第18話 ミシガリル湖に出発
ミシガリル湖はシガルの街から南に約二十キロメートルに位置している。
歩いても今日中に到着すると思うが夜になってしまう。
街灯も無く野犬や低級といえど魔物が出るような道を月明りだけで歩くのはごめんだ。
というわけで選択するのは乗り合い馬車。
幌が無い剥き出しの大きいリヤカーみたいな荷台のタイプだったが、雨は降ってないし風も弱いからいいだろう。
乗ってる人は運転手にあたる御者さん、俺達三人、そして他の客のもう一人の男だ。
「あんまり速度は出ないんだな」
馬車の速度は時速十キロメートルといったところ。
城壁の大門を抜けて、街の喧騒はすぐに途切れた。
遅いのは人が多くて事故を避けるために速度が出せない街中だけかと思っていが、城門から外に出ても速度はほとんど変わらない。
「そりゃ騎兵馬や伝令馬と違うからの」
そう言われれば俺がよくイメージする馬――競走馬とは形が違うな。
足が太いし、全体的にがっしりしている。
「なんかカゼルドと似ているな」
「筋肉質で骨太っちゅーことじゃな。誉め言葉として受け取っておこう」
「よっ! デカいね! キレてる!」
「ガハハ」
俺の掛け声に笑顔とポーズで答えるカゼルド。
筋肉に自信がある人のポーズってどの世界でも共通なのね。
人体の構造なんてそこまで異なってる訳でもないから、力の入れ方は同じか。
「もぐもぐ……城壁の外にも家がいっぱいありますね」
俺の隣でお弁当のサンドイッチを頬張りながらファナ。
出発して間もないのにもう食べているのか。
都市部から新幹線に乗ったらすぐ駅弁を食べる人みたい。風情がないな。
ここから湖までの道で、景色がいいところがあるかどうか知らないけどさ。
「……あ」
俺もファナが見ている方に視線を向ける。
城壁の中では整然と並んでいた建物も、ここでは継ぎ接ぎだらけの木造小屋ばかりだ。
板壁はところどころ割れてるし、屋根には藁や布が無造作に被せられていた。
雨漏り対策だろうか。
「あれは貧民街じゃな」
「ひんみんがい?」
「貧しい……あんまりお金を持っていない人達が住む場所じゃ」
「ちょっと独特な匂いですね」
ファナから聞く限り、エルフの里では貧富の差というかちゃんとした経済の概念がなかったみたい。
だからピンとは来てないかもしれない。
生ごみと生活排水が混ざったような臭いが風に乗って流れてくる。
サンドイッチを食べてる途中なのに、この匂いを嗅いでストレートに『臭い』と言わなかったのはファナの人柄の良さだろう。
言葉を発せずに神妙な顔をしている。
軒先では老婆が古着を繕い、男たちは仕事待ちなのか、酒瓶を片手に壁へ寄り掛かっている。
細い路地では尻尾の生えた子ども達が走り回り、その横では痩せた犬が生ごみを漁っている。
「獣人の子供達じゃな」
「城壁の中でも見かけることがあるけど、貧民街に住んでたのか」
「そうじゃな」
獣人とは深い関わりがないのであまり知らない。
以前、ナスビル店長が財布を獣人の子供にスられて『お気に入りのエールを買う金が~!』って泣いてたエピソードぐらいだな。
子供のスリか、と思っていたけど、この光景を見たら納得してしまうな。
***
「……ん」
少しうとうとしてたようだ。
肩に重みを感じる。
「すぴー」
重さの原因はファナだった。
俺に寄りかかって寝ている。
警戒心のかけらも無い寝顔である。
ここがどこら辺か周りの景色を確認しようと顔を上げると、一緒に馬車に乗っていた男と目が合った。
「おい、そこのあんた。やっと目が覚めたか。国境を越えようとしていたんだろう、違うか?」
国境? 何の話?
もっとも俺は国境どころか世界を越えてしまったけどな。
「違うぞ」
「俺達は帝国の罠に飛び込んだってわけだ」
俺がうとうとしていた間に何らかのオープニングが始まってた。
起きた俺を見て、カゼルドが口を開く。
「こやつ、馬車で『雰囲気』を作る演者の人なんじゃ。お客を退屈させないようにの」
ディズニーのアトラクション?
この人は客じゃなかったのね。
ただの乗り合い馬車になんでそんなサービスが。
「これで固く結ばれた兄弟姉妹だな。なぁコソ泥」
「客がコソ泥の立場」
御者さんとキャストさんが教えてくれたが、ミシガリル湖はリゾート地でもあるらしい。
貴族や富裕層が所有の馬車で移動する時に呼ばれることが有るらしく、予定が空いてる時はこんな感じで練習しているとのこと。
「さ、お客さん達、湖が見えてきましたよ」
「おお……」
思ったより湖は大きい。
こちら側と反対側の湖岸がかなり遠い。
琵琶湖ってほどではないが、そこそこ大きい湖なんじゃないかな。
うーん、なんかここら辺見た事あるな。
あ、俺がこの世界に転移してきた時の場所だ。
この湖だったのか。
もう夕方になる頃なので、赤みを帯びた太陽が湖面に映っている。
綺麗である。
「ありがとうございました~」
村、というより集落に着いたので乗り合い馬車から降りる。
さすがに今から採集には出かけない。
もう日も暮れるから危険だしな。
なので宿で一泊する。
宿の名前は『トーヨ・ココイン』。
おにぎりとか朝食で出そう。
「満室じゃったわ」
部屋があるか確認しに行ったカゼルドが宿から出てくるなり残念そうに言った。
「他に宿は?」
「もう少し移動すれば富裕層向けのリゾートエリアが有るんじゃが」
「俺ら向けではないか」
「そういうことじゃな」
「じゃあどうするの?」
「こういう所の宿は野営用の敷地も併設しておる。今回はそこじゃな」
冒険者が依頼などでよく訪れる場所の手前には、拠点としてだいたい野営地が整備されてるとのこと。
冒険者ギルドが出資しているらしい。
討伐にせよ採集にせよ、利便性を上げておけば依頼の受注率も成功率もあがる。
つまりはギルドの儲けにもなるからWin―Winなのだろう。
「貸し切りだな」
宿の隣の開けた場所に移動したが、俺たちの他には誰もいなかった。
適当な所に陣取り、野営の準備を行う。
雨も降ってないし、風も穏やかなので助かった。
悪天候の時にキャンプなんてしたくない。
「直火でいいんだよね?」
焚火用の薪を置く時にふと気になった。
キャンプ場ってたしか直火ってダメだよな。
火事になるし。
「火事になるのを心配しとんのか?」
「ああ」
「ちゃんと石を並べて火床を作るわい。心配するな」
カゼルドがテキパキと石や薪を並べていく。
あっという間に準備が整った。
「ありゃ、火打石を忘れたわい。猿も木から落ちるようにドワーフもハンマーを落とす」
「まったく上手くない」
「私、火を着けましょうか」
「火床の岩が熱で融解しそうだからいい」
「ちゃんと加減しますよ。薪が炭になる程度でいいですか?」
「初手で木炭にする必要はないんだわ」
「宿から借りてくるかの」
「俺が着けるよ」
「え?」
きょとんとするファナ。
俺は魔法を行使するための集中を始める。
魔法を行使するための手順は以下の通りだ。
最初に術式編集領域を展開する
次に魔法術式を構築する。
この時点で行使する魔法の魔法効果のほとんどが決定される。
「……きれい」
展開中の術式編集領域は他者も視認することができる。
もっとも、魔法を行使できる技術とスキルを持った者でないと術式を読み解くことはできないけれど。
この前のゴロツキ三兄弟の長男やファナが魔法を使った時だって、俺はちゃんと術式を読み取って理解してたんだよ。
嘘じゃないよ。
だから今のファナの感想は俺が構築した術式を見て、『きれい』と感想を持ったということだ。
けっして俺の外見のことではない。
構築が終わったら魔力を練る。
そして構築した術式に対して任意で設定した魔法名を詠唱する。
「<生成:小炎弾>」
俺は正直魔法名には拘りはない。
カッコイイ魔法名を付けて叫ぶというロマンはあるが、とっさに言葉が出てこないで発動失敗とか恥ずかしいからな。
起動句となる魔法名を唱えたことにより、練った魔力を媒介として俺の魔法実行領域に術式が展開された。
この手順を踏んでやっと魔法現象が発現するのだ。
俺の立てた指先からピンポン玉サイズの炎の塊が発生する。
指先を焚火台に静かに向けると、火の玉がゆっくりと進んで薪に吸い込まれていった。
着火用に置かれた紙が勢いよく燃え始め薪を熱し始めた。
「ヒカルさんって魔法使えたんですね」
「なんじゃ、ファナに教えてなかったのか」
カゼルドは俺が魔法を練習しているの見ているので、使えるのは前から知っている。
「別に隠してたとかじゃないけど……実力が天上人なプロの前で技を見せたくないアマチュアの気持ちというか……」
「?」
ファナが要領を得ない顔をしている。
俺が一方的に気後れしてるだけなのは分かっているんだけどさ。
「ヒカルさんの魔法って誰に習ったんですか?」
「魔法の術式の構築なら独学」
「独学であんな綺麗な術式組めますか? 無駄が全然なかったんですが」
「確かにこいつは学校とかには行っておらんよ。庭で一人でたまに練習しておったわ」
「アンディ様から渡された魔法書はいくつか参考にしたけどな」
『スッキリわかる魔法入門』、『独習! 魔法!』、『絵柄でわかる魔法術式構築』の鉄板初心者本3冊でな。
実際、本を読んでみて魔法は面白いと思った。
え、なんで本が読めたのかって?
な ん で だ ろ う ね。
そのうち、そこらのエピソードを語ることもあるかもね。
話を戻すが、解説を読んでいるうちに魔法の行使の仕組みがプログラミングに酷似していることに気付いたのだ。
だから俺は魔法の行使手順に、理解しやすいように読み方を振った。
①術式編集領域の展開
②術式の構築
③魔力を練る
④魔法名の詠唱
⑤魔法実行領域への術式展開
⑥現象の発現
な、それっぽいだろ?
「今度魔法で勝負をしましょうよ」
「一方的な虐殺を勝負とは言わないんだわ」
「もっと長い術式の魔法を見てみたいです」
「ファナちゃん、周りが暗くなってきたでしょ。ご近所迷惑になるからダメです」
「ヒカルさんのケチ~」
「そうだぞこの守銭奴!」
「お前は黙ってろこのクソドワーフ!」
「んまぁ差別よ! この人は種族で判断するのね!」
「ははっ……ずいぶん楽しそうですね」
背後から声を掛けられ、俺は振り返った。
荷物を背負った痩せ気味の中年の男、少し離れた場所でこちらを見て微笑んでいた。




