第81話 海の皿、揺れる視線と王の静かな勘
金蓋が外され、
淡く潮の香りがテーブルに広がった。
銀の皿に盛られたのは、透き通る白身魚。
光を受けて淡く輝き、
その上に添えられた柑橘のソースが、きらりと揺れている。
ひと口、運ぶ。
ふわりとほどける身と、
微かな塩の香りが、舌の上にやさしく広がった。
「……おいしい……」
思わず、声がこぼれる。
その瞬間――
王アウレインの視線が、そっとリリナへ向けられた。
観るでもなく、射抜くでもない。
ただ“測る”ような、静かなまなざし。
(……み、見られてる……?)
気づいたリリナは、慌てて姿勢を整える。
その小さな戸惑いを察したのか、
隣のエリオンがそっと声をかけた。
「この魚は、ルクヴェル東海で獲れた海魚のようです。
湖魚や川魚とは、少し香りが違いますが……お口に合いましたか?」
差し出されたカード型のメニューには、
宿舎のものよりも繊細な装飾が施されていた。
リリナの視線が、ふわりとそこへ落ちる。
「……海の魚、ですか?」
思わず、目を瞬かせる。
セレフィアで馴染み深いのは、湖や川の魚。
海魚を口にするのは、ほとんど初めてだった。
「……はい。とても……おいしいです」
ほっと微笑む。
その表情を見て、エリオンもやわらかく頷いた。
わずかな安堵が、その瞳ににじむ。
その一方で――
正面に座るレンセリオンの指が、
ほんの一瞬だけ止まった。
表情は変わらない。
だが、その視線の奥に、かすかな揺れが灯る。
(……近いな)
言葉にならない感覚。
すぐに彼は姿勢を正し、
何事もなかったかのように杯を手に取る。
だが、そのわずかな波は、完全には消えていなかった。
その場に流れる三人の空気を――
アウレイン王は、誰より静かに、正確に捉えていた。
エリオンの“寄り添い”。
リリナの“慕う気配”。
そして、レンセリオンのごく小さな揺らぎ。
それらすべてを見極めたうえで、
王は穏やかな笑みを浮かべる。
「……リリナ姫」
低く、静かな声が、波紋のように場を整えた。
「今回の修了を終えても、
しばらくルクヴェルに滞在されてはいかがでしょう」
その言葉に――
リリナの瞳が大きく揺れる。
「それに……レンセリオンとも、ゆっくりと交流を深めていただけると嬉しく思います。
魂の印を持つ者同士、互いに学び合う機会は、そう多くはありませんから」
レンセリオンも、思わずリリナへ視線を向けた。
ふたりの瞳が、わずかに揺れながら重なる。
その一瞬を、王は見逃さない。
やわらかな声に、わずかな深みを滲ませる。
「レンセリオン。
ルクシオンの塔へ、リリナ姫をご案内しなさい」
広間の空気が、わずかに張りつめる。
「あの〈聖鏡の間〉は、我が国でも特別な場所だ。
光を映し、魂を測り、時に――未来を示すとも言われている」
その言葉は穏やかでありながら、
どこか奥に、見えない重みを孕んでいた。
「姫にも、一度ご覧いただくとよい」
レンセリオンはわずかに息を呑む。
リリナの胸が、理由のわからない高鳴りに包まれた。
光の国の祝宴は――
やがて“影”さえ動かす運命へと繋がっていく。




