第88話 友への頼み
ルクヴェルに滞在する際、
エリオンがいつも好んで泊まる部屋がある。
今回も、レンセリオンはそこを手配していた。
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扉をノックすると、
すぐにエリオンが中へ通してくれる。
「お気遣い、感謝いたします」
その声音は、まるで――
心の内まで見透かしているかのように穏やかだった。
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しばらく、静かな時間が流れる。
エリオンは何も言わず、ただこちらを見つめている。
(……何か用事があるのだろう)
言葉にせずとも、
その問いは視線の中に浮かんでいた。
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レンセリオンは、軽く咳払いをする。
「先ほどの……その、馬車の話だが。
セレフィアの姫君に助けられた、と……」
エリオンはふっと表情を和らげ、
当時を思い返すように微笑んだ。
「ああ……ええ。
馬車の車輪がぬかるみに沈んでしまって、動かなくて。
そこへセレフィアの馬車が来ましてね……一緒に押してくださったんです」
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レンセリオンは、その光景を思い浮かべる。
そして、短く息をついた。
「そうか……大変だったな」
同時に――
ひとつの思いが、胸に浮かぶ。
(……優しい方なのだな)
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やがて、レンセリオンは顔を上げた。
エリオンをまっすぐに見据える。
「……十年来の友として。ひとつ、相談がある」
エリオンはわずかに目を見開き、
すぐに柔らかく笑った。
「なんでしょう?」
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一瞬だけ、言葉が詰まる。
それでも、レンセリオンは口を開いた。
「セレフィアの姫君を……噴水広場に連れてきてほしい」
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エリオンは、驚いたように瞬きをする。
「……分かりました。
ですが、差し支えなければ理由を?」
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ほんのわずかに、沈黙。
レンセリオンの耳が、かすかに赤く染まった。
「同じ印持ちとして……興味があるだけだ」
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そのあまりに誠実な言葉に、
エリオンはほっとしたように微笑む。
「そうですか。……ええ、分かりますよ。
印を持つ者として、僕たちが求めている光をお持ちの方ですからね」
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ふたりは、どこか照れくさそうに視線を交わした。
言葉にしなくても分かるものが、そこにあった。




