第314話 火の社交場へ
太陽神に感謝を捧げる日。
太鼓の音、舞う巫女、揺れる炎の灯火。
ソレイダ王国、年に一度の大祭――太陽祭。
レンセリオンは、この光景を知っていた。
かつて招かれ、この国を訪れたことがある。
当時の王、ソレイダ王ヴァルセインは、
朗らかで人懐こく、誰とでも笑顔で言葉を交わす男だった。
まるで国そのものが、太陽のように明るく燃えているかのように。
――だが、今はどうだ。
政治よりも、宴。
国政よりも、情。
誰を側近に置くか。
誰の言葉を信じるか。
(……本当に、考え直すべきだな)
そんな思いを胸に、レンセリオンは広場を横切る。
巫女の舞が始まり、歓声が上がる。
その横を通り過ぎた――その瞬間。
腕に、するりとした感触が絡みついた。
「……っ」
反射的に身構え、視線を落とす。
そこには、ソレイダ風の衣装をまとった女がいた。
腕を組み、距離を詰め、
下から覗き込むように笑っている。
(……誰だ)
――俺を、誰だと思っている。
触れるなど、無礼にもほどがある。
顔がわずかに引きつった。
「旅のお兄さん」
甘ったるい声。
「寄っていきませんか?
今宵は祭りの夜。焔羽の舞もありますよ。ふふ」
……なるほど。
「呼び込みか」
素っ気なく言い捨て、歩みを止めずに進もうとする。
だが、女は引かない。
「旅人の方ですよね?
それならぜひ、舞酒場へ!」
胸を張って言い切る。
「お兄さんの心を溶かす、“火の社交場”ですよ?」
(……ついていけない)
この国の距離感は、どうなっている。
レンセリオンは歩調を崩さず進み、
女の腕は一度、離れた。
――その直後。
「お兄さんの欲しい情報も、
きっとありますよ」
足が止まる。
レンセリオンは、ゆっくりと振り返った。
女は、待っていたかのように駆け寄る。
「旅人はね、まず酒場で情報収集。
――基本でしょ?」
「心を溶かす場所に、
俺が求める情報はなさそうだ」
即答だった。
だが、女は肩をすくめ、にやりと笑う。
「それが違うんですよ」
指を一本、折る。
「商人」
二本目。
「旅人」
三本目。
「兵士」
四本目。
「……権力者」
「客層は、かなり幅広いんです」
レンセリオンは、内心で息を吐いた。
(……確かに)
やみくもに歩き回るより、
角度を変えるのも悪くない。
「……案内しろ」
そう告げた瞬間。
女はぱっと表情を輝かせ、
再び腕を絡めてきた。
「ありがとうございます!
後悔させませんよ」
「その腕を、離してくれ」
即座に言う。
女は、くすっと笑った。
「人混みですから。
はぐれないように、ですよ? ふふ」
――やれやれ。
レンセリオンは、ため息を飲み込みながら、
舞酒場へと足を向けた。
その先で何を知るのか、
まだ知らないまま。




