第322話 席という居場所
奉仕官に導かれた先で、リリナは思わず足を止めた。
人で埋まっている。
外環大宴殿は、すでに賓客で満ちていた。
長卓はほとんどが埋まり、通路沿いの立ち見の場所にも、人の影が重なっている。
華やかな衣装。
低く交わされる談笑。
控えめに鳴る杯の音。
宴は、始まる前から完成していた。
(……遅かった、のかな)
そんな考えがよぎる。
だが、奉仕官は迷わない。
人の波を縫うように進み、ある一角へと向かう。
その途中で――
リリナは気づいた。
――手首。
近くを通る人々の手首には、
自分と同じ絹紐を巻いている者と、
何も巻いていない者がいる。
無意識に、指先で自分の手首をなぞる。
(……分けられてる)
理由は分からない。
けれど、偶然ではないとだけは、はっきりと分かった。
視線を巡らせる。
紐を巻いていない者たちは――
舞台に近い席や、王の席へと続く視線の延長に多い。
一方で、絹紐の者たちは。
舞台から少し距離のある、横長の卓へと集められていた。
奉仕官が立ち止まる。
「こちらでございます」
示されたのは、六人掛けほどの長卓。
すでに四人が着席している。
女性が多く、落ち着いた色合いの衣装が並んでいた。
華やかすぎず、けれど粗末でもない。
(……ここ、か)
空いている席は二つ。
そのうちの一つ――
奉仕官は、迷いなく一人の女性の隣を示した。
濃紺のドレス。
控えめな装飾。
艶やかに結い上げられた髪。
成熟した女性。
リリナが近づいた瞬間、
その女性がゆっくりと顔を上げた。
視線が合う。
一瞬だけ、胸が強く鳴る。
――けれど。
女性は、にこりと微笑んだ。
「初めまして。お隣、よろしいかしら?」
柔らかく、角のない声音。
「……は、はい」
ぎこちなく答え、リリナは席に腰を下ろした。
そのとき。
女性の視線が、リリナの抱えるリュックへと落ちる。
「あら……それ、重そうね」
心配そうに眉を寄せ、周囲を見回す。
「失礼」
軽く手を挙げ、給仕を呼び止める。
「この子の荷物を置ける籠をお願いできるかしら。
足元に置くには、少し大きいでしょう?」
「かしこまりました」
間もなく、布を敷いた籠が運ばれてくる。
「こちらへどうぞ」
促されるまま、リリナはリュックを籠に入れた。
肩から重みが消え、
思わず、小さく息が漏れる。
「……ありがとうございます」
「いいのよ。宴は長くなるもの」
女性は微笑みを深めた。
「私はヴィオラ。あなたは?」
一瞬、言葉に詰まる。
(……エル・ソレイス)
頭の中で、名前をなぞる。
「……エル、です」
「そう。エル」
ヴィオラは満足そうに頷いた。
「安心なさい。この卓は静かな方ばかりよ」
そう言って、周囲の女性たちへ軽く視線を向ける。
皆、穏やかに微笑み返した。
――大丈夫。
そう言われている気がした。
リリナは、胸の奥で張り詰めていたものが、
ほんの少しだけ緩むのを感じる。
(……よかった)
知らず、肩の力が抜ける。
けれど――
手首の絹紐は、外されていない。
宴のざわめきの中で、
それだけが、静かに存在を主張していた。




