第318話 金の花の正体
メイラは俯いたまま、しばらく言葉を探していた。
揺れる香の煙の向こうで、赤いドレスの裾がかすかに震える。
「……私ね」
静かな声だった。
「ただ、アグニアの踊り子――
焔羽になるのが夢だっただけなの」
レンセリオンは、何も言わずに耳を傾ける。
「子どもの頃から憧れて、必死に練習して……
舞台に立てたときは、やっと掴んだって思った」
メイラは、自嘲するように笑った。
「でもね。夢を掴んだと思った、その時だったの」
一拍、落ちる。
「黒い影が、足元から絡みついてきたのは」
――ナイトクロウ商会。
レンセリオンは、その名を胸の内で反芻する。
「私だけじゃないわ。
ここにいる子たち、ほとんど皆……同じ」
メイラは、壁の向こうを見るように目を伏せた。
「この舞酒場も、ナイトクロウと無関係じゃないわ。
灯りも、酒も、衣装も……どこかで必ず、あの商会の金に繋がっている。
だからここでは、クロウ様の名前に逆らえないの」
ルクヴェルで出会った、濃紺のドレスの女――ヴィオラの顔が、脳裏をよぎる。
「お兄さん」
メイラが顔を上げた。
「どうして……クロウ様のことを知りたいの?」
探るような視線。
だがその奥にあるのは、警戒よりも不安だった。
「王宮で開かれる太陽祭の宴だ」
レンセリオンは、淡々と答える。
「そこで何かが動いている。
……“金の花”とは、何だ?」
その言葉に、メイラの瞳が揺れた。
――知っている。
「教えてくれ」
短く、だがはっきりと告げる。
沈黙。
やがて、メイラは震える息を吐いた。
「……人身取引よ」
一瞬、時間が止まる。
「王様のお相手として、差し出される娘のこと」
「“贈り物”みたいにね」
レンセリオンの思考が、静かに凍りつく。
「今回は……とても高貴な方だって」
高貴。
その言葉が、胸の奥に重く沈む。
否定したい。
だが、これまでの断片が――ひとつに繋がる。
「……可哀想だけど」
メイラは視線を伏せた。
「クロウ様からは、逃げられないの」
その言葉が、部屋に落ちる。
レンセリオンの胸の奥で、
名を持たない怒りが、音もなく燃え上がった。
守るべきものが、踏み荒らされている。
――クロウ。
――王宮。
――金の花。
まだ、その名を口にしてはいない。
だが、確信だけが、そこにあった。




