第8話 再会と、光の王子
セレフィアから持ってきた私物を、リリナは部屋に並べていた。
小さな額縁――そこには、子犬ルナの肖像画が収められている。
かつて画家に描いてもらったもので、
柔らかな毛並みと、無邪気な瞳がいまも色褪せていない。
光のよく当たる窓辺に置くと、
まるでルナがそこに座っているかのようだった。
「……少しだけ、安心する。」
母が編んでくれた膝掛けも、持ってきていた。
顔を近づけると、ほんのりとセレフィアの香りが残っている気がした。
そのとき、扉をノックする音がした。
マルナだと思い、「はーい」と返事をしたが、返事はない。
不思議に思って扉を開けると――そこに立っていたのは、エリオンだった。
「エリオン様……!」
リリナが驚いて固まると、彼は少し照れたように微笑む。
「驚かせてすみません。挨拶に伺いました。先ほどのお礼も伝えたくて。」
明るい光の下で見るその横顔は、霧の峡谷よりも柔らかく、
リリナの頬にふわりと紅が差した。
「ご丁寧に、ありがとうございます。」
頭の中で言葉を探しながら、どうにか答えるリリナ。
エリオンは少しだけ視線を和ませると、言った。
「宿舎の近くに、噴水の広場があるんです。
久しぶりに見たら、光がとても綺麗で……一緒に歩いてみませんか?」
突然の誘い。けれど、その声の響きがあまりにも自然で――
一瞬、胸の奥が温かくなるのを感じた。
「……はい、行きます。」
マルナ宛てに小さなメモを残し、二人は並んで宿舎を出た。
道すがら、エリオンが穏やかに口を開く。
「今朝はありがとうございました。出発して早々、馬車が傾いてしまって……助かりました。
改めて言うのも変ですが、僕の名前はエリオンです。」
「はい、覚えています。」
リリナは小さく笑って答えた。
「私はリリナです。」
「ええ、存じておりました。」
微笑むエリオンに、リリナは首を傾げる。
「どうして……私のことをご存じだったのですか?」
「昔、一度お会いしたことがあるんです。
リリナ姫様が、まだ二歳の頃だったでしょうか。」
「え……?」
エリオンの目が懐かしさに細められる。
「我が国とセレフィアは交流がありまして。
幼いあなたを一度だけ見かけました。
その後は事情があって伺えませんでしたが――」
一瞬、彼の声がわずかに沈む。けれどすぐに笑顔を取り戻し、言った。
「健やかに成長されましたね。」
リリナの頬がまた少し赤くなる。
「覚えてなくてごめんなさい。でも、そんな昔から……ご縁があったなんて、嬉しいです。」
「それだけじゃないですよ。」
エリオンは、静かに左胸へ手を当てた。
「僕はリリナ姫様と、深く繋がっています。」
その言葉に、リリナは息を呑む。
――まさか、この人も。
胸にある“印”の存在が、脳裏をかすめた。
そのとき、風が鳴った。
二人が見上げると、空を白金の光が駆け抜ける。
巨大な竜が翼を広げ、雲を裂くように飛翔していた。
「……神獣!」
「聖光竜ルクシオンです。」
エリオンの声が静かに響く。
「見えますか?」
「ええ……」リリナは目を見開いた。
「僕にも……見えるんですよ。」
その言葉の意味が、リリナにはすぐには理解できなかった。
「この竜に選ばれた者が、この先にいます。」
そう言って、彼は広場のほうへ歩き出す。
噴水の音が近づく。
陽光の粒が跳ね、白金の街を包み込む。
その中心に――
まるで光そのものを背負うように、一人の青年が立っていた。
整った銀灰の髪、琥珀色の瞳。
まっすぐな立ち姿に、静かな威厳が宿っている。
「ルクヴェルの王子、レンセリオン殿です。」
彼が振り返った瞬間、光が走る。
リリナとレンセリオンの視線が交わった。
――まるで、二つの光が、互いの存在を確かめ合うように。




