第295話 焔の輪へ
太鼓が鳴った。
一度、低く。
二度、深く。
三度目は、胸の奥まで震わせるように――。
その音を合図に、広場の空気が変わった。
ざわめきが静まり、火皿の炎が一斉に揺れる。
人々の視線が、自然とひとつの場所へ集まっていった。
赤金の衣をまとったレイヴが、ゆっくりと歩み出る。
昼の光を残した空の下、
彼の姿はまるで――
人の形をした焔のように、はっきりと浮かび上がっていた。
裸足が石畳を踏みしめるたび、
地脈の熱が呼応するように脈打つ。
太鼓が、再び鳴る。
その瞬間――
レイヴは、跳んだ。
風を裂くように、炎を巻き上げるように。
布が翻り、火の粉が舞い、
彼の動きに合わせて、焔の輪が息づく。
それは舞というより――
祈りであり、誓いであり、生き方そのものだ。
(……すごい……)
リリナは、ただ立ち尽くしていた。
昨夜よりも近く、
昨夜よりも強く、
レイヴの火が、まっすぐ胸に届いてくる。
民衆の間から、声が上がる。
「来い!」
「混ざれ!」
「焔は、皆のものだ!」
誰かに手を引かれ、
誰かに背を押され、
気づけばリリナは、焔の輪の縁に立っていた。
戸惑う暇もない。
太鼓が鳴る。
足が、勝手に動く。
ぎこちなく、けれど必死に。
隣の人の動きを真似て、
火の揺れに身を預ける。
最初は怖かった。
でも――。
(……あったかい)
焔は、焼かない。
拒まない。
ただ、生きている者を受け入れる。
笑い声が弾け、
手拍子が重なり、
輪はどんどん大きくなっていく。
汗が滲み、息が上がる。
それでも、楽しかった。
リリナは、ふと顔を上げた。
舞の中心で、レイヴがこちらを見ていた。
一瞬、視線が重なる。
昨夜と同じ。
でも、違う。
今度は、逃げなかった。
リリナは、逸らさずに見返した。
レイヴの唇が、ほんの少しだけ緩む。
――まるで、火が返事をしたみたいに。
太鼓が高鳴る。
レイヴが大きく跳び、
焔が夜へと弾けた。
その熱が、輪の中へ流れ込み、
民衆の足を、心を、ひとつにする。
リリナも、笑っていた。
上手でも、綺麗でもない。
ただ、身体を動かして、息を合わせて。
(……これが……)
ソレイダの火。
誰かのものじゃない。
選ばれた者だけのものでもない。
生きている者すべての中に、確かに在る焔。
太鼓が鳴り止み、
最後の火が、静かに揺れた。
歓声が、空へと昇る。
その余韻の中で、
レイヴは舞を終え、焔の輪から一歩離れた。
けれど、リリナの胸の中では――
まだ、火が燃えていた。
それは、昨夜よりも確かで、
少しだけ強くなった熱。
焔の国は、彼女を迎え入れた。
そしてその中心で、
ひとりの舞手が、静かに息を整えていた。
――まだ、何も終わっていない。




