第17話 冒険者等級
ギルドの依頼票が貼りつけてあるボードを眺める。
やたらと大量の依頼票が貼りつけてある。
これだけの数を人力で貼ってるんだよな?
大変だと思う。
一番高いところだと二メートルくらいの高さ。
依頼票を貼ろうと脚立の天板に立ってしまい、先輩に注意される新人職員のあるある姿もそのうち見れるかもね。
「手頃なのはあったか?」
じっくり吟味しているカゼルドとファナに声をかける。
討伐依頼も素材収集依頼も俺には難易度が判断できない。
魔物の危険度も素材についても良く分からない。
だからこの二人に任せるのが効率的なのだ。
決して丸投げじゃないぞ。
適材適所ってやつだ。
「えっとね、『無事帰還してこその冒険者』ですって』
「それは安全標語」
「そうじゃぞファナ、ちゃんと依頼票を読むのだ。どれどれ『一人で無理なら仲間を呼べ。墓参りは一人で十分だ』だ」
「それも安全標語」
「じゃあ、『あなたの死亡報告書を書くのは受付嬢です』とか」
「よくこれが標語に採用されたな」
「他にはじゃな『採取予定地と帰還予定日は必ず申告してください』」
「ただの依頼受ける時の注意事項じゃねーか。この数の紙が貼ってあって依頼票ないの? なんなのこのボード?」
「落ち着くのだヒカルよ。依頼がなくて安全標語で依頼ボードが埋まる日々。世界が平和な証拠ではないか」
「お前ら冒険者の存在意義が危なくなる事態に気付こうな」
「ワシは鍛冶とか魔道具作成で喰っていけるもんね~」
「わ、私はお嫁さんも最近いいかな、って……」
ダメだこいつら。
不況で職が少ない時代はかなり恐ろしいらしいんだぞ。
就職氷河期がいかに悲惨だったか、ネットの海には怨嗟の声が漂ってるのだ。
「あ、この討伐依頼なんかいいかな」
ファナがとある依頼票を手に取る。
正直、討伐関係は遠慮したいんだよな。
魔物相手といえど命のやり取りは進んでしたくない。
命を奪うのも奪われるのも嫌だよ。
「ダメじゃな。推奨等級が金級以上の高難度依頼じゃ。ワシらは受けれん」
「そうなんですか? これなら里のみんなで倒したことがありますよ」
「エルフだけのパーティーとワシらのパーティーを一緒にするでないわ」
エルフのパーティーってことは、この前のファナの光熱波レベルを複数人で撃てるんだよな。
ほとんどの魔物はあっというまに消し炭だろ。
そんなロケットランチャー持ってるような訓練された集団と、竹槍を装備した素人(俺だ)が混ざってる3人組じゃ違い過ぎる。
「ファナ、そういえばお前って等級いくつなの?」
「えーっと、冒険者証には鋼級って書いてます」
ファナが冒険者証を見せてくる。
確かに鋼級と記載されている。
「ほぉ!」
カゼルドが感嘆の声を上げる。
「この前登録したばかりで鋼級?」
「はい。変でしょうか?」
こいつ、鋼級がどれくらいの等級がまったくわかってないわ。
「いや、凄いよ」
「えへへー……鋼級って凄かったんですね」
褒められて照れておる。
しかし間違いなく駆け出しレベルではない。
俺がギルドの等級に関して説明しようとした時――
「ご説明しましょうか?」
「うわっ」
いきなり至近距離の背後から淡々とした声。
慌てて振り向くと受付嬢のソシエが立っていた。
書類の束を抱えている。
いつの間にか近づいてたんだ。
滅茶苦茶驚いた。
「まったく気付いていませんでしたね。ここが戦場ならもうあなたの命は有りませんよ」
「実戦形式で指南するタイプの師匠のセリフ」
「気配を消して近づいてくる魔物もいますので気を付けてください」
「アンタがその魔物と同類と解釈していいのか」
ソシエは俺のツッコミを無視し、ファナに説明を開始する。
「まず、等級は全部で8つに分かれており、下から木級、銅級、鉄級、鋼級、銀級、金級、白金級……そして竜鱗級です」
「私は四番目なんですね」
「ご認識の通りです。ファナさんはもう少し仕組みに興味を持ってください。登録時に説明しましたよ?」
「はーい」
「素直なのは好感度アップです」
「嬉しいです!」
「俺も素直になるわ」
「今の言葉で下がりました」
「数秒前の判定条件を変えるのは卑怯」
俺の抗議をスルーしてソシエは続ける。
「通常は木級か銅級から開始です。鉄級からギルドは一人前と捉えており、多くの冒険者は鋼級か銀級で引退します」
「そんな鋼級にいきなり……」
「ファナさんは登録時の審査で鋼級相当と認定されました。即戦力です」
「魔法の実力はエルフじゃから疑う余地はないし、森の知識も豊富だから妥当じゃな」
カゼルドが自分のヒゲを撫でながら納得する。
「金級以上は?」
「領都でも数えるほどです。白金級になると国家規模で名が馳せますね」
「じゃあ竜鱗級は?」
「現在はエルクグローブ領どころか国内全土でも不在です。制度だけ残ってる状態です」
「そのクラスになると、さぞ英雄とか勇者って言われてたレベルなんだろうな」
「昔の記録ですが、『国家規模の危機を幾度も救い、そのたびに次の冒険へ旅立った赤毛の剣士』に対して認定された事があるそうですよ」
「そんな日常的に国家の危機が訪れるのも問題かと思うんだ」
「ヒカルさんも冒険者登録しているんですよね。等級は何なんですか?」
「お、俺か……?」
ついに聞かれてしまった。
ここはソシエもいるし隠さないで本当のことを言うしかない。
「……も」
「も?」
「……もっ、木級」
空気が一瞬固まった。
「ぶははははは! お前さんまだ木級だったんか!」
「わ、悪いかっ!」
「ザーコ、ザーコ! よわよわ童貞冒険者~」
「ど、どど童貞ちゃうわ!」
ここぞとばかりにカゼルドがバカにしてくる。
くっ、屈辱だっ!
「ヒカルさんは最初の依頼を受けたきりですものね」
「あの時は困難だった……」
「城壁のすぐ外でいっぱい自生してる薬草を採っただけですね。勝手に難易度上げないでください」
「それでも採集中に魔物にいっぱい襲われて血を流したしな」
「大量のやぶ蚊に血を吸われただけのことをそういう風に表現するのは新鮮ですね」
「しばらく痒みで眠れなかったんだよ!」
日本みたいな現代医療品のかゆみ止めもないし、あの時は辛かったな。
「それとは別に底辺――失礼、駆け出し冒険者向けの依頼をお探しですか?」
「今、底辺って言ったよね?」
「ミリガリル湖方面で手頃なのないかの?」
俺を押しのけてカゼルドに割り込まれる。
「ちょうど昨日ぺぺスライムの採集依頼が入りましたね」
「ペペスライムってなんだよ……」
スライムはわかるよ。
『ぺぺ』ってなんだよ。なにかの特徴を表しているんだろうけど。
「危険度がほとんどゼロの魔物です。資料室に魔物の図鑑もありますので、ぜひご参考ください」
「わかったよ。今度ちゃんと勉強しておくからさ、今は教えてくれ」
「お前そりゃあれよ。適度なぬるぬるとした粘度があってだな……」
鼻の穴をぷくっと膨らませるな。
スケベなこと考えてる男の表情ってすぐわかるよな。
俺も気を付けよう。
「なんとなく用途がわかったから言わなくていい」
「主に性的な行為によく利用されますね」
「言っちゃったよ!」
仮にも女性なのに表情ひとつ変えずに良くもまぁしれっと口にできるもんだな。
「加工しないでそのまま塗ると雑菌も有るしとても危険じゃぞ」
「だろうね」
「性への好奇心に目覚めた10代前半の男子がよく試して治療院に運び込まれるのが風物詩となっておる」
「最低の風物詩だな」
「この依頼なら推奨等級は有りませんし、ペペスライムはミシガリル湖周辺の湿地帯にも多くいるのでぴったりかと」
難易度も低く、目的地も同じ。
内容は最低だけどこれで妥協するか。
妥協。
妥協は人生で大事である。
「……この依頼でいいか?」
ファナとカゼルドに確認すると、二人とも頷いた。
異議なし。
「わかった。受けさせてもらう」
「承知いたしました。では手続きをいたしますのでカウンターへどうぞ」
「やっぱり依頼主は娼館とかそういう所?」
依頼主は希望がない限りは基本的に公開される。
素性を知らない人からの依頼は冒険者が警戒して受注されにくいからだ。
「こちらをご確認ください」
カウンターに移動したソシエから依頼票を渡される。
どれどれ。
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【依頼】
目的:ペペ・スライムの収集
推奨等級:木級以上
必要量:指定の容器の八分目くらい
期限:なるはや
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期限の『なるはや』とかいう表記に微妙とイラっとしつつ、依頼票を読み進めていく。
内容自体には特に問題は無さそうだった。
内容自体には。
一番下の依頼人の項目に見覚えのある名前。
「依頼人はアンディ=エルクグローブ様ですね」
「……この依頼書破ってもいい?」




