第16話 エロゲの主人公
ビールは工場で作るものとしか認識してなかった。
それの先祖にあたるエールは、家庭で作るのも珍しくないんだってさ。
家庭ごとに味が少しずつ違ったりしてな。
おばあちゃんが仕込む梅酒みたいなものだろうか。
地域によっては水が衛生的じゃないから、日常的な飲み物として飲むところもあるらしい。
この街は比較的に衛生環境がいいから、そこまで気を付ける必要はないみたいだけど。
「くうっ! 美味しいッ! もう一杯!」
カゼルドがそのご家庭――つまり家で仕込んだエールを飲み干す。
青汁のCMかよ。
「ファナよ。エールをもう一杯頼む」
「は~い」
「返事は『はい、喜んで!』だと雰囲気が出るぞ。覚えておくがよい」
「はい、喜んで!」
ファナが食堂の脇にある大樽からエールを注ぐ。
「お待たせしました」
「うむ、ありがとう。嬢ちゃんかわいいねぇ」
「えへへ」
居酒屋の女の子のバイトと客の親父?
「ヒカルよ……つまりあれか? 【かくかくしかじか】ということだったんだな?」
「お前の変数【かくかくしかじか】にどれくらいの文脈が含まれてるのか、さっぱりわからん」
半裸の俺。
そしてその俺のズボンを脱がそうとするファナ。
これを見てテンションがMAXとなったカゼルドとハルパに事情を理解させるのには手間がかかった。
というか、半分くらいわざと理解できない振りをしていたと思う。
賭けてもいいぞ。
誤解を解いた後、ハルパは仕事に戻って行った。
仕事中に人の家で悪ふざけしてるんじゃないよ。
その後にカゼルドにはファナと出会ってからの事を一通り伝えてある。
「書き置きで『女を連れ込むなよ』って冗談で書いたのに、本当に連れ込んでいたからワシびっくりしちゃった」
「本気でアンタに未来視能力でも有るのかと思ったぞ」
「まぁでもエロゲの主人公みたいな外見しているから、おかしくはないんだが」
「エロゲの主人公!?」
エロゲあるの!?
「あん? エルドリック=ローエングリン=ゲーマルク――略してエロゲ先生の官能冒険譚を知らんのか?」
「知らねぇよ!」
「その主人公の挿絵はお前さんと特徴がそっくりでのぅ」
「ああそう……」
今度、もう少し前髪を切ることにしよう。
目元までかかっているもんな。うん。
「かんのう冒険譚……?」
「ファナはその単語を忘れような」
「はい、喜んで!」
「その返事はエールを注ぐ時だけな」
いかん、ファナにどんどん余計な知識がついてきてしまう。
このままでは俗物エルフ一直線だ。
「そっちこそ何処行ってたんだよ?」
「寂しかった? 『俺は一人で大丈夫』みたいな孤高な雰囲気出してるくせに寂しかった?」
「まーったく寂しくなかったな!」
「寂しくなかったけどファナを拾って一緒に住んじゃうもんね」
「てめぇ、もう許さん!」
立ち上がってカゼルドの胸倉を掴もうとしたが、避けられる。
俺は続けて手を繰り出すが、全て虚空を掴むだけ。
ドワーフって力と頑強さに比べて素早さは劣るとかじゃないのかよ。
なんでこんなに身軽なんだ。
「ふふふ……甘いなヒカルよ」
「ぜぇぜぇ……」
「まぁ落ち着け。ちょっとエルクハイムまで行ってただけよ」
「エルクハイム? なんでまた」
エルクハイムとはこのエルクグローブ辺境領の本拠地のことだ。
いわゆる領都。
アンディ様の父親が治めている。
「こいつを手に入れにな」
カゼルドはにやりと笑って机の上にガラスの円筒上の小瓶を置く。
瓶は上部を覆うように蓋がされ、透明な液体が満たされている。
「わぁ、何ですかこれ? ポーション?」
おお、これが回復薬か。
飲むだけで傷とか治るのだろうか。
「ふふふ、そんなものではないわ」
まさか、有名なエリクサーか。
本当に腕とか欠損しても治るんだろうか。
「新作の蒸留酒じゃい!」
「ワンカップ大関じゃねぇか!」
いや、日本酒か蒸留酒かの違いはあるけどさぁ。
「まだ先行販売品なのでラベルとかないんじゃよ」
「じゃ大関じゃないか」
「青いラベルに白い文字で商品名を入れるらしいんじゃがな
「大関だな」
「これに半分くらい飲んだ後、スープの出汁を入れて割るとこれがまた美味しくてなぁ」
「紛れもなく大関だな」
「領都でこれが先行販売されると聞いてのぅ。居ても立っても居られずに出かけてしまったわガハハ」
ドワーフは酒好きというのが定番のようだけど、カゼルドも例に漏れずにそのようだ。
それにしてもエルクハイムってかなり離れていたかと思う。
馬車でも片道二日は最低でもかかるはず。
「フットワークが軽いにも限度があるだろ」
「乗るしかない、このビッグウェーブに」
「お前の血流にアルコールならもう乗ってるだろ」
カゼルドは満足そうにエールを飲んでいたが、ふとファナの方へ目を向けた。
「ファナの部屋はどこにしたんか?」
「空き部屋を普通に使ってもらってるが」
この家、部屋だけは多いからな。
空き部屋一つをファナに割り当てたけど、まだまだ残ってる。
「家具はどうしたんだ。ベッドもないだろう。まさかお前達寝る時だけ……」
「違うわ! 床に寝具敷いて寝てもらってるわ」
「えっ……自分だけベッドで寝て女の子を床に寝させてるの? 最低~」
うっ、そう言われるとそうかもしれん。
反論できねぇ。
「私は別に大丈夫ですけど」
ファナがフォローしてくれる。
うう、優しい娘だ。
「いや、でも確かに配慮が足りなかった。すまん」
「森では地面の上や木の上で寝る時も有りますし、屋根も壁もあるからとても快適ですけれど……?」
あ、フォローじゃないわ。
素だわ。
比較対象がおかしい。
超ブラック企業に勤めてた人が普通の企業に転職した時のような感じになってる。
「あとで木工職人の所に行ってベッドとか買ってくるか」
既製品があればいいけど。
無ければオーダーでしばら納品待ちになってしまうな。
「なにも家具工房のとこに行かなくてもワシが作ろう」
「材料足りるか?」
工房と庭には確かに木材が転がっているが。
「ほとんどは足りると思うんじゃが、少し心許ないかものぅ。というわけでさっそく小銭稼ぎも兼ねて採集に皆で行くぞ」
「え、帰ってきたばかりなのに?」
「いつまでもファナを床に寝かせておくんか?」
それを言われると辛いな。
「それもそうだな」
俺はファナの顔を見ながら頷いた。
「わー、お出かけですね」
ファナは喜んで左右の耳をぴょこぴょこと上下させる。
それを見て思い出した事があった。
「ああそうだ。ファナ、耳飾り持ってこい。出発前にカゼルドに見てもらおう」
「あ! はーい」
俺の指示にファナはバカ三兄弟に壊された耳飾りをすぐ部屋から持ってきた。
カゼルドに渡して確認してもらう。
ルーペを覗き込みながら真剣な顔をして作業する姿は、職人としてのカッコ良さも感じるんだがな。
「直せそうか?」
「お前の斜に構えたような性格を矯正する事に比べたら簡単じゃな」
「前半部分は不要な返しだな」
心の中だけど、褒めて損した。
「留め具の部分は何てことない一般的な作りじゃな。メインの光晶石がぐらついとる件じゃが、台座の方を手直ししたあと接着剤が必要じゃな」
「なんだ簡単に直りそうだな」
簡単というと素人意見で申しわけないかもしれないが、修復不能では無さそうなので安心する。
「それがじゃのう、光晶石を接着するには月晶石を粉末状に加工して混ぜた特殊なのが必要でな」
「光とか月とか紛らわしい」
「組成が近いらしいからのぅ。対となる名前を付けられたんじゃろうな」
「ふーん。で、店で買えるのか?」
その特殊な接着剤そのものか、または月晶石が手に入ればいいんだろ。
店で売ってるなら買えばいいだけだ。
「月晶石はエルクハイムなら売ってるじゃろうけど、ここじゃ扱ってなかろう。知ってれば買ってきておいたんじゃがな」
カゼルドは耳飾りの事を知らなかったんだし、それは仕方のないことだ。
「材料さえあれば直せるのが分かったならいいさ。良かったな、ファナ」
「はい! エルクハイムへの行き方も覚えておきます」
「今からならエルクハイムまで行かなくてもいいぞ」
「え?」
やる気を出したファナに水を差すように止めるカゼルド。
エルクハイムに行かないと手に入らないんじゃないのか?
「ワシがさっき言ってた採集地はミシガリル湖じゃ。そこで月晶石も採取できる」
「おお!」
「ついでにギルドでそっち方面の依頼も受けてくるか。ベッドの素材入手、耳飾りの素材入手、依頼達成と一石三鳥じゃな」
ファナのベッドも用意できるし、お金も入るし、何より耳飾りが直るのが一番嬉しい。
何となくファナに後ろめたさを感じていた部分だからな。
ファナ自身はまったく気にしていないというのも分かっているけど。
「じゃ、早速準備したら出発するか」
「おう」
「は~い!」
俺達は手早く出発の準備を整え、家を出た。
まずは冒険者ギルドだ。




