第12話 魔法の常識
油断ってやつだ。
アポロ、ダイヤのモヒカン兄弟が俺を舐めていたように、俺もライトを見くびっていた。
お天道様の下を胸を張って歩けないようなことをしている奴らだ。
どうせ目先のことしか考えていない。
そんなのが術式を理解して、魔力を操り、魔法を行使してくる。
想定をしていなかった攻撃に反応が一瞬遅れる。
しかし、幸いなことに身体強化を維持したままだったので回避は間に合った。
眼前に迫りくる火球を紙一重で横に跳んで躱す。
火球は俺の背面の壁に衝突すると炎を撒き散らした。
照らされる熱で背中が熱い。
直撃していたら単純な火傷では済まないだろう。
「よく避けたな――」
回避した流れで地面を蹴ってライトまでの距離を詰めるつもりだったが、予定を変えなくてはいけなくなった。
ライトが次の魔法の準備をしていたからだ。
状況をよく見て臨機応変に動けないとダメだよな。
異世界に何の準備も無くて放り出されて半年生活して来たんだ。
少しは自信がある。
「<ナンバー:88―88!!>」
先ほどの単発の大き目な火球とは違い、今度は複数の拳大の炎の弾を散らばる様に撃ってきた。
火炎の散弾銃のようだ。
「うわっ!」
臨機応変に動ける自信があると言ったな、あれは嘘だ。
正直、滅茶苦茶焦る。
地面に着く前に空中で態勢を整え、背後の壁を足場にして蹴って軌道を無理やり変えた。
いわゆる若島津くんの三角跳びってやつ。
直撃は避けたが炎の弾のひとつが足を掠めていった。
化学繊維の服だったら発火してたかも知れない。
まさしくヒヤリ・ハット。
無理な態勢で跳んだのでスマートな着地は無理。
前回り受け身のように転がり、その勢いで積まれた木箱の陰に身を隠す。
「逃げるのが上手いじゃないか。倉庫に相応しいネズミみたいだぞ」
ライトは追撃で追いかけてはこなかった。
身体強化が使える俺に迂闊に距離を詰めたら、不利になるからだろう。
もっとゴロツキの一員らしく、軽率な行動をしてくれてもいいのにさ。
倉庫の中に物が焦げた匂いが少し漂う。
やつの火魔法で壁や床が焦げたんだろう。
こんな木箱や廃材が転がるような室内で、火系の魔法を使うのはイカれてるな。
火事になったらどうするつもりだよ。
でも火系だからこそ運が良かったとも言える。
これが速度に優れる光熱波や雷撃系なら被弾してた。
あいつが得意なのは火魔法なんだろう。
この状況で連続して使ってきているんだから。
こういう時は得意なものが咄嗟に出てくるもんだ。
「どうした? かくれんぼして遊びたいのか?」
「かくれんぼが好きなのはお前らだろ? 普段、衛兵から隠れてるんだろうからさ」
「……舐めた口を」
遮蔽物の木箱ごと攻撃してくるかと思ったが、ライトはしてこなかった。
このサイズの木箱で中身が詰まっていたら、魔法で貫通できるか不確実だからだろう。
人間が行使できる魔法の威力なんてそんなものなんだ。
ファナがおかしいんだよ。
「<ナンバー:80―00!!>」
ライトの詠唱に応えるように、炎の渦が俺の直上に急速に生成される。
「座標指定型!!」
正確な俺の位置はわからないはずなのに、何故ライトは分かったのか。
――って、俺か。
身体強化で全身がぼんやり発光してるんだから、『俺はここにいるぞ!』ってアピールしてたようなもんだ。
倉庫に侵入してきた時はちゃんと気を付けていたのに、咄嗟では忘れてしまう。
まだまだ経験不足だ。
人間の魔法の威力が大してことないと言っても、それはエルフと比較してのお話。
目の当たりにしたファナの魔法の威力が鮮明に記憶に焼き付いてるから、仕方がない。
人間の魔法でもまともに喰らえばしっかりと致命傷になる。
炎が降り注ぐ寸前、木箱の陰から地面を蹴って飛び出す。
ライトに俺の姿を晒してしまうことになるが、この魔法が実行中なので追撃はないはず。
今度は別の積まれた麻袋の陰に逃げ込み、身体強化を解除する。
素の肉体強度や反射速度になるので心細い。
その代わりに、遮蔽物越しにピンポイントで狙われることもないだろう。
どうせ炎に巻かれたら身体強化中でもただでは済まない。
今は狙われない事を最優先としよう。
「丸焼きはお望みではなかったか?」
「この街は土葬文化かと思っていたが、俺の勘違いだったようだな」
「お前みたいに生意気なガキは生きたまま焼かれることも珍しくないんだよ」
こいつは思ったより厄介だな。
対抗する手段は有るには有るが……上手く使わないと膠着状態になるだけ。
あんまり時間をかけていると、あいつの弟達が目を覚まして戦線に復帰してくるかも知れない。
そうなったら不利になり過ぎる。
ライトがファナを人質に使ってこないのは幸いだな。
正々堂々ではなく、単純に商品価値が下がるのを嫌がってるだけだろうけど。
それでも形勢が不利になったらどうなるかわからない。
使いどころを考えて、一気に勝負を決めないと。
「<ナンバー:60―09!!>」
大きな破裂音。
俺が身を潜ませているのとは別の積まれている麻袋が崩れ倒れる。
崩された麻袋に穴でも空いたのだろう。
粒状の中身が波のような音を立てて床に散らばる。
火系ではない衝撃波の魔法で、遮蔽物を潰していく意図なんだろう。
このままでは隠れる場所がなくなってしまう。
悩んでるうちにどんどん他の木箱や棚が壊されていく。
やばい、時間の問題だ。
「<ナンバー:60―09!!>」
「……ッ!」
ライトの詠唱の声に合わせて身体強化を再び行う。
付随現象として身体から光が再び漏れる。
相手に位置を把握されてしまうが構わない。
大きな波のように崩れ落ちる麻袋の下を駆け抜け、身体を晒した。
麻袋から零れた複数の粒を踏んだ感触が足の裏に伝わってくる。
お互いに遮蔽物はなく、ライトと目が合った。
「ネズミが姿を現したなぁ!」
炙り出した俺を得意な炎魔法で焼こうとしていたのだろう。
ネズミ駆除なら薬殺か捕獲して水没で溺死させるもんじゃないのか?
残酷な手段をいちいち取るやつだな。
人間性が垣間見える。
「ナンバー88――グワッ!!」
ライトは魔法の起動句を最後まで唱えられなかった。
俺が身体強化の状態で足元に散らばった物――乾燥豆を思い切り投げつけたからだ。
イチロー・レーザービーム!!
カラカラに水分が抜けて密度がギュッとしまった豆はとても固い。
それを礫のように高速でぶつけられたのだ。
骨が折れるような威力ではないが、単純に痛いはず。
少なくとも俺は喰らいたくはない。
最近、よく豆を誰かに投げつけてるような気がするが、気のせいだろう。
起動句の詠唱を中断させたので、ライトの魔法は実行されない。
再び魔法の準備を行うまでにはタイムラグがあるはず。
この隙の間に十分に距離を詰められる。
足裏に十分に力を入れて蹴り出す。
ここが足場が倉庫の固い床で助かった。
重量物を置くのを想定されているので頑丈に作られている。
普通の建物の床の強度だと、あまり踏み込みが強いと抜けてしまう。
「もらった!」
ライトとの間合いを瞬時に無くなる。
走り抜けるこの勢いのまま、拳を振り抜いてやるつもりだ。
「……!!」
ライトの顔は焦りで歪まなかった。
ピンチなはずなのに闘争心を失っている表情ではない。
歪んでる人間性なんだから、顔をもそれに合わせて歪ませろよ。
『ざまぁ』を味わえなかったのは残念だが、構わず殴り抜いてやる。
「――死ねやクソガキィ!」
唐突に片手斧が前方の視界に飛び込んでくる。
身体強化の状態は身体の強度多少は上がる。
しかし、鉄の様に硬くなる訳ではない。
俺自身に勢いが付いてることもあり、このまま激突したら最悪両断されてしまうかもしれない。
「ちっ!」
殴りつける動作を無理に止めて上半身を低くする。
無理な動きに筋肉が悲鳴をあげるが、死ぬよりはいいだろう。
俺の筋肉よ、我慢しろ!
――ブオンッ!
斧が頭の上を通り過ぎる。
視界の端で斧の主を確認する。
さっき無力化したはずのアポロだった。
まじかよ、蹴りで肋を砕いてやったはずだろ。
恵まれた体格だからこそ為せることか?
立っているのもやっとだろうに、信じられない。
「ガアアアッ!」
続いて袈裟から落とすような追撃。
少しだけ後ろに飛び退く。
この少しの距離が痛い。
「アポロ、でかしたぞ!」
「ハァハァ……兄弟は力を合わさないとな、ライト兄!!」
美しき兄弟愛――って褒め称えてやりたい所だが、そんな余裕はない。
ライトはアポロが作ったわずかな時間で魔法の発動準備を終えている。
一瞬で戦局が変わって俺が危ない場面である。
「<ナンバー:80―08!!>」
至近距離で実行されたライトの魔法に視界が炎で埋め付くされた。
喰らえば炎に巻かれて全身が灼熱の痛みに覆われ、呼吸器は熱でやられて悶絶して苦しんで死ぬ。
またはアポロの恨みの斧の一撃で頭を割られるか。
どちらにせよ喰らう訳にはいかない。
瞬時に身体強化とは別の魔力の操作を行う。
こっちの速度には、実は少々自信がある。
「<展開:光障壁!!>」
俺の前方に半透明の光の壁――いわゆるバリアが出現する。
展開された障壁と火球がぶつかった瞬間、進めなくなった火球は膨れ上がり、左右へ弾け飛ぶ。
俺に届いたのはわずかな火球の熱だけとなる。
「てめぇも魔法を!?」
「使えないとは一言も言ってねぇよ!!」
【ライトの魔法の起動句】
■ナンバー:80―08
火炎弾(単発)
■ナンバー:88―88
火炎弾(散弾状)
■ナンバー:80―00
任意の場所に火炎弾を降らす
■ナンバー:60―09
衝撃波




