第305話 聖炎の温度
聖炎都市ソル=アルテ。
太陽を奉ずる地。
山岳ヴァルカノの麓に広がる高地。
——火と共に在るための場所。
澄んだ空気の中、朝夕には霧が立ち、
火山の赤光が静かに大地を染める。
ここは、燃え盛るための場所ではない。
火と共に在るための――高地だった。
レイヴの父、主祭司サリエルは、
この地の聖炎大神殿に住まい、祈り続けている。
理由はただ一つ。
——大聖火を見守るため。
⸻
大聖火の前に、静かな祈りの時間が訪れていた。
燃え盛る炎は荒ぶることなく、
まるで意思を持つかのように、一定の高さを保って揺れている。
サリエルはその前に膝をつき、
古い祈祷文を、低く、穏やかに唱えた。
言葉が尽きた、その瞬間。
大聖火の中心から、
ひとすじの火が――ほどけるように、分かたれた。
それは奪われる炎ではない。
——応じるように、形を変えた光だった。
分けられた火は、
小さな炎壺へと、静かに導かれる。
壺に納まった瞬間、
炎は勢いを失うことなく――
しかし決して燃え広がることもなく、
淡く灯り続けた。
風が吹いても、揺れるだけ。
消える気配はない。
――王宮へ運ばれる火。
人の宴を照らすために選ばれた、
神の残光。
ミラがその炎壺を受け取る。
両手で抱え、慎重に。
その背後で――
レイヴは静かに立っていた。
⸻
「……今年も、城へ行くのだな」
不意に、サリエルが口を開いた。
責めるでも、問うでもない。
ただ、事実を確かめる声。
レイヴは一歩進み、深く頭を下げる。
「はい。太陽祭の舞を務めます」
サリエルは返事をせず、炎を見る。
しばしの沈黙。
ただ火の揺らめきだけが、二人の間にあった。
やがて、低く――
「舞は、形ではない」
レイヴは、息を詰める。
「……温度を、忘れるな」
その言葉は、命令ではなかった。
教えでもなく――祈りに近い。
レイヴはもう一度、深く礼をする。
「肝に銘じます、父上」
それ以上、言葉は交わされなかった。
それで、十分だった。




