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黎光の継承―七つの魂と選ばれた少女―  作者: りこ。
第四章 焔国の導き、影に触れる勇気
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第289話 名を知る火、預ける熱

群れの熱と笑い声をすり抜けて、

ふたりは静かな路地へと歩いていった。


祭りのざわめきが、少しずつ遠ざかる。


焚き火の影が石壁に揺れる。

大通りの灯りとは違い、

路地には火の国特有の石灯籠が並ぶ。

その中で、小さな炎が静かに揺れていた。


橙色の光が、足元をやさしく照らしていた。


夜気はわずかにひんやりして、

さっきまで身体を包んでいた熱が、ゆっくりと落ち着いていく。


やがて、路地の奥に小さな中庭がひらけた。


低い石壁に囲まれたその空間は、

火祭りの余熱が残るような場所だった。


中央の火は静かに揺れていた。


灯籠の明かりが淡く揺れ、

影が壁にゆらゆらと踊っていた。


――火の輪から、少し離れた場所。


リリナは、そこでようやく息をついた。


「ここ、静かでいいだろ?」


さっきまで燃えるように舞っていたとは思えない、

穏やかな声だった。


レイヴはそう言って、焚き火台の石の縁に腰を下ろす。


火を扱うために削られた滑らかな石は、

やわらかな熱を帯びていた。


「……さっきと、雰囲気、全然違うね」


ぽつりとこぼすと、

レイヴは肩をすくめて笑った。


「よく言われるよ。

“舞ってるときだけ、別人みたいだ”ってさ」


焚き火の残光が、

彼の髪と瞳に淡い炎を映している。


リリナも、少し間を置いてその隣に腰を下ろした。


しばしの沈黙。


けれど、気まずさはなかった。


その沈黙ごと、火があたためてくれるような――

不思議と心地いい静けさ。


「……さっきの舞、すごかった」


静かにそう言うと、

レイヴは少しだけ頬をかき、照れたように笑った。


「うん。……そう見えたなら、よかった」


「すごく、すごく綺麗だった」


その言葉に、

彼は一瞬だけ目を伏せた。


けれど――


ゆっくりと顔を上げ、

まっすぐに見つめ返してくる。


視線が、絡む。


その瞬間。


風も、祭のざわめきも、

火の揺らめきさえも――遠ざかった。


――目を合わせるんじゃないよ。


ミレナの言葉が、ふと脳裏をよぎる。


リリナは慌てて目を逸らした。


その様子に、レイヴが小さく笑う。


「あれ?

交わしたと思ったんだけどな」


「……え?」


交わした?


思わず視線を戻す。


その瞳の奥に灯っていたのは――

深く、静かに燃える熱だった。


言葉にならない。

けれど確かに、惹きつけられるもの。


リリナは、息をのむ。


(この人……)


名前も知らないのに。

なぜか、知っている気がした。


――もっと、知りたい。


レイヴもまた、静かに口を開いた。


「……変だよな。

君のこと、初めて見るはずなのに――」


「……私も」


リリナは、小さく頷く。


「踊ってるのを見たとき、

“あ、見つけた”って思った」


レイヴは、わずかに目を細めた。


「そんなはずないのにさ。

なんで探してたんだろう、って」


その言葉に、胸の奥が静かに震えた。


「理由なんて、分からないのに。

気づいたら、目で追ってた」


リリナは、そっと見つめ返した。


焚き火の残り火が、ふたりの間で揺れる。


まるでそれが、

まだ名前のない感情を代わりに燃やしているようだった。


やさしい沈黙が、落ちる。


「……名前、教えてくれる?」


「……エル。」


「エル……」


レイヴは、その名を確かめるように、低くつぶやいた。


「俺は、レイヴ」


「“焔の舞手”なんでしょう?」


レイヴは、軽く頷いた。


「……かっこよかったよ」


一瞬、彼の表情が止まる。


それから――


「……ありがと」


照れたように笑った。


風が吹き、

焚き火の光が揺れ、

小さな火花が、ふたりの間で弾ける。


「明日も、会える?」


その言葉は、軽いようでいて――

どこか、確かめるようだった。


胸がドキッとした。


会える――けど。


「……分からない……」


そう答えると、

レイヴは何も言わず、手首にしていた装飾を外した。


細く、柔らかなブレスレット。


それを――


リリナの手首へ。


すでにそこにある、レヴィアンから贈られたブレスレットの上に、

そっと重ねるように。


二つの輪が、火の光の中で静かに触れ合った。


「明日、返しに来て」


低く、やわらかな声。


「火は、一晩じゃ消えないから」


レイヴは立ち上がる。


リリナが見上げると、

彼は少しだけ身をかがめて、顔を近づけた。


思わず顎を引く。


その反応に、くすっと笑う。


「預けたからね。

じゃ、また明日」


ひらりと手を振る。


「料理、冷めるよ。

熱いうちに召し上がれ」


そのまま、夜の路地へと歩き出す。


「……本当に、分からないんだから」


背中に向かって声をかけると、

レイヴは振り返り、耳に手を当てる仕草をした。


その様子に、思わず笑った。


……良い人、なのかな。


視線を落とす。


手首に残された、ブレスレット。


素朴で、小さくて。

でも――どこか、あたたかい。


リリナはそれを、そっと手のひらで包んだ。


――火は、まだ消えていなかった。

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