を開けたら俺達を出迎えたのは部屋に充満するアルコールの匂い。
「うわ臭っ!」
「くさぃ~」
「おう、お帰り」
発生源は予想するまでもなく酒飲みドワーフのカゼルド。
テーブルの上に空瓶がいくつも置かれていた。
ずっとここで飲んでいたことは明白だな。
「こんなの瓶を空にして……飲み過ぎで良く倒れないな」
俺なら急性アルコール中毒で昏倒しているのは間違いない。
「ちゃんとこの通りチェイサー入れとるからな」
チェイサーとはアルコール度数の高いお酒を飲んでる合間に飲む、水やお茶のことである。
酒を追いかけるように水を飲んで、体内のアルコール濃度を落としたり、脱水症状を防止する効果があるのだが……。
「お前が飲んでるのエールだろが」
「こんなの水みたいなもんじゃろ。ガハハ」
「チェイサーが何なのかわかっていないようだな」
命の危険があるので、カゼルドの真似は俺にはできないな。
全裸になって酒を水のように飲む大学のダイビングサークルが伊豆半島のどこかにあると聞いたことがあるが、カゼルドなら問題なく参加できるだろう。
「お酒をいっぱい飲む時は窓を開けてくださいね」
ファナは酒の匂いに我慢できなかったようで、食堂の窓を開けている。
外から外気が流れ込んできて、匂いが和らいでいく。
「思ったより遅かったの。なんか問題でもあったか? 素材の端っこに小さな傷が入ってるから減額、とか」
「そんなシビアな買取査定あってたまるか」
宝石商とかじゃないんだからさぁ。
魔物なんてただでさえ野生生物(?)みたいなもんだし、さらに戦って倒してるんだ。
どこかに傷なんて入ってるのは当たり前だろが。
「メシも食べて買い物してきた。悪いな」
「別に構わんよ。ただ早く渡してあげたくな――ファナよ」
「なぁに?」
酒の空き瓶と一緒にテービルに置かれていた小さな木箱にカゼルドが手を伸ばした。
木箱の上で手がぷるぷる震えている。
狙いを定めて開いた指を閉じる。
空振りする。
改めて掴もうと――再度空振りする。
「いい加減にしろよ! 待ってんだよこっちは」
「木箱が分身しておるんじゃよ」
「木箱は大人しくさっきから鎮座しているっつーの」
「おかしいのぅ」
「泥酔状態過ぎる」
下手くそ過ぎるUFOキャッチャー見せられてる気分だったわ。
「これを開ければいいんですか?」
「そうじゃ。代わりに開けとくれ」
「はーい」
ファナは木箱を当然だけど難なく手に取る。
「バカな……こうも容易く……」
「バカなのはお前の頭だよ」
木箱の蓋を開けるファナ。
「……あ」
そこに丁寧に収められていたのは破損したファナの母親の形見の耳飾りだった。
曲がってしまっていた金具の部分は元に戻っており、光水晶はぐらぐらすることなく収まっている。
俺達が手に入れたきたものだ。
そして汚れを落として丁寧に磨いたのだろう、全体的に柔らかな光沢を取り戻していた。
ファナは言葉もなく耳飾りをじっくりと眺める。
そっと手に取り、感触を確かめる。
ゆっくりと両手で包み込み、祈る様な動作で胸元へ引き寄せた。
そして穏やかな笑みを浮かべる。
それらの動作から、安心したような感情が伝わってくる。
「――ありがとう、カゼルドさん」
「なぁに、大したことしてないわい」
「盛大に頷いているけど、お前が向いてる先にいるのはファナじゃなくて俺だぞ」
「ヒカルさんもありがとう」
「はは……俺は何もしていないけどな」
修理したのは言うまでもなくカゼルドだし、ミシガリル湖でも活躍したとは思っていない。
そもそも耳飾りが破損した経緯だって、俺の判断ミスが原因である。
街に来たばかりで人間社会に慣れていないファナを一人で行動させてしまったからだ。
「い い ん で す」
「わかったわかった」
ぷくっと頬を膨らませてちょっと怒ったような感じ。
ここは素直にお礼を受け取っておこう。
「あれ、上手く付けれない……」
ファナが上手く耳飾りを付けれないのは、カゼルドの修理が悪かったわけではない。
長い耳がぴょこぴょこと上下に動いてしまっているからだ。
「耳を止められないのか?」
「勝手に動いちゃうんです」
嬉しく気持ちで止められないのね。
犬が尻尾を振るのを連想してしまった。
「しょーがねぇな」
「こいつ……空想物語の主人公みたいなセリフを恥ずかし気もなく」
カゼルドを殴ろうとしたが華麗に避けられて当らなかった。
なんで泥酔状態でもこういう動きだけは変わらないんだ
「ふふふ……酔えば酔うほど強くなる…………うぷっ……」
ドヤ顔で酒がバフになる拳法家のようなセリフを吐いたが、急に青白い顔になったかと思うとカゼルドは食堂から出ていった。
続いて厠の扉を開く音がした。
「……着けてやるよ」
気を取り直して耳飾りを受け取る。
ファナの動く耳をそっと抑えた。
色白の耳は血が集まっているのか、ほのかに紅みがかっており、柔らかく温かかった。
「くすぐったいです」
「……ほら、着いたよ」
「えへへ」
ファナは直った耳飾りを見た瞬間と同じくらいの笑みを浮かべた。
その笑顔を見ていると、胸のつかえが取れたような感じがした。
***
夕飯も食べ終わり、俺は二階の簡易バルコニーに出た。
心地のよい夜風が頬をくすぐり、森を渡ってきた夜風が草木の匂いを運んできている。
雲間からのぞく月明かりは他の家の木板の屋根を照らしていた。
おかげで少し明るい。
バルコニーに置きっぱなしにしている椅子に座って、リラックスタイムである。
「ここで寛ぐのも久々な気がするな……」
ここ半月くらいは色々あった。
ここ半年とちょっとの中で、一番のイベント密度だったと思う。
行き倒れてたファナを拾って、街を案内し、ギルドで冒険者登録させた。
そしてごろつき3兄弟に絡まれて耳飾りが壊れて、ファナが吹き飛ばすけど、道に大穴開けて逃げる嵌めになった。
アンディのコネを使ってしばらく落ち着いたと思ったら、カゼルドがエルクハイムから戻ってきてミシガリル湖に行くことに。
そこでハコネキンと出会って、ラプターの群れに襲われて、コカトリスと戦って、と。
異世界に来たのに何も起きず、自らも動かずに、酒場で働いていただけの日々が嘘のようだ。
命の危険もあった。
コカトリス戦なんて一歩間違えれば死んでいた可能性だって十分にあった。
今思い出しても背筋が寒くなる。
しばらく夢に出るかもしれない。
朝起き時は寝巻がびっしょりに濡れていることだろう。
恐怖である。
それくらいの恐怖ではあるのだが、『二度と御免か?』と問われれば、首を振ると思う。
その理由は――
「……楽しかった……んだよな」
別にコカトリスと戦ったことだけが楽しかったわけではないと思う。
では、どの範囲が楽しかったというと。
「…………」
認めるのが気恥ずかしい。
俺の心の中で考えているだけだから、別に認めるのに恥ずかしがる必要もないんだけどさ。
エスパーがいるわけでもないし――いや、心を読む魔法とかあるかもしれないが、少なくとも俺は知らない。
まぁ、ファナと出会ってからの日々、まさに現時点の今も含めて楽しいんだ。
楽しんでいたんだ俺は。
ゆるやかに風が吹く。
「ここにおったか」
風が吹いたらカゼルドがバルコニーに現れた。
別に現われなくてもいい。
カゼルドは酔っぱらってはいないようだ。
「酒は完全に抜けたようだな」
「当たり前じゃ。さっきから何時間経ってると思ってるんじゃ」
「ファナは?」
「お前さんも知っての通り、ずっとご機嫌のままで『寝ます~』と言って部屋に消えてったわ」
「それはよかった」
「明日はベッドをこしらえてやるかのう」
「頼む」
これでミッション・コンプリートだな。
残ったタスクが無くなると頭がスッキリする。
人はやらないといけないことを放置したままにすると、無意識下でそれが気になって脳のリソースを消費しているらしい。
やらないといけないことはなるべく早くに片づけたいものだよな。
「椅子をもう一脚増やしたのじゃな」
う……気付かれた。
カゼルドはその空いた椅子にゆっくりと腰を下ろす。
「前は一脚だけ置いてて、『ここは俺が一人でいるスペースだ』ってな感じにしとっておったのにのぅ」
「明言はしていない」
「雰囲気は十分醸し出しておったぞ」
否定はできない。
だから何も言わないで黙っておくことにする。
「エルクグローブの倅がお前をここに連れてきた時に比べたら、多少は人付き合いってモンができるようになったってもんじゃのう」
カゼルドは遠くを見るように目を細め、小さく声が漏れるように笑った。
自分的にはそんなにコミュニケーションが壊滅的だった自覚はないんだが。
「パーティで戦ってみてどう思った?」
カゼルドが自らのあご髭を撫でながら問うてきた。
「……素直にみんな凄いと思ったよ」
ハコネキンもカゼルドも経験の豊富さの片鱗は理解できたし、ファナの魔法の威力を改めて思い知った。
俺は大人三人に引率された子供みたいな立場だった。
「実力はワシらより明確に下なのは認めとるか?」
「ああ。異論はない」
「じゃが、お主一人では到底倒せないような魔物共を仕留めることができたじゃろう」
「それはみんなの実力が凄かっただけだろう」
俺は魔物の知識もロクに知らず、闇雲に動いただけだ。
それで格上を仕留めたなんて認めることなんて出来やしない。
「正直、思ったよりはお前さんは動けてたと思うがの。ハコネキンも褒めてたじゃろう?」
「そういえばそうだけど……」
「まぁ、それは置いといてだな、仲間と力を合わせるのはいいってことよ」
「…………」
返す言葉は特に見つからなかった。
ただ、カゼルドの言葉は不思議と胸の奥に残る感じがした。
夜空を見上げる。
星が静かに輝いていた。
***
翌日、カゼルドはベッドを予告通り作った。
喜んだファナに部屋に来るように言われた。
完成したベッドを見て欲しいようだ。
部屋に入った俺の目に飛び込んだのは、大人2人が寝ることができる大き目サイズの円形のベッドだった。
「ヒカルさん、見てください! この魔石でベッドが回転するんです」
うぃ~ん。
枕元の台に埋め込まれた魔石にファナが魔力を流し込むと、ベッドがゆっくりと回転を始めた。
「こっちの魔石だとなんか音楽が鳴ります!」
テレビでお笑い芸人のコントでお色気ネタの時に流れそうな妖艶な曲が流れ始める。
「ねっねっ、ヒカルさんも乗ってください!」
大興奮のファナ。
自分の横のスペースを手でぱんぱんと叩き、『こっちに来い』と俺を誘う。
「あれ? なんで衝撃波の術式を組んでいるんですか?」
俺はファナの質問には答えずに回転ベッドを爆砕させた。
この作品はこれで完結となります。
拙い作品でしたが、読んでくださった方はありがとうございました。
この作品は反省を生かして再構築してみるつもりです。先の展開のプロットも用意しています。
見かけましたら読んで頂けたら幸いです。
また、よろしければ評価も頂ければ嬉しいです。




