第14話 酒場『ふたつの瞳』
酒場『ふたつの瞳』は冒険者ギルドの隣に建っている。
その立地から多くの冒険者達が訪れ、料理や酒を楽しんできた。
店名は冒険者達を『やさしく見守りたい』というナスビル店長の想いが由来と言われるとか何とか。
絶対嘘だと思う。
あの人はテーブルの端でニヤニヤと人の話に耳を傾けるタイプだ。
そんな由来は後付けだよ、後付け。
とにかくここが俺の職場。
冒険者登録もしてることだし、そっちで生活の糧を稼げばいいと思われるかもしれない。
でもね、素材の採集依頼とかならいいけど、護衛とか討伐って多分しんどいよ。
草むしり検定に受かってそれだけやっていたい。
そもそも平和な日本に暮らしてた俺が、日常的に武器を持っての命のやり取りなんて無理だよ。
この前のゴロツキ三兄弟の件だって内心はキツかったのに。
同じ刃物を振るうなら、包丁やフライパンを振るう方が絶対いいって。
「と、言うわけでチャーハンできました」
出来上がったばかりの大皿チャーハンをテーブルに置く。
「何が『と、言うわけで』とかわからないけど、待ち望んでいたよ」
「わー、お米を炒めたんですか?」
「こりゃ美味しそうな匂い! お替わり確定!」
テーブルを囲んでいるのはアンディ様とファナ、そして常連の占い師のタボンさん。
三人とも俺の作ったチャーハンに目を輝かせており、悪い気はしない。
ゴロツキ三兄弟との闘いの翌日も俺はゆっくりできなかった。
まずはギルドから紹介してもらったファナの宿のキャンセル手続きを行い、その次にアンディ様に事の顛末を臨時で報告した。
衛兵とともに現場の廃倉庫に行ったり、まぁまぁ駆けずり回ったのだ。
そしてそれから数日経った今朝、いろいろ『片付いた』からとアンディ様から呼び出しがあった。
せっかくだから夕食でも食べながら、というわけでここに集まったのだ。
ちなみにタボンさんはゴロツキ三兄弟の情報提供をしてくれたお礼ね。
アンディ様は店に来るなり、ファナに一言二言声をかけただけで、疲れた顔をして『チャーハンが久々に食べたい』と言い出した。
ただでさえ忙しい市政の仕事に、俺が持ち込んだ――正確にはファナがきっかけで起きた件が積み重なって忙殺されていたのだろう。
迷惑をかけたという後ろめたさもあるので、素直にご希望のチャーハンを振舞うことにした。
「アンディ様、エールです」
俺のチャーハンに合わせてナスビル店長がエールを運んできた。
立場が上の人への気遣いが良くできるタイプ。
世渡り上手。
「ありがとう。店長も飲もうよ」
「そうしたいのは山々なんですが、『急に店を使わせてくれ』って言い出す人がいますからね。やる事がいっぱいあるんですよ」
「はっはっは。そりゃ酷い奴がいるもんだね。あっはっはっは」
店長の目に殺意が宿った!?
「さて、冷めるのが勿体ないから食べようか」
「頂きまーす!」
「空腹限界っ!」
ファナがスプーンでチャーハンを口に入れる。
小さな口でもぐもぐと咀嚼して、飲み込んだ。
「……っ」
泣いてる!?
グルメ漫画でありがちな具現化超常演出とか、こいつの魔力で起こさないよね?
「こ、これ……美味し過ぎます。何なんですか」
「焼き飯。炊いたお米を卵と端切れの肉とネギで炒めたもの」
本当はもっと元の世界の料理を作ってみたい。
でも手に入らない調味料や材料も多いのよ。
そんな中、チャーハンはここの街でも簡単にできる料理。
試しに賄いで作ってみたところ、あっという間に他の従業員に広まった。
そしてそのまま新メニューのひとつになってしまった。
「ヒカルくんの作る料理は絶品でねぇ。私の屋敷の料理人に転属しないかい?」
「お貴族様に正式に出すような料理は作れないのでパスします」
居酒屋料理ならともかく、ドレスコードがあるレストランようなお貴族様向けのメニューはさすがに作れない。
「残念、料理人でも振られてしまったか。なんで私の所で頑なに働かないのかねぇ」
「パワハラしてくる店長がいる所の方が気が楽なので」
「ヒカル! 聞こえたぞぉ!」
調理場の方から怒鳴り声だけ飛んできた。
よく聞こえたな。
地獄耳だな。
素直に感心していたら、アンディ様が席を立って隣に立つ。
そして耳打ちをしてくる。
「しかしだねぇヒカルくん、異世界人と言ったら『チートスキルでバトル無双! 元の世界の知識でも無双! ハーレムうはうは!』という相場なのではないかね?」
俺が異世界人だという事が周りにバレないように配慮してるひそひそ声だ。
「アンタのその変に偏った異世界人知識はどこから仕入れたんだよ」
「色んな国々に伝承が残っていてね。皆さんかなりの確率で同じような人生を過ごしていたみたいだから」
「まじか」
何やってんの、先輩方!?
「だからヒカルくんもそのうち欲望の限りを実現させるものだとばかり」
「人聞きが悪い」
「私の右腕になって街やエルクグローブ領を盛り上げていこうよぉ。望みが叶うよぉ?」
「しねぇっーの」
「街の発展させるの楽しいよぉ? 住宅地と商業地と工業地をバランスよく市民の需要に合わせて整備してさぁ」
「市民のことをシムって呼んでそうな代官ムーブやめてくれる?」
「何のお話してるんですか?」
立ち話している俺達にファナが疑問を持ったようだ。
「大したことじゃない。ね、アンディ様」
「……ふーっ」
「耳に息を吹きかけるなっ!」
「はっはっは、ごめんごめん」
わりと本気で殴ろうかと思った。
アンディ様は逃げるように俺から離れると、自分の席に戻る。
「では、気を取り直して本題に入ろうか」
「はい」
「例の三兄弟だけど、名はそこそこ知られてたみたいだけど、特に何かしらの組織とは関係なかったよ。北区や城壁外エリアを主に活動範囲としているただのゴロツキだね」
タボンさんがゆっくりと頷いた。
彼女の持ってる情報と相違がないってことだろう。
「どうだい、私の占いは凄いだろう?」
「アンタ見てただけじゃないか」
まぁ、そのおかげで助かったから大感謝だが。
「あいつら奴隷商に引き渡すような感じでしたが」
チラリとファナを見る。
ファナはあまり話には興味無さそうにチャーハンを味わっている。
……お前、未遂とはいえ被害者なんだが。
「ま、そんなところだね。でも三兄弟は既に捕縛されてるし、背後に特に面倒な組織もなかった。それでおしまい」
面倒事にならなそうでよかった。
ほとぼりが冷めた時に逆恨みにて闇討ちとかごめんだしな。
「アイツら自体はそれで終わりで安心だけど、今後も似たような奴らに狙われるのもなぁ」
「それも問題ないさ」
ニヤリと笑う。
白い歯がキラリと光った。
ホワイトニングなんてないはずのこの世界で、不自然に白いからイラっとした。
「オツムが足りないゴロツキ達のケツ持ちとなってる商人に対して、ファナくんの事をよーく言い聞かせておいたよ」
いくら素材の良い『商品』を手に入れたとて、換金ができなければ意味がない。
そればかりか後ろ盾になってくれてる人達から睨まれる可能性もあるのならば、ゴロツキ達もファナを狙う事は無くなるか。
メリットの無い事は人はやらないからな。
「ファナ、もう街を一人で歩いても大丈夫だってさ」
「……?」
怪訝な顔をするな。
話をまったく聞いてなかったのは分かっていたけどさぁ。
「じゃあ、明日からはガンガン働いてくれても大丈夫だな?」
いつの間にか近くに居た店長に肩を叩かれた。
エールのお替わりを持ってきてたようだ。
「ヒカルの料理が喰いたいって常連達がうるさくてたまらんのさ」
「そうさ、私もそのうるさい常連一人としてヒカルの料理を待ち望んでいてねぇ」
「はは……」
空いた木製ジョッキや皿を下げて調理場に戻る店長の足取りが心なしか軽く見える。
ファナの件が落ち着くまで、連休に続けて働くのを控えさせてもらってたからな。
こういうふうに必要とされてるのは悪い気はしない。
「ヒカルくんもファナくんも、いつまでも二人セットでいないといけないのも困るだろう?」
確かにいろいろ制限されてた部分はあるので、そろそろ自由に動ける日常に戻りたいもんだ。
「私はずっと一緒でもいいですけれど」
「ちょっ」
馬鹿! そういうこと言うとアンディ様が勘違いするだろ。
ほらっ、ニヤニヤしてる。
気持ち悪い顔っ!
「ほ~ぅ? 随分と短期間で懐かれてるねぇ。これは近いうちに増えるかもしれないな」
「何がです?」
「この街のエルフの人口がね!」
「増えねぇよ!」
「ヒカルさん、良く分からないですけれど、人が増えた方が賑やかで楽しいですよ」
「そうだそうだ!」
「どれ、私もあんたらの恋愛運を占ってあげようか?」
アンディは唐突に立ち上がり、エールを掲げた。
「シガル市とヒカルくんのこれからの躍進とご健勝を祈って……カンパーイ!!」
「カンパーイ!!」
「カンパーイ!!」
俺を置いてけぼりにして盛り上がる三人を見てたら頭が痛くなってきた。
現実逃避をするために、俺もエールをあおった。
第一章はこれにて終わりです。




