第21話 湿地帯を歩く
目的地の湿地帯は湖に沿って広がっている。
湖畔の街道を外れ、獣道をしばらく進むと景色がはっきりと変わった。
足元は乾いた土から湿りを帯びたものへと変わり、一歩踏み出すたびに足がわずかに沈む。
これくらいならいいけど、泥みたいになってくるんなら長靴が欲しいな。
ゴムの靴はさすがにないけど、防水加工された皮のロングブーツとか。
湿った空気に、草の青臭さが混じる。
大きく育ったシダ系っぽい植物や葦が視界を遮り、その根元にはよくわからん草や水苔が群生していた。
「あれ薬草になるんですよね」
ファナがその群生している草を指差した。
ただの雑草にしか見えないんだが、そもそも俺は何を見ても区別つかないんだった。
河川敷で食べられる野草とか生えてたらしいけどわからない。
ニラとスイセンみたいに似ているのもあるし。
「凄いな。よくわかるな」
「ふふん。里にも生えてたんです」
褒められて満足気なファナ。
「なぁなぁヒカル。これも薬になるんじゃよ」
「どれどれ?」
カゼルドが何枚か持っているのは特徴のある葉だった。
先端が尖り、葉縁がギザギザな細長い葉。
それぞれ5~7枚程度の小葉が放射状に広がっている。
掌、扇、星形のような形をしていた。
「それ違うクスリぃ! 捨てろっ、危ないっ!」
「危ないなら焼かなきゃ!」
「煙出るからダメぇ!」
ファナが展開した魔法術式編集領域の術式――火系の魔法を見て慌てて止める。
こんな所で集団トリップを起こさせる気か。
海外で押収した大量の『葉っぱ』を警察が外で焼却して町中が大騒ぎになったというニュースを思い出す。
同じことがミシガリル湖周辺の集落で起きちゃうよぉ。
「ガハハ。草だけに草生えるってかwww」
「素面なのに何かキマッてるとしか思えない」
「くっくっく……」
「何か企んでる悪者の笑い方が聞こえてくる!」
その笑いの主に視線を向けるとハコネキンだった。
悪者ムーブをしているわけではなく、笑うのを我慢しきれずに漏れてしまったという様子だな。
あー良かった。唐突なボス戦かと思っちゃったよ。
「すみません。笑ってしまいました」
「くだらなくて申しわけない」
「いえいえ、とても楽しいですよ」
本当か?
内心切れてないか?
俺なら格下のパーティが真面目にやらないでふざけていたら怒るぞ。
ちょっとビクビクしながらハコネキンの顔を伺うとニコニコしている。
本当に楽しんでいそう。
「そうじゃ。歩いてる時にアレがおったら捕まえておくんじゃぞ」
「アレ?」
「ペペスライムじゃよ」
「ああ。忘れてた」
そういえばついでにペペスライムの取集依頼を受けていたんだった。
依頼主がアンディ様だし、しょうもなさそうな使い方しか思い浮かばないから忘れてた。
そういえば湿地帯に生息しているソシエは言っていたな。
だけど茂みは多く樹木もちらほらとあるので、見渡したところでどこにいるのかすら検討が付かない。
そもそも実物も見た事ないので、視界に入っても認識せずにスルーするかもしれん。
「ペペスライムなら石の下にもよくいますよ」
ファナは近くにあった30センチらいのおおきめの石をよいしょ、とひっくり返す。
裏返された石の裏にはぷよぷよした透明のゼリーみたいなものがべっとりとひっついていた。
「ほら。いました」
「これがそうか」
見るからに粘性が高そうで、想像よりは透明性がかなり高かった。
スーパーで売ってるわらび餅を連想させる。
あれって本当はわらび粉あんまり使ってないんだってな。
サツマイモとかタピオカのでんぷんが主成分らしい。豆知識な。
「容れ物を貸してください」
運搬用の小型の樽を渡す。
「ぬるぬるして取れないから、こんな感じで剥がします」
ファナは容器を受け取ると小型のナイフをスライムを石の間に挿し入れた。
あっさりとペペスライムは石から剥がれ容器の中に落とされる。
石から樽の中まで糸が引いている。
「これってトドメとか刺さないでいいのか?」
もっともどこを攻撃したら死ぬのかもわからん。
「こいつらは殆ど動かんから大丈夫じゃ」
謎な生き物だな。
歩きながら大き目の石をひっくり返すと、三回に一回くらいの割合でペペスライムはひっついていた。
すぐに樽は満タンになる。
「これくらいならわざわざ依頼しないで店で買った方が早くて安いんじゃないか」
「実際は煮沸した後に水で希釈して使うからの。これら全部でかなりの量の潤滑剤に――」
「潤滑剤言うな」
「かなりの量のローションに」
「ローション言うな!」
「ヒカル、知っておるか? こう桶に水と共に入れてぐるぐるっと手を回すとタパタパって音が鳴ってだな」
「その生々しい手の動きをやめろ」
「ははははっ!! も、もうダメだ。我慢できない!」
爆笑したのはハコネキン。
お腹に手を当てて軽く身体を折り曲げて笑っている。
「冒険中に久々に爆笑してしまいました」
「いつもはずいぶん暗いご雰囲気で……?」
「おい」
ファナさん、もう少しこうなんというか、手心というか……
「いえ、独りの時は笑うこともありましたよ。家族のことを考えると乾いた笑いが無意識に出てきましてね……ハハハ……」
「家族仲も乾いておることだしぴったりな笑いじゃな」
「お前らもう少し配慮とかないの?」
ハコネキンが涙を流しているっ!?
いかん! ケアが必要だ。
「笑ったり泣いたり忙しいですね」
「ほんとじゃな」
「紛れもなくお前らのせいだけどな」
涙ぐんでるハコネキンのフォローしながら先にしばらく進む。
最初の方は背の低い葦ばかりだったが、ここらは高くなっており、視界が阻まれる。
遠くから何かの鳴き声が時折聞こえる。
魔物もこの先にはいるんだろうなぁ。
「光晶石ってどこら辺にあるんだ?」
「大きい木の根元を探すと比較的見つけやすんいです。この先に倒木が多いエリアがあるんで、そこに向かってます」
俺は先を進むカゼルドとハコネキンの後をただ付いていってるだけだった。
どこに向かっているか分かっていなかった。
ハコネキンが教えてくれたが、パーティの一員として俺も確認しておくべきだった。
当事者意識が欠けていたことを反省しなければ。
反省ついでに俺達の装備を確認しておく。
先頭はカゼルドで武器は片手サイズの斧だが刃は片側のみで反対側は槌になっているものを持っている。
戦斧槌とでもいうものなのだろうか。
左手にはバックラーを前腕部に固定してある。
次にハコネキン。
高そうな片手剣とカゼルドと同じく小型の盾を前腕部にやはり固定してある。
左手を使えるように手持ち式ではないんだろう。
なお、大型の盾は軍では使用されるが、冒険者で使われることはほとんどない。
理由は簡単で、重いし移動時の荷物になるからだ。
そもそも魔物・魔獣の攻撃は一撃が人間より重いし、受け止めるよりは回避を推奨される。
だから殆どの冒険者は軽装だ。
俺の少し後方にファナ。
腰に二本ナイフを帯びている。
なんとなくイメージで『弓は使わないの?』と出発前に聞いたら『魔法が有るのに?』ってきょとんとして返答された。
確かに遠距離攻撃武器は要らないか。
そして俺の武器は槍。2メートルにも満たない短槍で装飾も無いシンプルなもの。
シガル市の衛兵が持っているものと同じ物。
素人が剣を振り回しても危ないだけなので、扱いが比較的簡単なコレを選んだ。
突くだけだしな。
このパーティと装備から考えると、基本的にカゼルドとハコネキンが主に近接で敵の相手をし、その隙にファナが魔法で攻撃。
俺はファナの魔法が邪魔されないように露払いすればいいんだよな。
昨夜の焚火の時の打ち合わせで決めた内容だ。
リーチの長い槍で牽制するだけならば、何とか頑張れそうだ。
「あ、有りましたよ」
「おお……」
葦が茂っている所を抜けたら少し開けた所に出た。
目の前に大きな倒木があった。
というか想像よりかなり大きかった。
屋久島で有名な巨木、樹齢数千年の縄文杉と匹敵する巨木が倒れて朽ちていた。
幹の中心は長年の腐食のせいか空洞みたいになっているようだ。
人が通れそうなくらいの大きさなのでもはや、一本のトンネルだ。
「でかくね?」
「そうですか? 森の木に比べたら小さいと思います」
ファナは共感できないらしい。
このサイズで別に珍しくないのか。
さすが異世界スケールがでかいぜ。
「光晶石ならあの倒木の陰ですね」
ハコネキンが前に来た時のことを思い出してるのだろう。
懐かしそうな顔をしている。
「どれ」
カゼルドが倒木の側まで向かうと、戦斧槌を地面に置いて屈みこんだ。
指先で湿った土をいじって何やら確かめている。
その背後、倒木の空いた穴の奥の暗闇で何か動いたのが見えた。
細長い頭がゆっくりと姿を現す。
琥珀色の瞳。
鎌のように反り返った鉤爪。
「!?」
頭の高さが二メートルはありそうなトカゲが2本足で立っていた。
映画で見た事あるやつに似ている。
ヴェロキラプトル……いや、実際のモデルはディノニクスだったか?
「土も柔らかいし、掘るのは簡単そうじゃな」
「カゼルドー! 後ろ! 後ろー!」
トカゲが気付かないカゼルドの頭にガブリと喰らいつこうと口を大きく開ける。
「噛まれる! 噛まれるよ!」
「なんじゃヒカル。さっきから騒がし──」
ガキィィン!
金属を叩き付けたような音が湿地に響いた。




