第292話 昼の焔、影は微笑む
季節は夏。
真昼のルア=ソレルは、容赦なく熱を放っていた。
街のいたるところで灯された火は、
日中であっても消されることはなく、
炎天下の空気をさらに歪ませている。
――暑い。
肌にまとわりつくような熱。
汗がじっとりと滲み、呼吸をするたびに喉が渇く。
それでも人々は、楽しそうに寄り添い、笑い合っていた。
(……この、べたべたした感じ、気にならないのかな……)
外に出てすぐ、
我慢できずに屋台で冷たい飲み物を買う。
透明なカップに入った淡い色の液体。
ストローをくわえて一口吸うと、
ようやく身体の奥に風が通った気がした。
昨夜、レイヴが舞っていた広場へ向かって歩く。
昼の広場は、夜とはまるで違う顔をしていた。
中央では、小さな催しが開かれている。
派手な衣装に身を包んだ道化師――
おそらく旅芸人だろう。
言葉は一切発さず、
身振り手振りだけで玉をいくつも操っている。
玉は宙を舞い、
落ちる寸前で跳ね返され、
次の瞬間には数を増して、くるくると回っていた。
観客たちは大喜びで、
リリナも思わず足を止め、その輪に加わる。
しばらくすると、
道化師が大げさに観客を見渡した。
……目が合った。
次の瞬間、
にこりと笑い、まっすぐリリナを指して手招きした。
「えっ……わ、私?」
周囲を見る間もなく、
背中を押され、腕を取られ、
気づけば舞台の上に立たされていた。
(ちょ、ちょっと……!)
少し恥ずかしくなりながら、
持っていた飲み物を端に置き、
道化師にお辞儀をする。
道化師も、深くお辞儀を返した。
そして、玉をひとつ差し出してくる。
「……?」
首を傾げると、
道化師は自分の玉を回しながら、
“投げて”と表情だけで伝えてきた。
慌てて頷き、
回転する玉の動きを目で追いながら、
そっと放り投げる。
――成功。
道化師は見事に受け取り、
玉はさらに増え、
くるくると華やかに回り出した。
拍手が湧き起こる。
リリナも思わず手を叩き、
胸が弾んだ。
最後に、丁寧なお辞儀。
リリナも同じようにお辞儀を返し、
飲み物を手にして観衆の中へ戻る。
振り返ると、
道化師はすでに別の観客を手招きしていた。
(……楽しかったな)
少し目立ちすぎたかもしれないけれど、
衣装の宣伝にはなった、かもしれない。
そう思いながら、
もう一口、飲み物を吸った。
――そのとき。
誰かに見られている気がした。
人混みの向こう。
観衆から少し離れた場所に、ひとりの男が立っていた。
背は高く、痩せ型。
漆黒に近い赤茶の髪を後ろで結び、
切れ長の目をしている。
こちらを見て、
にっこりと微笑んだ。
だが――
笑っているのは、口元だけだった。
目は、まったく笑っていなかった。
ぞくり、と背筋に冷たいものが走る。
男は微笑んだまま、ほんのわずかに首を傾けた。
太陽は高く、広場は笑い声に満ちているのに――
昼の焔の中で、確かに――
影だけが、こちらを見ていた。




