第26話 銅級昇格
ミシガリル湖からシガルの街に戻ってきた時は既に夕方だった。
ギルドも閉まる時間が近かったので依頼品の納品と素材の買取をお願いするのは諦めた。
今日は朝一番でファナと共にギルドに訪れ、手続きを済ませておいた。
今は査定結果待ちという状態である。
ちなみにカゼルドは家に置いてきた。
「……ふぅ」
平日の朝、自分は休みで駅前のファストフードのカウンターにてコーヒーを啜りながら、登校や出社するために駅に向かう人達を見ていた経験はあるだろうか。
なんとも言えない優越感を少し覚えるよな。
俺とファナは冒険者ギルドのロビーにある椅子に座って、それを味わっている。
具体的には足早にギルドに入ってくる冒険者達を眺めている。
彼らは真っ先にボードに向かい、貼り出された様々な依頼票を見定めるのに必死なのだ。
「みんな急いでいますね」
「良い依頼を選ぼうとしてるんだろ」
一応、相場の最低ラインはあるらしいので、極端に利益が少ないような依頼はない。
ただ依頼主によっては報酬を多く出したりする人もいるらしい。
早く受託して欲しいとか事情があるんだろう。
だから冒険者側もそういった少しでも割の良い依頼を求めるのは当然のことだ。
「ふふふ……社畜どもめ」
高みから見下ろす超越者の言葉が漏れてしまうよ。
うむ、俺が飲むシガルのコーヒーは苦い。
「社畜って何ですか?」
「家畜のように自由の翼を奪われた悲しき人達の事だ」
「逃げないように翼をもがれて奴隷になった有翼人のことでしょうか」
「……そこまで深刻ではないんだ。うん」
ちょっと引いてしまった。
この街にも奴隷商はいる。
だけど、アンディ様が奴隷に対する非人道的な扱いは許してないし、そもそも数が少ないから悲惨な奴隷は見ないんだよな。
他の街や国にはそういうのいるのかな。
……まぁ、いるんだろうな。
「有翼人って空飛べるの?」
「短距離なら」
短距離でも翼を取って飛べなくするのって勿体ないよなぁ。
似たような話で足の腱を切るとか聞くけど、歩けなくもなるから労働力としては低下する。
わざわざ能力を低下させるようなことしなくてもいいじゃないか。
奴隷って資産でもあるんでしょ。
「……うぇ、苦いですね。匂いはいいのに」
ファナさんはコーヒーが苦手なようだ。
ミルクを入れ過ぎてコーヒー牛乳になってるな。
あ、砂糖もドバドバ入れるのね。
ミルクたっぷり砂糖もたっぷりも美味しいから否定しないよ。
社会もこれくらい甘くなってくれるといいんだが。
「ヒカルさん、ファナさん、お待たせしました」
「査定が終わったようだな」
カウンターの向こうから俺達を呼ぶ受付嬢の声がした。
離れた場所から呼ばれてるはずなのに、不思議と耳にすっと届く声だった。
遠くから放たれた矢を思わせるんだよな。
俺達はその声の主、ソシエの元まで移動する。
「なんかいつもアンタだな」
「ご指名ありがとうございます」
「指名してない」
「何回も私に対応させているので、本指名で別途指名料が」
「チェンジ」
「チェンジは承っておりません。それに――」
手で複数ある他のカウンターを見るように促す。
どれも冒険者達で埋まっており、見るからに混雑している。
「今から別の窓口だとまたお待ち頂くことになりますよ」
「うわ。何人待ってるんだろ」
「考えたくもありませんね」
「職員ならうんざりしてる内心を少しは隠せ」
「混んでると順番案内だけで大変なんです。先に来た方をうっかり飛ばしたりするとクレーム来ますし」
まぁそうだな。
店とかでちゃんと並んでいるのに横入りする奴がいて、店員も注意しないとイラッとした経験は誰しもあるだろ。
「順番整理用の魔道具でも誰か作ってくださらないでしょうか。こう番号の書いた小さな紙が出てきてですね」
「銀行かよ」
「順番が回ってくると『ピンポーン』とか音がなってカウンターの前にその数字が浮かび上がるとか」
「確実に銀行だよ」
ソシエは素でジト目な無表情なまま本題に移る。
本当に表情変わらないな。
表情筋あるのか。
「まず先にペペスライムの納品ですが、規定量も満たしておりますし、確かに頂戴いたしました」
「よかった」
推奨等級が木級からの最低難度の依頼とはいえ、無事に達成できて嬉しい。
何事もこういう小さいことも疎かにせずに、コツコツと積み上げていくのが大事だと思う。
「ヒカルさんはこれでチュートリアルクラスの依頼を二回達成しましたので――」
「チュートリアル言うな」
「銅級に昇格です。はい、おめでとうございます」
「なんて感情の籠ってない言葉」
冒険者登録時に一回だけお試しで受けた依頼と、今回のを合わせて二回目。
これで俺も晴れて駆け出し冒険者と名乗れるようになったようだ。
「ヒカルさん、おめでとうございます」
ソシエと反対にファナがすっごく一生懸命に拍手をしてくれた。
ありがたいけどちょっと恥ずかしいからそろそろ止めていいぞ。
ほら、周りの人達が見てるでしょ!
「まぁヒカルさんの昇格はどうでもいいんですが」
「そこは嘘をついてもどうでもよくないことにしておこうな」
「素材の査定の方が本題です」
声のトーンから雰囲気がわずかに真面目になったのを感じる。
コカトリスから取れた大き目の魔石と鶏冠はハコネキンの取り分にした。
俺達は嘴だけもらい、あとはラプターの爪と魔石をもらっている。
何かマズイ素材だったんだろうか。
「ラプターはまぁいいでしょう。気になったのはコカトリスの方です」
「もしかして殺しちゃいけない魔物……だったり?」
カゼルドもハコネキンもそんな事は言っていなかった。
でも二人が知らないだけで実は天然記念物とか絶滅危惧種みたいな保護対象に指定されてる可能性も有りえるもんな。
「コカトリスは鋼級以上推奨の魔物です」
「らしいな」
ソシエは目を伏せ、唇をきゅっと引き締める。
緩やかに開いていた手は拳に形を変えていた。
「木級だったあなたが倒せる相手ではないのです」
「まぁ、そう思われて仕方ないよな」
「大丈夫です。よろしければ私が一緒に付き添います」
「何処にだ?」
「……自首、しましょう」
「何の話!?」
俺の反応にソシエが目を丸くして、何回か瞬きをした。
どことなくわざとらしい『きょとん顔』がちょっとイラっとする。
何気にこのジト目嬢がこんなに目を見開いたのを見たのは初めてなような。
「え…‥功に焦った木級のヒカルさんがコカトリスの素材を盗んできたという流れなのでは?」
「人聞きが悪すぎるわ!」
「お金に困った子供が盗んだ素材をギルドに売りにくる事例が時折ありまして」
「盗品をリサイクルショップに売るクソガキと同じ扱い?」
「ヒカルさん、捕まっちゃうんですか?」
「捕まるか!」
「面会には行きます」
「ファナは少し黙っていようか」
ああ、そういうことね。
木級だった俺が倒せるとは思えない魔物の素材を持ち込んだから疑われたってわけね。
たしかにコカトリスを一対一で倒せていたか、と言われたら自信ないな。
「このファナは鋼級だし、アンタも知ってるカゼルドは銀級だ。パーティで倒しているんだから別に問題ないだろ」
ハコネキンのことはここでは言及しなくてもいいや。
話が逸れそうだしな。
「銀、鋼と金属が来て、急に植物が混ざって平均値が下がったパーティでの討伐ですね。なるほどそれならば」
「事実だけどさぁ、言い方ぁ!」
「と、いうわけでこちらが報奨金と素材の買取りを合わせたものです」
ペペスライムの依頼の報奨金と、持ち込んだ素材の査定額を合わせたお金をカウンターの上のトレイにソシエは並べた。
正直、まぁまぁの額である。
酒場で働くのをやめて冒険者一本でやっていこうかな、と思うくらいには。
「いっぱいですね」
「ああ……」
「額を確認したら、受領書にサインをお願いします。あと冒険者証も銅級に更新しますのでお預かりしますね」
ソシエが受領証の用紙を出して、サインする場所を指し示してきた。
最初からお金や受領書を用意していたということは、ただ単にさっきのやり取りは俺をからかっただけか。
俺の内心を読んだのか、ソシエは悪戯っぽく目を細めた――ように感じた。
ソシエの表情を読むのは難しい。




