第8話 光の広場にて、交わる視線*挿絵
セレフィアから持ってきた品々を、リリナは部屋に並べていた。
小さな額縁――そこには、子犬ルナの肖像画が収められている。
かつて画家に描いてもらったもので、柔らかな毛並みと無邪気な瞳が、いまも色褪せていない。
光のよく当たる窓辺に置くと、
まるでルナがそこに座っているかのようだった。
「……少しだけ、安心する」
母が編んでくれた薄い肩掛けも、持ってきていた。
顔を近づけると、ほんのりとセレフィアの香りが残っている気がした。
そのとき、扉を叩く音がした。
マルナだと思い、
「はい」と返事をしたが、返事はない。
不思議に思って扉を開けると――
そこに立っていたのは、エリオンだった。
「エリオン様……!」
リリナが驚いて固まると、
彼は少しだけ困ったように微笑む。
「驚かせてすみません。
ご挨拶に伺いました。馬車のことも、改めてお礼を伝えたくて」
明るい光の下で見るその表情は、
霧の中で出会ったときよりも柔らかく、
リリナの頬にふわりと紅が差した。
「ご丁寧に、ありがとうございます」
少しだけ言葉に迷いながら、
リリナはどうにかそう答えた。
エリオンは、戸惑うリリナに目元をやわらげた。
「来賓館の近くに、噴水広場があるんです。
久しぶりに見たら、光がとても美しくて……
一緒に歩いてみませんか?」
突然の誘い。
けれど、その声の響きがあまりにも自然で――
胸の奥が、少しずつ温かくほどけていくのを感じた。
「……はい、行きます」
そう答えてから、リリナははっとした。
マルナに何も告げずに出るわけにはいかない。
机へ向かい、小さな書き置きを残した。
筆を走らせながらも、
扉のそばで待つエリオンの気配が、どうしても気になった。
ちらりと見ると、
彼は何も急かさず、静かに待っていた。
リリナは書き置きを机の上に置き、
ふたりは並んで来賓館を出た。
⸻
来賓館を出て、噴水広場へ向かう途中。
リリナは何か話そうとして、
けれど、うまく言葉を見つけられなかった。
隣を歩くエリオンは、その沈黙を急かすことなく、
穏やかに歩調を合わせていた。
やがて、彼の方から静かに口を開いた。
「道中はありがとうございました。
馬車の車輪がぬかるみに沈んでしまって……助かりました。
改めて言うのも変ですが、僕の名前はエリオンです」
ふと視線が重なり、胸が小さく跳ねた。
「……はい。
覚えています」
少し照れたように笑って、そう答えた。
「私はリリナです」
「ええ、存じておりました。
……以前、一度だけお見かけしたことがあります」
リリナは、思わず瞬きをした。
「それは……いつの頃ですか?」
エリオンの目が、懐かしさに細められた。
「我が国とセレフィアは交流がありまして。
幼いあなたを、一度だけ見かけました。
その後は事情があって伺えませんでしたが――」
一瞬、彼の声がわずかに沈む。
けれどすぐに笑顔を取り戻し、言った。
「健やかに成長されましたね」
リリナの頬が、また少し赤くなる。
「覚えていなくてごめんなさい。
でも、そんな昔から……ご縁があったなんて、嬉しいです」
「それだけではありません」
エリオンは、静かに左胸へ手を当てた。
「僕には、リリナ姫様と繋がる理由があります」
その仕草と言葉に、リリナは息を呑む。
左胸にある“印”の存在が、ふと脳裏をかすめた。
胸の奥が、小さくざわめく。
そのとき、風が鳴った。
ふたりが見上げると、空を白金の光が駆け抜けていた。
巨大な竜が翼を広げ、雲を裂くように飛翔していた。
白銀の鱗は陽光を受けて神々しくきらめき、
羽ばたくたび、広場の空気がわずかに震えた。
「……神獣!」
「聖光竜ルクシオンです」
エリオンの声が静かに響く。
「見えますか?」
「ええ……」
リリナは目を見開いた。
ただ美しいだけではない。
この国を見守る光そのもののようで、胸が震えた。
「僕にも、見えます」
リリナは、思わずエリオンへ視線を向けた。
彼は空を見上げていた。
穏やかな横顔のまま、
確かにルクシオンを見つめていた。
その瞬間、リリナは息を止めた。
――この人にも、見えている。
私と同じように、
神獣に選ばれた人なのだ。
胸の奥が、小さく震えた。
「この竜に選ばれた者が、この先にいます」
そう言って、エリオンはリリナへ視線を向けた。
リリナは思わず息を止めた。
「……その方に、会えるのですか?」
ルクシオンに選ばれた者。
――どんな方なのだろう。
エリオンはすぐには答えず、
リリナの反応を確かめるように、静かに見つめていた。
それから、穏やかに噴水広場へ視線を移した。
「ええ。すぐに」
その言葉に導かれるように、
リリナはエリオンと並んで歩き出した。
噴水の音が近づく。
陽光の粒が跳ね、白金の街を包み込む。
その中心に――
まるで光そのものを背負うように、ひとりの青年が立っていた。
白銀に近い灰色の髪、琥珀色の瞳。
まっすぐな立ち姿に、静かな威厳が宿っている。
「ルクヴェルの王子、レンセリオン殿です」
彼が振り返った瞬間、光が走る。
リリナとレンセリオンの視線が交わった。
――まるで、二つの光が、互いの存在を確かめ合うように。
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『出会いは、白金の光の中で』




