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第13話 椅子をもうひとつ

 俺が展開した障壁はライトの魔法を問題無く無効化した。

 次の魔法の実行までは猶予がある。

 身体強化での攻撃を全力で叩き込める。


「させるかよぉぉぉ!」


 ライトを守るようにアポロが立ち塞がってきた。

 砕かれた肋の痛みを感じてないのかよ。

 脳内でアドレナリンがドパドパ湧き出ているのだろうか。

 ドパガキーーいやガキって年齢じゃないな、ドパオジ。


 再度アポロを最速で片付けたとしよう。

 でも、それだとライトに態勢を整える時間を与えてしまうだろう。

 せっかくこちらが魔法を使えることを隠しておいて作った好機。

 それなのにまた膠着状態に戻されるのは面白くない。


 長身のアポロが腕を振り上げると、片手斧はかなり高い位置となる。

 そこから振り下ろされる斧の威力は、身体強化での防御は不可だろう。

 魔法で伏せぐか、回避するか。

 ライトは次の魔法の準備に入ろうとしている。


 俺は下がらず、横にも逸れず、素早く前に動く。

 アポロの懐に入るのは簡単だった。


「うっ!」


 驚愕するアポロの顔面に素早くジャブを二連打で動きを止める。

 続いて間髪入れずにボディブロー。

 鳩尾に拳をめり込ませてやる。


「おえっ!!」


 ヨダレだか胃液だかわからないが、身体を『く』の字に折り曲げたアポロの口から液体が飛ぶ。

 汚ねぇ。

 あとで念入りに洗った後に消毒するぞ。


 力の抜けた手からは片手斧が落ち、振り上げた腕は力が抜けだらんと下がる。

 その腕を掴み俺はアポロを背負い込んだ。

 ボディブローが効いたのか、抵抗する力は感じられなかった。


「でやぁー!」


 そのまま背負い投げの要領でライトに向けて投げつけた。

 荒れた街のゴロツキを相手取るには、この伝統のコンボが必要不可欠なんだよ。

 

 アポロの巨体が舞う。

 ライトはギリギリで避けて魔法を放つこともできなくはなかっただろう。

 でも受け止めることを選んだようだ。

 弟想いな所だけは確かなんだな。


「グハッ!」


 残念なことに平均的な体格のライトでは、大柄なアポロを受け止めきれなかった。

 男二人はもつれて壁に叩き付けられる。

 衝撃は中々大きかったようで、倉庫全体が微かに揺れた。 


 アポロは再度リタイヤだろうが、ライトはまだ戦闘能力を失っていない。

 崩れた態勢からでも魔法を放つことはできる。

 完全に無力化するために追撃が必要。


「……!」


 顔でも踏み抜いてやろうかと思ったが、気を失ったアポロがライトに覆いかぶさって邪魔だ。

 この体制では打撃を通せない。

 アポロの身体の隙間から覗く、ライトの顔が笑ってる。

 勝利を確信した顔だ。

 手はこちらに向けれてないが、先ほどの座標指定型の魔法なら関係ないだろう。

 詠唱さえすれば魔法が実行される直前――


 しかし、そうはさせない。


「<放射:電撃!!>」


 俺の手から放たれた青白い電流が放たれる。

 それはライトとアポロの身体を一瞬で駆け抜けた。

 爆ぜるような放電音とともに、オゾン臭が俺の鼻を刺激する。

 男二人の身体は一瞬だけ硬直し、弓なりにビクンと跳ねた。

 そして糸の切れた人形のように力が抜ける。

 オゾン臭に混じり、肉が焦げた匂いが少し漂った。


「術式の構築が……早過ぎる……」

「悪いな。ちょっとだけ自信がある」

「ど、どこで習った……」


 恐らく独学で身に付けたであろうご自慢の魔法の技術を上回られたのだ。

 今際の際に気になるようだな。

 ちなみに別に死ぬほどの威力にはしていない。 


「日本情報処理専門学校だ」

「ど……どこだ……?」


 ライトはそう言い残し、動かなくなった。

 気絶したようだ。

 当然知る訳はないよな。

 知ってたらびっくりだよ。


「…………」


 俺は動かない。

 じーっとこいつらを見る。

 ほら、こういう時って油断したら背後から襲ってくるのって良くあるじゃん。

 残心を忘れないように。


「…………」


 念のためもう一発電撃入れとく?

 ……さすがに可哀想か。


 長い棒切れを拾い、突いてみる。

 アラレちゃんがうんこを突くように。

 こいつらは街のうんこみたいな物だから、同じ構図だよね。

 うん、動かない。


「安全ヨシッ!」


 これは完全に俺の勝利が確定ということで、いいね?

 ほんの少しだけ警戒を維持しながら、壁際で眠るファナのところへ向かう。

 途中、床に落ちていたファナの耳飾りを拾う。

 これも忘れるわけにはいかない。


 アポロに叩かれたファナの頬を再度確認する。

 赤みがあるだけでほとんど腫れはない。

 よかった。大した事なさそう。 

 もし痕でも残ってたら、あいつらを骨まで焼き尽くさないといけない所だったぞ。


「んしょ……」


 ファナをお姫様抱っこでかかえる。

 やたら軽いな。

 

 倉庫から外に出る。

 一応確認するとダイヤはまだ気絶していた。

 こいつが一番軽傷だな。

 それでも全治数か月だろうけど。


 ま、これなら家まで尾行されることもないだろう。

 安心して帰ろう。


「う~ん……豆は嫌です……」


 ファナは家に帰るまでの間、ずっと不思議なうなされ方をしていた。



 ***



 夜風が穏やかに吹く自宅の簡易バルコニー。

 ファナを部屋に寝かせ、俺自身もあとはもう寝るだけの状態まで準備を済ます。

 早々にベッドで気絶しようかどうかと悩んだが、やはりここでまったりする事を選んだ。


「……はぁ」


 ひとつ置かれた椅子に座り、大きく息を吐いた。

 全身に残る疲労感。

 栄養ドリンクを誰か買ってきてくれ。


「……休みが潰れた」


 せっかくの二連休。

 ファナと出会ってからの怒涛のイベントの連続であっという間に過ぎ去ってしまった。

 これで明日はいつも通りの日常ってことで仕事するの?

 そんな簡単に切り替えられないよ。


 こんな気分の時は缶ビールでも飲みたいところだが、さすがにそれは無い。

 そのうち『日本の知識やチートスキルを活かして色んな物を発明!』って流れで缶ビールも再現したいもんだ。

 缶の知識も、ビールの詳しい製法も、チートスキルも無いけどね!

 ははは……悲しいね。


「……ヒカルさん」


 背後から声を掛けられる。

 頭だけ向けるとファナがバルコニーに出てくる所だった。


「目が覚めたか」

「見覚えのある天井だったので、すごく安心しました」


 椅子が一脚しかないので、ファナは立ったまま。

 替わった方がいいか、ちょっと逡巡する。


「身体は大丈夫か?」

「はい。ただの眠り薬だったみたいです」

「ぐっすり眠れて良かったな」


 元気そうだからこのままでいいか。


「ヒカルさんが言ったように、目覚めた時には本当に解決していましたね」

「俺は約束は守る主義だ」

「はい!」


 ニッコリと笑う。


「耳飾りなんだけどさ、一緒に部屋に置いといたが……」


 ちょっと言いにくい。


「もう見ました。光晶石が外れそうになってますね。留め具部分も壊れてました」


 光晶石は耳飾りの中心となる石のことだろう。

 確かにぐらぐらしてた気がする。 


「そうか……」

「お母さんから貰った大事な耳飾りだったんです」

「形見だったのか」

「着けてると一緒にいる感じがして安心できたんですけど、仕方ないですよね」


 ファナは寂しそうに視線を落とす。

 あの三馬鹿は本当に余計な事をしてくれやがった。


「拾っておいてくださってありがとうございます。石が外れて失くしたくないですし、大事にしまっておくことにします」

「同居人(カゼルド)が帰ってきたら見てもらおう」

「帰ってきたら?」


 ああ、そうか。

 これは伝えておかないと。

 アンディ様の指示だしな。

 俺も心の中で『それ』を望んでいるかどうかは、深く掘らないことにしておくが。


「帰ってくるまでも、それからもお前さえ良ければ家に住んでていいぞ」

「……は、はいっ!」

「うわ、声でかい」


 明るい大きな返事。

 あからさまに嬉しそう。


「み、耳飾りの修理もダメ元でだぞ?」


 期待させておいてダメだったら可哀想だからな。

 けっして話題を誤魔化した訳じゃないぞ。


「ふふふ……」


 ファナが小さく笑う。


「なんで薬なんて盛られたんだよ」

「宿に着いたあと、夕ご飯を食べようと外に出たんです。外で食べれるお店で美味しそうなのを見つけてそこにしました」

「ふむふむ」

「そして食事を楽しんでいたら、あの人達が急に現われて謝ってきたんです。

 こう『すまなかった!』って……」


 ファナは気を付けの姿勢から謝罪する動きを再現する。

 角度は九十度。

 腰が直角。

 あいつら、演技なら謝れるんだな。


「それで?」

「謝って頂いたので許して、一緒にあの場で食事をすることになって」

「よくあの格好の男達と周囲の目が有る所で一緒にメシを食べる気になったな……」


 俺なら恥ずかしくて無理。


「そして飲み物を頂いて、少し変な味がしたんです」

「変な味?」

「苦かったような……その後は急に眠くなって、気付いたらあそこにいました。朦朧としてましたが、ヒカルさんの事を教えろって何回も」

「なるほどな」


 タボンさんから聞いた話と大体同じだな、

 今回のMVPは何気にあの人だと思う。

 あそこでタボンさんが見ていなかったら、ファナは今頃――


「あのお兄さん達、すっごく怖かったんです。森(・)の魔物より全然弱いのに不思議ですよね」

「人間は善人ばかりじゃない」

「…………」

「わずかな自分達の利益のために、他人に簡単に酷いことをする奴らも沢山いるんだ」

「……はい」


 自分さえ良ければ他はどうでもいい。

 そんな人間はいる。

 いるんだ。


「人の悪意をいきなり浴びせられたんだ。恐怖に竦んでも無理もない」

「そういう人達もいるかもしれないですね。……でも」

「でも?」

「ヒ、ヒカルさんはとっっっっっても良い人です!!」

「……へ?」

「こ、これからもよろしくお願いします! おやすみなさいっ!!」


 ファナは凄い勢いで捲し立てると、瞬間移動かと思える速度で家の中に消えて行った。

 たった今、ファナとの物理的な距離は開いたはずなのに、違う距離が縮まったような気がする。


「椅子、もうひとつ置くかな」


 俺は頬をポリポリと掻いて呟いた。

 耳が熱い。

 夜風よ、もっと吹いて冷やしてくれ。

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