第312話 金の花の名
馬車は、店構えの裏手にある倉庫で止まった。
(……白昼堂々とはな)
ルクヴェルでは影を選ぶように動いていた連中が、
ここでは何のためらいもなく出入りしている。
それだけで、この国との関係性が透けて見えた。
建物は、思っていた以上に大きかった。
レンセリオンは馬を歩かせ、
店の正面を、何気ない素振りで通り過ぎる。
入口の前には、門番のように男がひとり立っていた。
入店する者たちは、懐から会員札のようなものを取り出し、
それを見せて中へと消えていく。
(……会員制、か)
レンセリオンは、再び裏手へ回った。
木陰に馬を繋ぎ、
そのまま徒歩で建物の陰に身を潜めた。
倉庫の前では、男たちが馬車の荷台から荷を下ろしている。
――樽。
一つひとつが重そうで、二人がかりで運ばれていた。
(中身は……)
白光酒だろう。
それなら、合点がいく。
ルクヴェルで独占権を得た理由も、
最近、流通量が減り、価格が不自然に吊り上がっていることも。
だが――数が多すぎる。
(……これでは、市場が持たない)
そのとき。
男たちの低い話し声が、風に乗って届いた。
「あの光の国も、あの天災には敵わねぇって話だ」
「……次は、俺たちの運搬も命がけだな」
「取引が止まったら……俺たちの生活は……」
だが、その言葉は――
どん、どん、どん。
太鼓の音にかき消された。
太陽祭の喧騒が、すべてを飲み込む。
「……くそ」
レンセリオンは歯噛みする。
これでは、続きを聞き取れない。
大きく息を吐いた、そのとき。
「……クロウ様が……」
「金の花が……宴に……」
断片だけが、耳に刺さる。
(……金の花?)
おそらく、比喩だ。
だが――嫌な予感しかしない。
「……王様と……」
それ以上は、聞こえなかった。
冷たい汗が、背を伝う。
クロウと名乗る者。
王と繋がる存在。
この国の中枢――
いや、城の内側にいる人間。
(誰だ……?)
ナイトクロウ商会の“顔”は、
まだ闇の中にあった。




