第20話 夫婦のすれ違い
「皆さんは今回は何の依頼でここに?」
「依頼自体はついでで、ちょっと湖の湿地帯エリアで月晶石を取りにな」
ファナの耳飾りの修理の主材料。
ペペスライムの採集はついで。
「月晶石ですか奇遇ですね。僕も目的はそれなんです」
「お前さんがじゃ? 金級には月晶石の採取依頼なんて打診されんじゃろ?」
俺達は今回は私事だけど、依頼だとしても高難度の物ではないようだな。
「いえ、同じく僕も依頼ではなく私事です」
「なんでまた?」
カゼルドに問われたハコネキンの温和な顔が曇っていく。
「情けない話なんですが、少しお話を聞いてもらっていいでしょうか?」
「はい、どうぞ!」
多少重くなりそうな空気だが、明るくファナが返事する。
鬱クラッシャー・ファナさん。
「どしたん、話聞こか?」
酒をあおりながら軽薄なノリのカゼルド。
こいつ酔ってきてるな。
「僕の家族――妻と二人の子供がエルクハイムに住んでいるんですが、夫婦仲が終わりかけているんです」
「あっ、はい」
えっ……いきなりそういう感じ?
ちょっと甘く考えていたことを反省し、聞く気持ちを引き締めました。
「妻とは冒険者になる前からの付き合いなのですが、結婚して子供も産まれたのを契機に依頼の数も減らしていく予定でした。
もし受けてもなるべくエルクグローブ領の中だけでのつもりだったんです。
でも人手不足なのもあり、ギルドからは次々と依頼を割り当てられ、僕も困っている人がいるならと受けてしまっていたんです」
能力がある人にどんどん仕事が集中してきてしまうってやつだな。
良くない流れだが、他に戦力となる人がいない時でも依頼――高難度の内容も来てしまう事もあるだろう。
単に高難度だけなら依頼者を待たせればいいが、人命関わってたりして緊急度も高かったりするんだよな。
「全然おうちに帰れていなかったんですか?」
ファナが気の毒な様子で尋ねる。
「ええ…様々な所に行き、一つの場所に長く留まる事の無い生活になってしまっており、気付いたら『放浪』なんて二つ名が着いていました」
「家族持ちにはあんまりな二つ名」
まるで単身で国内出張を繰り返すサラリーマンお父さんみたいだ。
「良い所もあるんですけどね。例えば『トーヨ・ココイン』みたいな冒険者向けの宿を『実家』と呼称する自虐の鉄板ネタも持てました」
「ポジティブ過ぎる」
「酒の席で出すと爆笑必死の切り札ですね」
「金級冒険者にもなった人の切り札が自虐ネタって地獄過ぎる」
「せめて家族には苦しい生活をさせまいとお金の送金は欠かしていませんでした」
「金級推奨レベルの依頼で報酬を受けとるならば、家族にも十分な生活費を渡せてそうじゃな」
「はい。下世話ですがコレくらいには」
ハコネキンから聞いた額は妻と子供の三人が暮らすには十分過ぎる額だった。
国内出張お父さんではなく、海外駐在お父さんかもしれない。
「でもですね。やはりお金だけではダメだったんです。いつしか妻とは距離が開いていきました」
「あー……」
「距離と言っても心の距離ですよ。物理的な距離はいつもですからね。僕は『放浪』ですから」
「やかましいわ」
深刻なんだか、余裕があるんだか、紛らわしいわ。
「奥さんはハコネキンさんと一緒に過ごす時間が欲しかったのか」
「そうだったんです。子育ても実質、妻一人で負担させてしまいました」
仕事で忙しく、せめて金銭的には不自由ないようにと頑張る夫。
お金ではなく一緒に寄り添って過ごしたい妻。
良くある夫婦のすれ違いの話だな。
「半年くらい前、最後に僕が家に帰った時なんですが」
「仲良く過ごせたのかの?」
「妻が手伝いで働いてる商店に仕事に行ってしまったんですよ。久々に僕がいるのにですよ」
「え~それは残念ですね」
「その時の滞在は、もう言葉を交わすことも少なかったです」
そんな状態ならもう夫婦仲は終わっているんじゃないか。
ハコネキンの方は何とかしようとしているけれど、肝心の奥さんがそんな感じじゃあな。
「ただ、妻の誕生日がもうすぐでして」
「ああ、なるほど」
俺の内心を察したのか、ハコネキンは顔を明るくして前向きな姿勢で話を続ける。
「プレゼントに月晶石を贈ろうと思ったんです」
「月晶石って光晶石の接着用途に使われるんじゃないのか?」
カゼルドに聞く。
俺達の今回の一番の目的はそれだ。
「月晶石はそれ単体でも装飾品として価値があるんじゃよ」
「はい。今の私達からすれば大して高価な物でもないですが、冒険者になる前に採取して贈ったこともある想い出の物なんです。今回も店では購入せずに、当時の気持ちで渡せればな、と……」
「なるほど」
ハコネキンは寂しく笑った。
焚火を見つめているが、揺らめくその炎の中に家族の姿が映し出されているんだろう。
「……良いと思います」
「わ~。素敵ですね」
「孤独に耐えてよく頑張った! 感動した!」
「あ、ありがとうございます」
俺達の反応が本人の予想外だったのが、ハコネキンは顔を綻ばせた。
「そうだ。良かったら明日は一緒に採取しませんか?」
月晶石をかな。
「金級からのお誘いとは光栄じゃな」
「一緒の方が楽しいです。ね、ヒカルさん?」
先ほどと同じくカゼルドとファナが俺を見る。
特に断る理由は無いし、むしろ心強い。
「俺も喜んで。奥さんに良い月晶石が見つかるといいですね」
「不思議なパーティですよね。
種族も等級もバラバラで、なのに木級のヒカルさんがリーダーとなっている。
今まで見た事ありません」
そういってハコネキンは微笑んだ。
「好きでリーダーになってるわけじゃないんだけど」
「帰ったら農業やるぞい、リーダー!」
「それ農業アイドルな」
***
野営時の冒険者の朝は早い。
日が昇る直前の時間で少し明るくなってきている程度の時間には起きる。
明るくなったらすぐに出発するので野営道具の撤収をそれまでに終わらせないといけないからだ。
しかしクソ眠い。
眠るのもその分早いはずではあるんだけどな。
昨日は酒を飲みながら話が盛り上がってしまった。
ハコネキンの冒険談はとても面白かった。
やっぱり積み重ねた経験者の話は引き込まれるように聞いてしまうし、ぜんぜん退屈しなかった。
冒険者引退しても講師の仕事で食べていけそう。
「コケコッコー!」
遠くから鶏の無く声が聞こえてくる。
ここの集落の端の方で飼っているんだろうか。
「コケコッコー!」
異世界でも鶏は早朝に鳴くのは変わらないみたいだ。
建物自体は少ないし、電車や車などの騒音を出すものが無いとはいえ、遠くなのに結構聞こえるものなんだな。
それとも声量自体がデカいのか。
ま、どっちでもいいか。
「コケコッコー! コ、コケーッ、コケケーッ! コケーッ!!」
声優のライブのファンの叫び?
う る せ え。
「ふぁ~おはようございます~」
「おはようさん」
「おはようございます」
鶏の声で目覚めたのかファナが欠伸しながら挨拶してきたのを皮切りに、カゼルドもハコネキンも身を起こす。
「ちょっと朝靄が凄いのぅ」
「遠くの方が見えないよな」
「お前さんの未来みたいだの」
「お前の五分後の未来すら見えなくしてやる」
「も~、起きてからすぐケンカしないでください」
ファナに止められた。ごもっともです。
朝からうるさくしてすみません。
苦情はそこの酔っ払い親父に頼みます。
撤収を作業を完了し、宿併設の野営地を後にした。
結局宿の中には入らなかったな。
今度来る時は部屋の中にも泊まってみたいものだ。




