第309話 火の頂へ
リュックを胸に抱え、リリナはヴァルガンの影を追って走った。
屋根から屋根へ跳ぶその背を見失わないよう、
必死に視線を繋ぎ止める。
やがて、街の景色が変わった。
人の流れは一気に増え、
石畳は広く、建物も大きくなる。
馬車の往来が激しくなり、
一台が目の前を横切った。
「……っ!」
思わず足を止め、身を引く。
(ここは……)
顔を上げた、その先。
大通りの向こうに、王城〈炎冠宮エン=クラウン〉が見えた。
重なり合う赤と金の屋根。
太陽を戴くようなその姿は、ルア=ソレルの中心に君臨している。
――王城〈炎冠宮〉へ続く大通りが、ここからまっすぐ伸びている。
さらにその奥。
王城の背後に、
王都側の聖炎神殿の白い建物がそびえているのが見えた。
その瞬間。
胸の奥で、何かが――形を持った。
(……知ってる)
思い出した。
確かに、ここに来たことがある。
“火の頂”。
誰かが、そう呼んでいた。
王城と神殿に近い、特別な場所。
幼い頃の私には、ただ――
近づいてはいけないほど眩しい場所に見えていた。
私の宿泊先も――たぶん、そこだった。
(……そうだ)
このあたりの、どこかの広場で。
私は、舞を見た。
まだ幼く――
それでも、息を呑むほど綺麗な舞だった。
同じ歳くらいの男の子が、
炎の中で舞っていた。
胸が震えた。
理由も分からず、ただ――目を離せなかった。
(……あの子……)
今になって、思う。
あれは……レイヴだったの?
まさか。
でも——
王宮で舞う焔の舞手は、限られている。
問いは、答えを持たないまま、胸に積もっていく。
そのとき。
ヴァルガンが、跳躍をやめた。
王城の、最も高い場所――
炎冠宮の頂に、堂々と降り立つ。
息を呑む。
(……この中に、いる)
導かれる理由は、もう疑いようがなかった。
リリナは、そっとリュックを下ろし、
招待券を取り出す。
紙を持つ指が、わずかに震えている。
――怖い。
でも。
行かなければならない。
「……行こう」
小さく呟き、
リリナは一歩、前へ踏み出した。
王城へ。
火の頂へ。
運命が待つ場所へ。




