第22話 迅竜ラプター
トカゲの顎がカゼルドの頭を食い千切ることはなかった。
カゼルドの盾に阻まれているからだ。
「残念じゃったの」
戦斧槌を片手で拾い上げ、カゼルドはそのまま刃の方をでかいトカゲの首元へ叩き込んだ。
刃は豆腐みたいな柔らかいものを切るがごとく、容易く首を両断する。
切られた首は緩く回転しながら地面に落ちた。
一撃で終わったのはカゼルドがドワーフならではの強靭な肉体を持つだけだからではない。
盾で防御する直前から流れるような自然さで魔力で身体を包み込んでいた。
昨日名称を教わった魔力纏衣だ。
それによりただでさえ重い一撃が更に強化されてあの威力となったのであろう。
やだ……カゼルドなのにかっこいい。
「迅竜ですね。ラプターともいいます」
ハコネキンがあのトカゲの種類を教えてくれる。
「竜……ドラゴンの一種?」
「竜とついてますがドラゴンではない別種です。討伐時の推奨等級は鉄級ですね」
討伐依頼の推奨等級は、指定の等級であれば油断しなければ安全に達成できるという指標となっている。
鉄級ということは一人前と認められた冒険者レベルか。、
カゼルドが一撃で倒しているし、このパーティならそこまで警戒する相手ではなかったのかも。
「――ですが、群れなら脅威度は鉄級に収まりません。カゼルドさんの所に集まりますよ!」
群れだと脅威度が上がるのか。まぁそれも当然か。
ハコネキンが駈け出す。
刹那、周囲から一斉に鳴き声が聞こえた。
「ギャオォォッ!!」
驚いて見回すと、視線の先々に黄色い瞳がある。
葦の陰。
倒木の上。
水辺。
囲まれている。
数は少なくても10匹以上。
この状態で一斉に飛び掛かられたら捌き切る自信なんて全くない。
俺達は急いでカゼルドがいる場所に集合する。
「この倒木を背にします。カゼルドさんは倒木の上から回り込まれないか警戒をお願いします」
「承知した」
「ファナさんは隙があれば各個処理を」
「はーい」
「ヒカルさんは纏衣をずっと維持しててください」
「わ、わかった」
ハコネキンがテキパキと俺達に指示を出す。
夫婦仲に悩む情けない雰囲気は微塵も感じられない。
カゼルドもいつもの酒好きおじさんではなくシリアスな顔をしている。
なんか作画の雰囲気変わってない?
ファナは……いつも通りだな。
森の魔物に比べたら大したことないのだろう。
魔力で身体を包む。
この状態だと多少は安心感があり、緊張が少し和らぐ。
防護服に身を包んだようなものだからだろうか。
ラプターの群れはどいつも大して動かない。
尾だけが左右に揺れる
足先だけ位置を変える
誰一匹鳴かない
ただ獲物を狙うように全ての個体がこちらに視線を向けている。
一撃屠られた仲間を見ているからか、慎重なようだ。
知能の高さを感じる。
「この群れはどうしたんじゃろなぁ」
「ここら辺にはいないはずですよね」
「ああ、もっと奥に進まんとおらん」
どうやらラプターの群れとの遭遇は想定外のようだ。
こんなのがいると承知の上でここに連れてこられたのであれば全力で抗議してた所だ。
せめて前もって心の準備くらいさせて欲しいものだからな。
「動かないね」
「様子を見ているんじゃ」
しばらくのにらみ合いに飽きたファナが呟く。
このまま対峙しているだけで体力を消耗していくのを感じる。
纏衣の維持だけではなく張り詰めた空気のせいだ。
ハコネキンもカゼルドも動かない。
迎え撃つ体制のようだ。
さっきのカゼルドの動きなら打って出てもよさそうなのに。
金級のハコネキンも同等以上の動きができるだろうに。
「あ……」
いや違う、違うな。
ファナと俺を――いや、俺を守っているのか。
俺の存在がみんなの足を引っ張っている。
これはちょっと情けない。
ここを無事に切り抜けられたら、無理のない範囲で経験を積もうと心に決めた。
「動かないのなら好都合です。こちらから仕掛けます」
おおっ。
ついに金級冒険者の実力をこの目に拝めるのか。
剣を構えたままハコネキンが魔法術式編集領域を展開する。
纏衣状態で編集領域を展開するのは試した事があるが中々難しい。
それを難なく行っているハコネキンの背中が頼もしく見える。
構築されていく術式を見て違和感を覚える。
基本は炎系の効果だけど、最後に余計な処理が入っている。
余計な部分の分だけ魔力や魔法実行領域を無駄に消費してしまうので、術式はできるだけ最適化するのが定石ではなかったか。
何のために入れているのだろう。
「<漆黒の火炎!!>」
前方の一匹のラプターの足元に円を描くように炎が走った。
次の瞬間、黒く揺らめく激しい火柱がラプターの全身を包み込んだ。
「ギャオオオオッ!」
突然炎に飲まれたラプターは悲鳴のような鳴き声を上げる。
そして跳んで炎から逃れようとしたのだろうが、上手く跳べなくて地面に倒れ込み、そのままのたうち回る。
絶命こそしてはいないが、無力化は成功しているだろう。
「ふっ……地獄から漏れ出る漆黒の炎に焼かれた気分はどうだい?」
前髪をかき上げるハコネキン。
まさか最後の余計な処理って……
「なんで黒い色にわざわざしてるんですか?」
ファナさん! ブチ込んだ!
余計な処理はただ単に炎を色を黒くするだけのものだった。
「なんでって――カッコイイだろう!!!」
「そうかな……そうかも?」
どうやらこの金級冒険者は独特なセンスをお持ちのようだ。
ファナは理解しようと努めている。
そこはスルーしていい所だぞ。
「さすがに一撃で即死とまではいかんようじゃな」
「ええ、もっと時間をかけて術式を組む必要があります。力不足ですみません」
「十分じゃよ。気軽にポンポンと高威力を叩き出せるのがエルフ以外にいてたまるか」
俺調べで異世界の華とも言える魔法だが、この世界では人間が行使できる規模と威力は想像よりは高くない。
せいぜい壁を壊したり、人間サイズの生物を倒すのが精一杯なのである。
時間さえかけて構築していけば威力を上げることはある程度可能だが、敵はずっと待っていてはくれない。
このような戦闘場面ではそれは現実的ではないのだ。
「キュルルルッ!」
群れの一匹が短く鋭い鳴き声を上げる。
それに呼応して周囲を囲むラプター達が鳴き声を上げる。
コミュニケーションを取っている?
「さぁ、来ますよ」
「じゃな」
前衛の二人が武器を構えなおすと、一斉にラプター達が動き出した。
全匹が最短距離で一直線に向かってくるのかと思いきや、緩急を付けたり多少弧を描いて回り込むような動きを見せる個体もいる。
纏衣状態だかこそ、その動きに気付くことができた。
纏衣を会得していなかったら、考える間もなく距離を詰められていたことだろう。
こんなこともあろうかと、地道に練習しておいてよかった。
「ほっ!」
最初に間合いに入ってきた一匹が、前足の鉤爪によるひっかくような攻撃を仕掛けてきた。
カゼルドはその前足ごと戦斧槌で両断する。
両断された個体の後ろから時間差で別の一匹が飛び掛かってきた。
後足のひと際大きい鎌のような爪がハコネキンを襲う。
ハコネキンは剣で受け流し、そのまま返す刀で切り上げた。
カゼルドの力強い一撃とは違って両断こそされていないが、ラプターは鋭く切られている。
そのまま動きを止めずに押し出すように蹴りを入れ、蹴られたラプターは数メートル先のラプターに当たる。
「そこで倒れられたくないからね」
確かに決まった範囲内で動く場合、死体が足元に転がっていたら邪魔になる。
それで躓いたりして、その隙が命取りになってしまう場合もあるもんな。
「ファナ、上じゃ」
「はーい。<流れ星のしっぽ!>」
カゼルドの合図でファナが上に伸ばした二本指を向る。
指先から細い光線が発生し、瞬く間に宙高く飛び上がっていたラプターを貫いた。
即死したのか態勢を整えることもなく、地面に墜落する。
「さすが構築も早いし威力も凄いですね」
「『黒き閃光』の方が起動句はよかったですか?」
「いい! そのセンスです、ファナさん!!」
「正気か?」
「褒めてくださいヒカルさん!」
「ヒカル。ファナを褒めながらでいいから目の前のやつを牽制せんか」
「お前ら全員正気か?」
無茶なことを言いやがる。
槍のリーチが一番長くなるように柄の最後部の石突を持ち、コンパクトな突きをラプターに向かって繰り出す。
深くは刺さらないが掠りはするためにラプターに小さい傷が増えていく。
「キイッ!」
怯んでくれた。
しかし凄い迫力だよ。
自分と同じくらいの大きさのトカゲが目の前で襲ってきているんだから。
有名な恐竜映画だと纏衣も無しにこのシチュエーションなんだから、絶望が凄いよ。
「おう、上手い上手い」
カゼルドが俺が牽制していた個体を戦斧槌のハンマーの方で横から豪快に水平に叩きつける。
インパクトの瞬間、骨が砕ける鈍い音がしたかと思うと、ラプターが勢いよく吹っ飛ぶ。
「一か所に固まりましたね」
気付くと残りのラプターが一か所――というには広い範囲だが、俺達の前方に集中していた。
まとめて攻撃するには良い位置取りだと思う。
「ファナさん、冷気系でお願いします」
ハコネキンがファナにオーダーを出す。
「何で冷気系?」
「光熱波だと火災が起きたり、爆発して土の中の光晶石が砕けるかもしれないので」
それはもっともだな。
もっともだけど、命の危険がある状況でそんな配慮や判断なんてしてられないよ。
みんなこの程度の魔物なら余裕があるんだな。
「<雪だるまさんのフーフー!>」
カゼルドとハコネキンが左右に飛んで前方を開ける。
ファナを起点として極低温の冷気の強風が前方に扇状の範囲で吹き荒れた。
地面には風の流れに沿って霜が降り、草は凍っていく。
ラプター達は瞬く間に体温を奪われていったようで、動きが目に見えて鈍くなった。
恐竜は変温ではなく恒温生物だったという説も有力のようだが、どちらにせよコイツらは寒さには弱そうだ。
もっとも人間だってあんな低温の強風に裸で晒されたら、動けなくなるだろうけど。
風が収まる頃には全てのラプターが倒れて微動だにしない状態になっていた。
「さて、止めを刺してくるかの。首を落とすだけの簡単なお仕事じゃ」
「怖いっつーの」
その通りなのかもしれないけどさ。
スプラッタ感が出るのでやめて欲しい。
「ハコネキンは警戒を頼んじゃぞ」
「承知しました」
さっきまで湿っぽい感触の土だったが、今は霜柱が立っているので踏み潰すとシャリシャリとした音がする。
カゼルドがそんな音を立てながら移動して、倒れているラプター達に止めを刺していく姿をぼんやりと見守った。




