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第75話 星灯りの馬車で向かう先は*挿絵

晩餐会用ばんさんかいようの装いに身を包み、リリナは来賓館らいひんかん玄関広間げんかんひろまで迎えの馬車を待っていた。

淡い桃色の生地が、灯りを受けてやわらかく揺れている。


エリオン、レヴィアン、ユリウスもそれぞれ礼装れいそうに着替えており、三人とも普段とは違う“王子の風格”をまとっていた。


「リリナ姫、綺麗ですよ」


一歩近づいたユリウスが、穏やかに微笑む。

深紺しんこんの装いがよく似合い、外交官らしい洗練せんれんが感じられた。


「ありがとうございます」


リリナは胸元にそっと手を添え、息を整えるように言う。


「この衣装に袖を通すと、いつも……少し緊張してしまって」


ユリウスはくすりと笑った。


「分かります。僕も礼装になると、“外交の顔”が出てしまいますから」


軽やかで、それでいて気品ある笑み。

リリナも自然と微笑みを返した。


そのとき――

ユリウスの肩越しに、視線を感じる。


目を向けると、礼装のエリオンがこちらを見ていた。


灰青の瞳がやわらかく細められ、彼は小さく微笑む。


リリナの胸がきゅっと温かくなった。

思わずこぼれた笑みに、エリオンも静かに頷いて応えた。



やがて、馬車が到着する。


来賓館の前に、黒塗りの来賓馬車が静かに滑り込んだ。

扉の縁には白金はっきんの装飾が施され、夜の灯りを受けて淡くきらめいている。


御者が深く礼をする。


「諸国の代表の皆さま、国王陛下の晩餐会へご案内いたします」


リリナは思わず息を呑んだ。


普段の旅用とは違う。

その馬車には、王族が諸国の賓客ひんきゃくを迎えるための、静かな威厳があった。


レヴィアンが目を丸くする。


「……こんな立派な馬車、初めて見ました……!」


ユリウスは感心したように微笑んだ。


「さすが光と秩序の国、ですね」


エリオンは馬車を見上げる。

その瞳には、この迎えが持つ重みを受け止めるような静けさがあった。


エリオンが皆へ視線を向け、穏やかに告げた。


「それでは……参りましょう」


そして、リリナへそっと手を差し出す。


「どうぞ、リリナ姫様。足元にお気をつけて」


その自然な仕草しぐさに導かれるように、四人は同じ馬車へと乗り込んでいく。



ユリウスとリリナが並んで座り、向かいにエリオンとレヴィアンが座った。


真正面ましょうめんにいるエリオンの礼装姿が視界に入り、リリナの胸はふわりと高鳴る。


窓の外へ目を向けると、流れていく夜の灯りが、まるで星の川のようにきらめいていた。


――これから、ルクヴェルの王に会う。


どんな人物なのだろう。

ひとりで外交の場に立ったことのないリリナは、静かな緊張を抱えていた。


それでも、兄のように寄り添ってくれる三人がいる。

不思議と心細さはなかった。


そのとき、エリオンが口を開く。


侍従じじゅうの話では……帰りの出発は自由だそうです。

皆さんは、いつ帰国されますか?」


柔らかな声音。

視線がリリナへ向けられ、エリオンはそっと微笑んだ。


――ああ、そうだ。


「修了」という言葉は、そのまま“別れ”を意味するのだ。


レヴィアンが答える。


「僕は……明日には旅立つつもりです。

皆さんとの別れは寂しいですが、今すぐに試したいことがあるんです」


リリナはその横顔を見つめた。


学びをただの経験で終わらせない――

そんな意志が、その瞳に宿っていた。


続いて、ユリウスが微笑む。


「僕も、そろそろ帰国します。

東の空は、初夏になると雷雲らいうんが増えますから」


「ユリウス様……」


視線が合うと、彼は柔らかく笑った。


「……セレフィアにも遊びに行きますね」


「はい。お待ちしています」


ふたりはそっと微笑み合った。


ふと、エリオンと目が合う。


帰る場所のことを考えた瞬間、

リリナの脳裏のうりに、ある存在が浮かんだ。


「私は……子犬のルナが待っているんです……」


その一言に、馬車の空気がやわらかくほどける。


「子犬を飼われているのですか?」


レヴィアンが興味深そうに尋ねた。


「はい。いつも一緒なんです」


自然と声が弾んだ。


エリオンが微笑む。


「……可愛らしいですね。

実は僕も、犬を飼っていまして」


「えっ? エリオン様も?」


「ええ。“リラ”といいます」


灰青の瞳が、かすかにやわらぐ。


「家に帰ると、いつも真っ先に駆け寄ってくるんです。

だから……帰ったら、きっと」


その声に、ごくわずかな懐かしさが滲む。


思いがけない共通点に、リリナの胸がふわりと温かくなった。


「わぁ……それは嬉しいです……!」


馬車の中には、柔らかな笑い声と――別れを前にした、あたたかな時間が静かに流れていた。



『星灯りの馬車 ― 静かに向かい合う夜』

挿絵(By みてみん)

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