第85話 騎士団の結婚事情
騎士団本部――
第四騎士団ルクシオン衛団の詰所。
レンセリオンは腕を組んだまま、
険しい表情で考え込んでいた。
(婚約……そもそも俺が決めていい話ではない。
相手の承諾があってこそ成立するものだ。
それに――俺は女性とほとんど話したことがない)
一瞬、ある人物が脳裏をよぎる。
(セリナは……別だ。あれは女性として数えない)
考えに沈んでいた、そのときだった。
カイル・ヴァレンが、レンセリオンの前を横切った。
やけに険しい顔。
しかも、片眉だけが不自然に吊り上がっている。
昔から、こういう男だった。
人の張りつめた空気を、平然と崩してくる。
レンセリオンは思わず鼻で笑った。
「……何だ、その顔は。また俺の真似か?」
カイルは悪びれもせず、にやりと笑った。
「さすが殿下。よくお分かりで」
少し離れた場所で、ルーク・ハイディアがくくっと笑った。
カイルはさらに調子づく。
「どうしたんです?
王様に呼ばれてから、ずっと難しい顔してますよね」
レンセリオンは視線を逸らし、小さくため息をついた。
「あ、出ました。
物憂げな王子のため息」
「……」
「その顔、王都の令嬢方に見せたら倒れますよ」
カイルは胸の前で両手の指を重ね、
うっとりとレンセリオンを見上げる仕草をした。
「……殿下、なんて憂いを帯びたお顔……」
レンセリオンは横目でそれを見て、
堪えきれず、くすりと笑った。
「……やめろ。似合わない」
そのまま、カイルの顔をじっと見た。
「……慕う者はいるのか?」
カイルは一瞬、目を瞬かせた。
それから、すぐに胸を張る。
「もちろんいますよ。
殿下をお慕い申しております!」
レンセリオンは静かに首を振った。
「……違う。そうではない」
そして、わずかに声を落とした。
「……その。
結婚を約束している女性は、いるのか」
カイルの笑みが、ぴたりと止まった。
「……結婚、ですか?」
次の瞬間、わざとらしく耳に手を当てる。
「え? え? 何ですって?
急に聞こえなくなりました」
そう言いながら近づいてくるカイルの頭を、
レンセリオンは片手で静かに押しやった。
「……もういい。鍛錬に行くぞ」
レンセリオンは立ち上がり、
そのまま詰所を出た。
⸻
詰所を出て、石造りの回廊を数歩進んだところで、
ルークが音もなく隣に並んだ。
「いませんよ」
突然の返答に、
レンセリオンは一瞬、足を止めた。
ルークは真顔のまま続ける。
「私もいません」
「そ、そうか……」
わずかな動揺が、声に滲んだ。
(……休暇を与えるべきなのか?
いや、与えたところで相手がいないのなら……)
(……どうすればいいんだ、これは)
レンセリオンの悩みは、
むしろさらに深くなっていった。




