表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
68/184

第68話 水鏡の講義 ― セレナス湖に還る心

「本日は講師を務めさせていただきます。

アクエリシア王国から参りました、エリオン・シルエル・アクエリシアです。」


柔らかな声が小講堂に溶け、リリナは前列でそっと息を整えた。

エリオンの講義は――

静かに、世界を満たしていくようだった。


「アクエリシア王国は、豊かな湖と霧の谷が連なり、

風は低く、音は遠く……」


エリオンは黒板へ歩み、地図を描き始める。

その仕草すら、穏やかな水の流れのようだった。


「その中心に広がる《セレナス湖》は、王国の象徴であり、

氷鱗の鯨・セレーネが棲むとされる“聖域”です。」


黒板に描かれた地図が、静かに浮かび上がる。


北東:ル=アルシェ(王都/祈りの都)

│ ← 聖域:セレナス湖(祈りの小径)

南西:アク=ネリア(首都/静水の都)


「シリウス殿の講義でも触れられましたが、

私からは“セレナス湖と祈りの小径”についてお話しします。」


エリオンは黒板から離れ、学生たちをゆっくり見渡す。


「首都アク=ネリアと王都ル=アルシェのちょうど中間に位置し、

“王国の心臓”とも呼ばれる場所です。


湖畔には《祈りの小径》が続きます。

歩くたびに水面が淡く光り、祈りの声が風に溶けていくように感じられる……

王と民が唯一、祈りを交わすことを許された地です。」


リリナはその情景を思い浮かべ、小さく息を呑んだ。


――王族である前に、人として在る自分に還る場所。


エリオンが語った言葉が胸の奥に触れる。

彼のことを、もっと知りたいと思った。


「アクエリシアの民は、水の流れを《魂の道》と呼びます。

すべての命は、やがてこの湖へ帰る――そう信じています。」


静けさが小講堂に満ちる。


「この思想を象徴するのが、王国の《鎮魂詩》です。」


エリオンは目を伏せ、まるで祈るように唱えた。


《鎮魂詩「静けき底へ」》


水よ、還る者を包みたまえ。

その痛みも声も、静かに沈めたまえ。


流れ終えた命に、憐れみの代わりを与えず。

ただ、安らぎを。


泣くなかれ。

湖の底は悲しみの場所ではない。


そこには、すべての波が眠っている。

そして――また新しい水が生まれる。



詩が終わると、

小講堂は、音を失ったように静まり返った。


「この詩は、“死”を悲しみではなく“終焉の安らぎ”として受け入れる歌です。

涙を流すことは、感情を外へ戻す循環であり、心を澄ませるための行為でもあります。」


エリオンは淡く微笑む。


「これは教えの第八律――

《涙は弱さの証ではない。流れを取り戻すための祈りである》

……まさに、その体現です。」


リリナは胸にそっと触れた。

エリオンの言葉が、水鏡のように心へ染み込んでいく。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ