第319話 炎冠宮・外環大宴殿
炎冠宮――外環大宴殿。
中庭と回廊に抱かれた、半屋内・半屋外の大広間。
日没を前にした王宮では、すでに宴の支度が始まっていた。
奉仕官たちが静かに行き交い、
壇上の舞台に最後の調整を施していく。
床の段差を確かめ、垂れ幕の位置を整え、
金糸を織り込んだ深紅の布を、長卓の上に滑らせる。
別の一団が、卓の配置をわずかにずらす。
視線の抜け、舞台との距離――
すべてが、あらかじめ定められた“型”に沿っていた。
その合間を縫うように、給仕たちが現れる。
両腕に抱えた大皿には、
香草を添えた焼き肉、果実を散らした蒸し菓子、
炎色の酒を満たした水差し。
足音を立てることなく卓に皿を置き、
また次の席へと流れるように移っていく。
壁際では、灯官が炎壺の前に立っていた。
炎壺の封を確かめ、芯の角度を整え、
合図ひとつで火を入れられるよう、指を添えて待つ。
火は、まだ眠っている。
だがその熱は、すでに空気の底に滲み始めていた。
広間の奥――
玉座へと続く通路には、近侍たちが控えている。
視線は低く、しかし一瞬たりとも気を逸らさない。
すべては、王と賓客を迎えるため。
そして――舞が始まる、その瞬間のために。
そのひとつひとつに、抜かりなく視線を走らせる男がいた。
ソレイダ王国典礼官
アゼル・ファルマード。
彼は壁際へ歩み寄り、灯官に声をかける。
「聖火は、まだですか」
灯官は一礼し、低く答えた。
「正門で足止めされているかと。
招待状と通過証の確認に、やや時間がかかっているようです」
アゼルは、わずかに息を吐いた。
「……そうですか」
そのまま踵を返し、正門へ向かう。
正門前は、人で溢れていた。
賓客、随行、奉仕官――
行き交う者すべてに微笑を向けながら、彼は進む。
やがて、炎壺を抱えた女の姿が目に入った。
ミラ・アレスタ。
通過証を差し出し、門番の確認を受けている。
――毎年のことだ。
アレスタ家は顔で通してもいいはずだろう。
それを、いちいち確認するとは。
アゼルは、その様子を無表情のまま見据える。
融通の利かぬ者たちだ。
だが――だからこそ、この場は「型」で保たれている。
彼は、判断を下すようにその光景を眺めていた。
背後に、人の気配。
視線を流すと、灯官が控えている。
控えめに一礼し、次の指示を待っていた。
アゼルは何も言わず、ただ顎でミラを示す。
灯官は即座に頷き、静かに正門へ向かった。
――そのとき。
ふと、アゼルの視線が別の列に留まる。
通過証の列ではない。
招待状を手にした者たちの、さらに後方。
そこに――ひとりの少女が立っていた。
リュックを抱えた、金髪の少女。
周囲よりもわずかに小柄。
戸惑いを隠せない視線。
だがその佇まいには、確かな“品”がある。
アゼルの口元が、ゆっくりと吊り上がった。
――来ましたね。
セレフィアの姫様。




